第39話 夫婦なんだもの


 結論。痛くなかった。


「――エルシーの中に、もう私が刻み込まれたってことか」


 アリステアは満足げにそんなことを言う。まあ魂に刻んでくれてもなんでもけっこうですよ。とにかくホッとしたわ!

 死霊術ネクロマンシーの真髄なんてわからないし、ぶっちゃけどうでもいい。私は私として暮らしていけて、できればアリステアと一緒にいられれば、と思っているだけだもの。


「これで心置きなくエルシーをかわいがれる」

「お、お手やわらかに」

「……と言うのは冗談として」


 冗談というには声が真剣でしたよ、だんな様。私だいじょうぶかしら。

 えーと、で、そんな結論を得たところなので、今はつまりそんな感じ。薄暗い私の部屋の寝台でふにゃふにゃしています。えへ。

 ところがアリステアが口にしたのは真面目なことだった。


「ハリソンにはそこそこのヒントを出しておいたんだ」

「……魔女にたどり着くための?」

「そう。私にはもうダイアナの居場所の見当はついているんだが……」


 腕枕されている私に視線をくれる。


「ダイアナが逮捕される前に、彼女と話したい。ネクロマンシーを使う者が私以外にも存在するのか確かめたいんだ」

「あ……」


 そうね。けっきょく私の状態だってなんなのかわからない。比較対象があれば、少しは研究できるのよ。術を使うのに他の方法があるかもしれないし。


「きみも私も、ひとりにはなりたくないだろう?」


 私はスリ、とアリステアにくっついた。温かい肌。大好きな匂い。

 アリステアが死ぬ時に、私は共に息絶えるのかもしれない。だけど取り残される可能性もある。逆に私が突然カクリと命を失うなんてこともあり得るのよね。

 だから死霊術ネクロマンシーのこと、ダイアナの側に知見があるなら得ておきたい。


「でも、危なくない?」

「かもな。私は彼女らのやり方に納得できないし、会えば悲鳴を上げられるだろうし」

「ええと、どういう知り合いなの」


 悲鳴って何。アリステアはククッと低く笑った。


「オカルトな研究会があったと言ったよね? そこの先生というか、代表格だった人の――教え子、みたいなものだよダイアナは」

「弟子仲間じゃない。ケンカ別れでもした?」

「そういうわけでもないね」


 あいまいに小さく笑うアリステア。この人がたどってきた人生を、もう少し知りたいな。


「私も、行く」

「……やっぱりそうきたか」

「あら、さすが。私のことわかってるじゃない」

「まあそれなりに見てきたから」

「だって私にも関わることだし。私っていう証拠がいれば説得力があるし」


 それに、危険があった時にアリステアを守れるかもしれない。

 私は一度死んだ身だもの。何かあってもアリステアがまた術をかけられる――できなくても、それでいい。オマケのようなこの時間をアリステアのために使えるなら、それで。


「ステアと一緒にいたいの。お願い」

「――わかったよ、奥さん」


 あきらめたように言われたけれど、二人でいれば幸せでしょ。

 そっと口づけられて私は眠りに落ちた。




 私を連れて行くと決まっても、すぐに突撃できるわけではなかった。ダイアナに会って、無事に帰してもらえるとは限らない。むしろ敵対者とみなされて殺される危険すらある。


「だから、巡察隊と連動して動こうと思う」

「……協力するの?」

「いや。あっちの動きに勝手に合わせるだけだ」


 捜査が入る直前に、ダイアナに会いに行くつもりらしい。


「危なくなっても巡察隊が乱入してくれれば助かるしな」

「人づかいが荒い……」


 あれは公の組織であって、あなたの護衛ではありません、念のため。

 だけど踏み込む直前まで魔女を泳がせておくのは正しい。でないと危険を察知してとんずらされる可能性があるわ。逮捕の邪魔になってはいけないものね。


「そういうわけだから、私はしばらくダイアナの動向と巡察隊の捜査の進展を探ることに専念するよ。エルシーはいい子にしていること」

「いい子って……」


 いつまでも子ども扱いして。まあ、かわいいと思ってもらえるのは嬉しいんだけど。

 外出の支度をととのえたアリステアは、玄関で私の額に口づける。


「行ってくる」

「気をつけて」


 軽く手をあげるアリステアと微笑みかわしたりなんかして。こういうの、夫婦っぽくて嬉しい。

 夫を見送り、居間に戻った。そこに積まれた新聞を見直してみる。ウィンリー子爵の事件について書かれたものをいくつか買ってきてくれたのよ。

 他の記事にもいろいろ目を通す。世間の動きを知るのは楽しいものね。ま、ヒマだからなんだけど。


「……あら」


 一つの事件に目がとまった。ベリントンの下町で、またミルクによる食中毒が発生したという話。夏場だから腐りやすいのよね。小さなこどもたちが何人も亡くなったらしい。


「品質管理の法律を作ったって言ってたのに――え?」


 待って。ジャックとメラニーの子どもたちが犠牲になったって――幼い頃に、よね。彼らの子なら、私よりは下かしら。でもそんなに最近の事件のわけがない。少なくとも十年、それとも十五年前。


「そんな頃に、議員を動かした? 悲嘆にくれる夫婦をこの家に雇った? 嘘でしょ?」


 どくん。どくん。

 アリステアの術で動かされている私の心臓が高鳴った。

 だって、わからないわ。時間の流れがずれている。


 ――あなた何者なの、アリステア?


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