第12話 開幕

 次の日、ゼラはお屋敷に戻ってきた。


 上から下から、体内のものを出しまくったせいだろう、げっそりとやつれていたけれど、だいぶ回復した様子だ。


 一方で、私はまだ本調子じゃない。


「大丈夫ですか……? スカーレット姉様も、毒を盛られたと聞いたのですが」


 ベッドで休んでいる私のところへ、ゼラはお見舞いにやって来た。


「リンゴでも剥きましょうか?」

「……いらない」

「じゃあ、あったかいスープでも」

「いらないってば」


 一見、私のことを気遣っているように見えるけど、ゼラの本心は知っている。私が憎くてしょうがない彼女は、内心では、ざまーみろとほくそ笑んでいるに違いない。だから、どうしてもゼラの言葉を素直に受け止められずにいる。


 ふう、とゼラはため息をつき、椅子を引いてくると、ベッドの脇に座った。


「何してるの」

「少し、お喋りがしたいと思いまして」

「私はそんな気分じゃないんだけど」

「お姉様に相談したいことがあるんです」

「……何よ」


 あーダメだ! 悪役に徹しきれない! だって、ゼラだよ! 仮にも全世界の少女の憧れのプリンセス・ゼラだよ! 無視しきれないよお!


「王子様のことです」

「パーシヴァル王子?」

「ええ。あんな無礼な粗相をしてしまったのに、王子様は私のことを親身になって看病してくれました。それがとても嬉しくて、嬉しくて」

「ふうん、よかったね。で、相談って何?」

「私、王子様に恋してしまったのです」


 いかにも純朴そのもの、といった眼差しで、ゼラは私のことを見つめてきた。


「でも、どうしたらいいでしょう。私は名家の娘とは言っても、所詮は妾の娘。立場的に、王子様と結ばれることなんて許されません」

「じゃあ、諦めればいいじゃない」

「いやです。王子様も、私に約束してくださいました。また近いうちに王宮へ招待する、と」


 え、何それ。


 どういうミラクル⁉


 王子の前でゲーゲー吐くなんていう、汚い姿を見せておきながら、王子に気に入られたっていうわけ⁉


 ありえない!


 それに、わざわざ私にそんな話をして、どういうつもりなの? 相談? 違うわ、これはただ単に自慢しているだけ!


 こんなに意地悪い子だったの、ゼラって⁉


「へー、ふうん、そーなの」


 私は棒読みで返した。下手に動揺するのもしゃくに障るし、同調して喜んであげるのもやりたくなかった。


「スカーレット姉様も、どうですか」

「は?」

「王宮。王子様は、ぜひプリチャード家の皆様をお招きしたい、とおっしゃってました」

「……っ!」


 これはかなり屈辱だ。


 まさかのゼラが主導権を握っている。王子が会いたいのはゼラだけであり、私達はついで、でしかない。それがわかっているのに、ゼラの話を突っぱねることが出来ない。


「い、行きたいわよ」


 そう言うしかないだろう。下手に断ったりしたら、王子の心証を害するかもしれない。そうなったら、ゼラ以外のプリチャード家の女性は、誰も王宮に足を踏み入れられなくなるかもしれない。


「よかった! スカーレット姉様だったら、きっとそう言ってくれると思っていました!」

「一つ聞きたいんだけど」

「なんでしょう?」

「この話って、お母様やヴァイオレット姉様にはしたの?」

「いえ、まだです」

「じゃあ、なんで一番に私に話してきたわけ?」


 そこで、ゼラは笑みを浮かべた。


 一見、優しそうに見えて、心のこもっていない笑顔。何よりも、目が笑っていない。


「もちろん、"一番に"スカーレット姉様に話したかったから」


 「一番に」のところに力を込めて、ゼラは内なる激情をぶつけてきた。


 その瞬間、私は悟った。


 賢くてしたたかなゼラが、気が付かないはずがない。誰が自分に毒を盛ったのか。それは当然、これまでいじめにいじめ抜いてきた、私、スカーレットに決まっている。


 だけど、ゼラは、あえて私のことを糾弾したりしない。


 なぜなら、物的証拠は何もないからだ。


 だから、じわじわと攻めてきている。私の心をえぐるように。もてあそんで、なぶるように。


 私の胸の奥に火がついた。いいわよ、これは心理戦であり、頭脳戦ってことね。


 じゃあ、私もあなたのことを憧れのプリンセスとは思わない。ここから先はライバルよ。このプリチャード家は私が守るし、王子のハートだって私が射止める。あなたには何も与えない。


 私はスカーレット・プリチャード。ヴィラン役。だけど、ヴィランでは終わらないわ。私こそプリンセスになってみせる。そのためなら、毒の魔法でも何でも使いこなしてみせるわ。


 後世、「毒かぶり姫」と呼ばれようと、全然構わない。あなたに勝てるのなら、どんなことだってするわ。


 せっかく異世界転生して手に入れた、この幸せを、手放してなるもんですか!


「ありがとう。これからも、何かあったら、"一番に"私に話してちょうだい」

「そうしますわ、スカーレット姉様」

「うふふ」

「うふふ」


 私とゼラとの間で、火花が散る。


 いまこの瞬間、二人の戦いが幕を開いた。

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