第3話


「そういや聞いたか? 今日、転校生が来るんだってよ」


 そう言い出したのは鉄平だ。


「そうなんだ。どこ情報?」


 俺が訊くと鉄平は眉をしかめた。そのリアクションを見るに、どうやら詳しくは知らないらしい。


「バスケ部の連中から聞いただけだから噂の出どころは知らん」


「それってうちのクラスに来るの?」


「さあ」


 楓花の疑問に鉄平は無責任に返事をした。

 つまりほとんど何も分からないふわっとした噂ということらしい。


「そんな曖昧な情報でテンションも上げられないな。せめてうちのクラスということだけでも確定してれば話は別だけど」


 どこかのクラスに転校生が来るとなっても関わりなんてほとんど持つことはない。同じ部活動だったり、廊下で運命的な出会いを果たしたりしない限りはないだろう。そして、そんな漫画の主人公的イベントが自分に起こるとも思えない。


 つまり、無関係イベントだ。


 と、思ったのだが。


「その噂は本当よ。ちなみに、うちのクラスにやってくるわ」


 栞がそんなことを言う。

 表情がほとんど変わらないので本気か冗談かも分からない。冗談を言うタイプの女子じゃなければいいのだが、そうでもないから本当に困る。


「ソースは?」


「私よ」


 間髪入れずに栞は答える。


「その情報源は?」


「クラス名簿。知らない名前が一つあったの」


 どうやってクラス名簿を確認したのかは聞かないでおこう。

 こいつはどういう手段を使って情報を手に入れているのか分からんからな。あらゆる情報を知りすぎていて周りからちょっぴり恐れられているまである。


「そう言われると信憑性増してくるなあ」


「そして、男子共には朗報となる情報がもう一つ」


 栞の言葉に俺と鉄平が反応する。こういうときにクールにいれる瞬のことが本当に腹立たしい。なんなのこいつ。煩悩とかそういうのないの?


「転校生は女の子よ」


「よっしゃきたァ」


「ちょっと待て鉄平。女子だからと言って喜ぶのはまだ早いぞ。もしかしなくても可愛くない可能性は十分にある。期待しすぎて落とされるくらいなら最初から期待しない方がいい」


「いんや、俺は信じてるぜ。ボン・キュッ・ボンな美少女がくるってことをな!」


「そうやって何度裏切られてきた? 少しは学習するんだ!」


「コンマ数パーセントであっても、そこに可能性があるのならば俺はそれを信じる。それが俺のポリシーだッ!」


 やだこの子カッコいい! なんで彼女いないの?

 けれど、そのポリシーの結果、去年も幾度となく凹んでいるのを見ている。なにも転校生に限った話ではなく、鉄平は女の子という女の子に幻想を抱いている。しかし、毎度ながらそのふざけた幻想をぶち殺されているのだ。さらにさらに、そうやって煩悩を放出しっぱなしなので女子から敬遠されている。


「男子さいてー」


「さいてー」


 奈緒と楓花がつまらなさそうに言ってくる。


「最低ね。そんなだからいつまで経っても童貞のままなのよ。どころか彼女一人もできていない。滑稽極まりないわ」


「どどどど童貞ちゃうわ!」


 鉄平がこれでもかというくらいに狼狽える。それは童貞のリアクションなんだぞ、鉄平よ。


 見せてやる、童貞っぽくないリアクションってやつを。


「いつ俺が童貞だと言った?」


「過去のデータが」


「なにそれ」


「彼女なんかいたことないでしょ? なのに童貞を卒業できるはずないじゃない」


「彼女いたことないなんて言ったことないが? 中学時代にいた可能性だってあるんだが?」


 俺が言うと、栞はへっと小さく口角を上げた。なにその笑い方どういう感情?

 まあ、いないんですけど。

 彼女どころか友達すらまともに作れなかったからなあ、中学時代は。


「ちょっと聞き捨てなりませんなあ」


 なにか言おうとした栞よりも先に言葉を発したのは楓花だ。


「そうだぞ。間宮の初めてはあたしがもらうんだから」


 そうかぶせてきたのは奈緒だ。


「え、なにそれ初耳なんだが」


「二十九歳まで童貞ちゃんのままだったら、あたしが優しく筆おろししちゃる」


「さすがにそれまでには卒業するわ!」


 できるよな?

 できるよね?

 ……できるのかなあ。


「それで、謙也くん?」


「はい?」


 どこか威圧感を放っている楓花がこちらを睨んでいる。


「彼女いたことは?」


「ご想像におまかせします」


「いたことは?」


「……ありませんです」


「本当に?」


「俺は美少女には嘘はつかない主義なので」


「なら信じます」


 この子、自分が美少女だと認めちゃいましたね。事実だからいいんだけど。逆に美少女なのに「えぇー、そんなことないよぅ」とか言ってくるぶりっ子女子のが好感度下がるまである。


「ていうか、この転校生案件に関して瞬はなにかコメントないのか?」


 これまでだんまり決め込んで、自分だけマイナス評価から逃れようとしてるそこの君に俺が振ると、瞬はあははと小さく笑う。


「ま、友達になれたらいいかな」


「もうちょい俗っぽいリアクションできないのか?」


「というと?」


「……訊かれると難しい」


「なら俺にも無理だよ」


「もうちょい童貞っぽいリアクションしろってことだよ」


 鉄平が俺に加勢する。


「そう言われても」


「瞬はいま彼女いないよな?」


 ううん、と頭を掻いた瞬に鉄平が恐る恐る尋ねる。


「いないよ」


「え、瞬って童貞だよな?」


「どうだろう。ご想像におまかせするよ」


 言って、きれいな笑いを向けてくる。

 こいつ、本当に隙がねえ。


「童貞っぽくない」


「たしかに」


 奈緒と楓花も瞬のリアクションに驚いている。驚いているというか感心している。


「瞬の過去のデータは?」


「ノーコメント」


 栞はぽつりと言うだけだった。


「というか、朝からする会話じゃないよね」


 我に返った楓花が話にオチをつけたところで始業のチャイムが鳴った。

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