【1*】-9 断罪と、念願の推し活!!

馬車の中、私は兄にお礼を言った。

「お兄様、ありがとうございました。私を助けるために、わざわざ陛下を呼んできてくださったんですよね……?」


「お前と殿下の不仲については、お前から聞かされていたからな。しかしうかつに殿下を非難すれば不敬に問われてしまうから、現場を押さえるより他なかった」

「お兄様……」


胸が熱くなってくる。

この人は、ずっと私の味方だったのだ。

アイラに落とされたのだと思い込んでいた自分が、情けない。


それにしても……と、兄は意地悪っぽい笑みを私に向けた。


「お前はうかつだね。いくら葬儀の花を贈られたからとはいえ、感情に任せて踏みにじるとは。悪意ある贈り物をされたのならば、きちんと証拠を保存しておくべきだった」


「は、はい。……反省してます」


本当はお葬式用の花だなんて、全然気づかなかったけど……。

いずれにせよ、何も考えず捨ててしまったのは失態だった。


「私が花束のことで揉めてたなんて、いつの間に知ったんですか? 花の種類も、よく調べましたね」

「学園に出向いて、ドノバン嬢に直接聞いた」

「え?」

「王太子がドノバン嬢に熱を上げていると聞き、実情を探りたいと思った。だが学内の情報は外からではなかなか得られないから、仕事の都合ということにして学園に出向くことにしたんだ――1か月ほど前のことだよ」


1か月前。学園の裏庭で、兄がアイラに壁ドンしてたときのことかもしれない。


「ドノバン嬢は私を見かけるなり、目をぎらつかせて私に擦り寄ってきた。……気色の悪い痴女だ。初対面でいきなり呼び捨てにされたのも不快だったし、なぜあんな女をユードリヒ元殿下が愛したのか理解できない」


アイラはお兄様を見て、『え、まさかのミラルドルート!?』と叫んでいたらしい。


「ドノバン嬢は『ミレーユに虐められている』『プレゼントした花を捨てられた』などと、私に訴えてきた。だから私は言ったんだ――『妹の非礼を詫びるため、私は君に花を贈らせてほしい。私は花屋には詳しくないから、君の行きつけがあるなら教えてくれないか』。そしてドノバン嬢が教えてくれた花屋を調査してみたら、ドノバン嬢がお前に死別花を贈った事実が明らかになった」


「ご迷惑をお掛けしました。私、お兄様を疑っていて……本当にごめんなさい」

「なんだ、私は疑われていたのか」

苦笑しながら、兄は私の頭を撫でてきた。

その手がとても温かくて、子供の頃に戻ったみたいで嬉しかった。


「私、もう絶対にお兄様のこと疑いません。だって、たった一人の家族ですから。……子供の頃みたいに、また仲良し兄妹に戻りたいです」

なぜか兄は、すごく嫌そうに眉をしかめている。

「兄妹か」

……え。なんでそこ、快諾してくれないんですか。

「まぁ、いいよ。兄妹で構わない。――今後ともよろしく」

「はい?」

兄はそれ以上何も言わず、深い息を吐いて背もたれに身を沈めていた。



   ***


その後。


ユードリヒは正式に王太子位を剥奪され、平民階級に落とされて王都外追放となった。

二度と王都に入ることを許されず、今後は身ひとつで生きなければならない。

自信家の割に全然周りが見えてなくて、生活力がなさそうだから身ひとつで何日生きられるか疑問だ。


……あぁ、そういえば身という訳ではなかったわ。

ドノバン男爵家から勘当されたアイラも、平民に逆戻りしたうえで王都外追放となっていたから。

お二人で協力し合って、頑張ってみてはいかがでしょうかね。

卒業パーティで『ミレーユ側妃発言』が飛び出た瞬間、アイラとユードリヒの間には修復不能な亀裂が生じたように見えたけど。

どうでもいいや。

くっついても離れても、どうぞご自由に。


……実は数か月後、この二人はさらにとんでもないことをやらかして、重い刑罰を科されることとなるのだが。それについては長くなるので、また別の機会に語りたい。



ちなみに私は王家からの賠償金をたっぷりいただいて、悠々自適な実家暮らしを楽しんでいた。


「ふっふっふ。これでようやく、念願の推し活ができるわ……!」


ドレスルームでバッチリ変装を済ませ、ほくほく顔で屋敷の玄関を出る。

身の回りのことがようやく落ち着いたので、やっと『推し』に会いに行く余裕ができた!


今日は今世で初めて、推しの姿を拝む記念すべき日だ。

えへへ、生推し……。

わくわくが止まらない!


「待っててね、ノエル!」

「ノエル? それがお前の情夫の名前か」

「うぉ、お兄様!?」


馬車に乗り込もうとした私のすぐ後ろで、兄が声を掛けてきた。

兄はまじまじと私を見ている。

「ミレーユ、なんだその恰好は。平民のワンピースなど着て……まさかお前、平民の男に熱をあげてる訳じゃないだろうな」

兄の美貌が邪悪な色に染まった。

……なんですかその迫力は。怖いですってば。

「ち、違いますよ。ともかくお出かけしたいんで、私のことは捨て置いてください」

「捨て置けると思ったか」

と険しい顔で兄が言う。


「お前に非があったか否かは別として、王家に婚約を破棄されたお前は『傷物』にされてしまった。今後、嫁ぎ先を見つけるのは難航すると思ったほうがいい」

「別に良いです。そのうちなんとかなりますわ」


そろそろ行っていいかしら。

わたし、早くノエルのところに行きたいのだけど……!

出かけたくてソワソワしていると、兄はくい、と私のあごを持ち上げてきた。


「他家に嫁がず、一生ここで暮らすかい?」

「はい!?」

「別に私は構わないよ。お前には領地経営の才能もあるし、良き伴侶になってくれそうだ」

「伴侶って意味、間違えてますよ!?」


彼の瞳には、異様な熱がこもっている。

思わず彼を押しのけて、私は馬車に乗り込んだ。


「……冗談はやめてください! ともかく今は、推し活が最優先なので」

「おしかつ」

そうつぶやきつつ、兄も馬車に乗り込んでくる。

「なんでついて来るんですか!」

「私もお前の『おしかつ』とやらに同行しよう。どんな男をお前が『おしかつ』しているのか、見定めなければならない。兄として」

「ちょっと……」

兄は勝手に馬車に乗り込み、御者に「出発してくれ」と命じた。


(ちょっと、何なの、この兄!?)


私はふと、兄が隠しルートの攻略対象であったことを思い出した。

何を考えているかさっぱり分からない、翻弄系の侯爵ミラルド・ガスターク……。


実の妹を翻弄しなくていいんですけど。



私の推しはあなたじゃないんで!

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