口裂け女をどうにかして!
なぜ発見が遅れたのか、いちおう敵国と対峙する最前線で冒険者を努める優秀な一行はすぐに察した。
空き地には黒い霧が立ち込めていて、視界が悪かったのだ。正確には、
「10体はやられたようなだな、たぶんオーガが」
戦士ブランカが視線を素早く巡らせて口にする。
空き地の隅には、まだ黒煙となって蒸発途上のオーガの遺体があった。つまり、この霞全体が口裂け女の餌食となった奴らなのだ。
「依頼書には、口裂け女も魔精って記されてたのに」魔女マリーベルが疑問を呈する。「仲間じゃないってこと?」
「その可能性が高そうですね」推測に僧侶ニアが同意する。「さっきのオーガパーティーも調査に来ていたのなら。もとより魔精皇に全ての魔精が従っているわけでもありませんでしたし」
魔精の数は多種多様だ。
人種も国も思想信条も様々な人類と同じように、全てが一体となっているわけではない。中でも最大勢力を率いているのが魔精皇の築いたダイモン皇国というだけだ。
いずれにせよ、どこにどんな魔精が住んでいるかはおおよそ把握されていて、口裂け女なんてものは境界の森どころか世界中で今日まで確認されていないが。
「とりあえず」
先頭に立ってターゲットから目を離さずに、タダロウは確認する。
「依頼書にあった口裂け女のプロフィールは憶えてるよな」
「ああ」
「ええ」
「もちろんです」
戦士と魔女と尼僧は各々返事をして身構える。
「わたし、キレイ?」
唐突に、口裂け女は口元全部を隠すようにしていて大きな白いマスクを片手で外した。
現れた口は、両端とも耳まで裂けている。
「こういう場合は?」
ブランカに問われ、タダロウは対策を講じる。
「肯定しても否定しても悪い結末が噂にあるからな、無言で掛かった方が――」
ビュン!
口裂け女は消えた。いや走った。
同時に振るわれた巨大鋏を、勇者と戦士はどうにかかわす。
「ちくしょう!」それでも鉄鎧ごと肩口を斬られて血を流し、ブランカは不平を述べる。「何も答えてねぇじゃねぇかよ!?」
「薙ぎ焼け、エアフレイム! 」
次いで迫られたマリーベルが面前に火炎を展開する。
「上です!」ニアが察した。口裂け女は異常な跳躍力で飛んで避けたのだ。「護れ、ガーディアンエンジェル」
すぐさま、半透明でドーム状の魔法障壁を構成。
「ほら、べっこう飴だ!」
タダロウは、空間に開けた穴に手を突っ込んでそこから元世界の一口サイズな袋包みキャンディーを出す。そして投げる。
口裂け女はバリア上からジャンプで避け、空中回転して後方に着地した。
「なんだ、あの貴族のお菓子みてぇなのは?」
体勢を立て直して問う戦士に、勇者は敵から目を離さずに答える。
「元世界じゃ好物らしいが、見向きもしないな」
「おいおい、そんなんで大丈夫なのかよ」
接近戦が得意な二人の後ろに、魔法使いと僧侶は隠れるように移動しつつ嘆いた。
「どうでもいいけど素早すぎるわよ、肉弾戦じゃあたしらは無理。任せた!」
「動きは鎌鼬くらいですね、鉄を斬る力量も
よく知られた素早い魔精と剣士の魔精の名を挙げて驚くニア。
「100メートルを6秒で走るともいうからな」
しゃべりながら、タダロウはまた空間の穴から道具を取り出す。近代的な容器に入った――
「ポマード!」
商品名を言いながらまた投げつける。口裂け女は手で払って退けた。
「これも代表的な弱点ともされるんだが、元世界の都市伝説とはだいぶ違うらしい」
「んだよおまえの知識、役立たねぇじゃねぇか!」
不平を述べたブランカは、自分で斬りかかっていった。
「あなた達の口も、裂いてあげる。わたしって、キレイでしょ?」
口裂け女は鋏の交差点を分割、二刀流の剣のようにして応戦する。
「口以外は好みだがな」
戦士は軽口を叩きつつ戦斧で受けるも、ぎりぎりの攻防を繰り広げる。
「なんつう剣捌きだ、ヘカトンケイルを相手にしてるみてぇだぞ!」
千手の巨人魔精に例えて後退を余儀なくされる。
「考えてみりゃそうか」他方、顎に手を当ててタダロウはぼやいていた。「放課後に子供へ質問を投げ掛けるっていう都市伝説の状況はここにない。全く同じなわけがないね」
そこまで後退させられてブランカは愚痴る。
「っておい、手伝いくらいしろ!」
「高位追撃魔法で仕留めるわ、もう少し堪えて!」
と呪文と印を結ぶマリーベル。
「敵の能力を全体的にも下げます。こちらも僅かに辛抱を」
ニアも同じ状況だ。
ギィン!
間に合わず、口裂け女が一方の鋏刀で戦斧を弾き、余った鋏で斬りかかる。
「やべえっ!」
戦士が大きくバランスを崩し冷や汗をかいたとき、タダロウが動いた。
「
二つの鋏は弾かれ、口裂け女は無数の斬撃を浴びて吹っ飛ぶ。そのまま大木に衝突、樹を背にしてずり落ちた。
勇者タダロウはそれすら追い越し、大木の向こうで足を止めていた。
剣を振って血を払い、鞘に納める。
合図であったように、大木は口裂け女のぶつかった辺りからへし折れる。それが倒壊する頃には、都市伝説の女魔精は黒い煙となって蒸発しだしていた。
「……マンハットまで至る時点で手練れなのは確かだろうが」
唖然とするこの世界の人間たちの中で、ブランカは尊敬を込めて口にした。
「本当にはったりじゃなかったか、戦士と魔術師と僧侶の職を極めてようやく就ける上級職。勇者ってのは」
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