第20話

 施設に到着した後、ホームルームで決めておいた班ごとに分かれて早速調理に取り掛かる。材料は事前に準備がされており、火起こしなども含めて全てが生徒に任されているようだ。


「火起こしと調理に分かれればいいのかな。ええっと、それじゃあ」


「楓花と奈緒は火起こしね」


 言いづらそうにしていた瞬を差し置いて栞が単刀直入に告げる。しかし、言われた二人はそれに逆らうことなく素直に返事をする。


「女子に火起こしをさせるんですか?」


 不思議そうに訊いてくるのは絢瀬だ。


「そうじゃない。調理を任せられないんだ」


 一年生のときに痛い目を見たからな。

 奈緒はなんとなく大雑把な感じがしているから予想はできたけど、楓花はめちゃくちゃ料理とか得意そうな見た目しているのに蓋を開ければ殺人級の腕だから恐ろしい。しかもそれを本人が隠しているのだから大したものだ。俺たち以外は楓花は料理の達人だと思っていることだろう。


「どうしてです?」


「知らないほうがいいよ。知ったときに自分の発言を後悔することになるだろうから」


「……篠宮さんの提案に誰一人として反論しないところ、お察しですが」


 お賢いこと。


「鉄平は二人と一緒に火起こしを頼むよ」


「任せろ!」


「俺と栞は飯盒炊爨でもしようか」


「構わないわ」


 瞬がテキパキと役割分担を進めていく。


「残った二人には調理を担当してもらおうか」


 指名されたのは俺と絢瀬だ。


「ちょっと待て、俺別に料理得意なタイプじゃないぞ?」


「でも苦手でもないだろ?」


「ないけど」


 料理の腕は可もなく不可もない。

 もちろん自分の腕に自信を持っているわけではないし、自分よりも料理の上手いやつがいたら喜んで任せてしまうタイプだ。


「火起こし班の三人は言わずもがなだし、俺もお世辞にも得意ってわけじゃない」


「栞は料理できるだろ?」


「できるとやるが必ずしも共存しているとは限らないわ」


「面倒くさいから嫌だって素直に言えば?」


「素直に言えば受け入れてくれるの?」


「そんなわけないだろ。ていうか、そもそも飯盒炊爨だって面倒だろ?」


「問題ないわ。瞬がほとんどしてくれるもの」


「すげえ他力本願だな」


「飯盒炊爨なんて男のすることでしょ」


「偏見が過ぎる」


 俺が嫌がる栞に食いついていると、おずおずといった調子で絢瀬が手を挙げる。


「あのー、私も調理で決まりなんですか?」


「ごめん。なんとなくできそうな雰囲気あるから決めちゃったけど、あんまり得意じゃなかった?」


「雰囲気で判断した結果大惨事を迎えたことをお前は忘れたのか」


 忘れもしない一年生のときの調理実習。

 もわんもわん、と回想を始めようとしたところで後ろからの殺気のこもった視線に気づいて慌てて振り返る。


「謙也くん、あんまりすぎないかな?」


「間宮。それ以上言ったらあたしら調理班に回っちゃうゾ?」


 怖い笑顔をこちらに向けている楓花と奈緒の機嫌をこれ以上損ねると厄介なので俺は口を閉じることにした。


「料理は苦手というわけではないですが。責任重大というか」


「大丈夫だよ。かわいい女の子の作った料理はなんでも美味え」


 自信なさげな絢瀬をフォローするように親指を立てて鉄平が言う。

 お前、隣にいる二人の視線に気づいているか?


「へえー、じゃああたしらの料理も美味しいんだよね?」


「わぁ、やったぁ、それじゃああさむーと謙也くんに食べてもらお?」


「……なんで俺も入ってるのかな?」


 鉄平だけ地獄を見ればいいのに、とか思ってるのがバレてるから巻き込まれるんだろうなあ。


 そんな俺たちのやり取りをよそに、瞬は絢瀬の背中を押す。


「大丈夫だよ。謙也もいるし、なにかあれば全責任はそっちに押し付けて構わないから」


「ちょっと? 聞こえてますけど?」


「そういうことなら、わかりました」


「ちょっと? それで納得されても困るんですけど?」


 もしこれでなにか失敗したら罰ゲームを執行するぜ、とか言い出すやつがほとんどだから本当に油断ならない。なんとしても美味しい料理を作らなければ。といっても、野菜とか切ったりするだけなんだろうけど。


「それじゃあ、それぞれ作業に取り掛かろうか」


 パン、と瞬が手を叩く。それを合図にそれぞれが持ち場に向かう。

 俺と絢瀬はその場に残り、さっそく支給された包丁とまな板で用意されていた野菜をザックザックと切っていく。


「雑じゃないですか?」


「こんなもんだろ。ある程度の大きさに切ってれば火は通るかなって」


 そんな俺に対して、絢瀬のまな板の上にはきれいに切られた野菜たちが並んでいた。口を動かしながらも野菜を切るその手は止まることはなく、今もなおトントントンと心地よいリズムを刻みながらカットを続けてる。


「性格が出るな、料理ってのは」


「いい感じの言葉で閉めようとしないでください。せめて、あともうワンサイズは小さく切るように。大きさが違うと火の通り具合が変わってくるんですよ」


「へーへー」


 この子、結構口うるさいタイプかな?

 そんなことを思いながら俺は再びザックザックと包丁を動かし野菜を切っていく。おかしいな、これまで何種類ものバトル漫画を読み、その中の剣使いに憧れて脳内シミュレートはしてきたはずなのに。どうしてだ? それは俺が持っているのが剣ではなく包丁だからだよね。


「ん?」


 そんな感じでどうでもいいことを考えているとどこかから視線のようなものを感じた。


 俺が顔を上げたことに気づいた絢瀬が同じように顔を上げる。


「どうかしましたか?」


「なんか視線を感じてさ」


 実は今が初めてではない。

 今日、バスに乗り込むときも到着してここまで歩いているときも視線を感じていた。そのときは気のせいかなくらいにしか思っていなかったけど、今は明らかに誰かに見られているのを感じた。


 正体を突き止めてやりたかったが、周りを確認してもそれらしい人影は見当たらない。


「あなたのことです、どうせ女の子から嫌われるようなことをしたんでしょう」


「人聞きの悪い。俺がいつそんなことを」


 言おうとすると、じとりと睨まれた。


「嘘ですごめんなさい反省してます」


 なので俺は精一杯の謝罪を並べてから、野菜のカットを再開した。


 気のせいではないにしても、それっぽいやつはいなかった。ならば、深く考えても仕方ないだろうし、今は野菜を切ることに集中しよう。

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