第10話 鉄腕の子犬(10)

「準備はできたか?」

 全身に電力を行き渡らせ、ゆっくりと立ち上がる<ディノブレイダー>を見上げながら、コトーが聞いた。

「うん、ばっちし」

 ハッチが開かれたままのコクピットに座り、機体チェックを行いながらクウは答える。

 モニターに表示された機体状態に異常はなく、修理に使ったパーツや追加装備にも拒否反応は出ていない。コトーの応急処置は完璧な仕上がりだった。

 満面の笑みで親指を立てるクウに、コトーは満足げに頷いて言う。

「よし、僕にできるのはここまでだ」

「……ねぇ、本当に一緒に来てくれないの?」

「今の状態じゃ僕も<ハンター>も、ただの足手纏いにしかならないさ。代わりに『お守り』を沢山持たせただろう?」

「それはそうだけど……」

 操縦桿の隣に新設されたキューブ型の装置と、それに有線で繋がれた自前の犬耳カチューシャを見ながらクウは続ける。

「……勝てるかな、わたしに」

「作戦通りやれば勝てる可能性はある」

「絶対勝てるって言って」

「絶対勝てる」

「……うん」

 平坦な口調でそう返すコトーの言葉に、クウは目を閉じて頷いた。

「ありがとう」

 普通の人間なら聞き取れないような小さな声でそう呟き、機体のハッチを閉鎖する。

『……行ってきます!』

 そう言い残し、クウは機体を前進させた。

 彼女の心に答えるように、<ディノブレイダー>のガスタービンが唸りを上げる。

 一歩一歩、トンネルの暗闇へと突き進む機体の背中を、コトーはその赤い目で見送った。

 その姿が見えなくなるまで見ていた彼は、ふと後ろに横たわっていた<ハンター>の方へと振り返り、その顔面を見て肩をすくめる。

「……そんな顔するなよ。僕だって分かってる」

 そう囁き、自らの愛機に手を当てるコトー。

 装甲に反射して映る彼の顔は相変わらずの平面だったが、不思議と微笑んでいるようにも見えていた。



 廃都市の外れにある地下鉄用車両基地。

 遺跡のトンネルを再利用するつもりだったのか、アウターによって整備された広場には新旧様々なリニアラインの車両が並べられ、都市が再び動き出すのを待っている。

 叶わぬ夢の集積場。

 そこがヴァントーズの唯一残したトンネルの出口であり、彼が選んだ決戦の舞台だった。

 時刻は日没間際。

 夕日に照らされた銀色の車列を横目に、待機姿勢をとっていた巨大な機体がゆっくりと立ち上がる。

『よかった。ディナーまでには帰れそうだな』

 そう呟きながらトンネルの中より現れた灰色の機体を睥睨し、男は眉を釣り上げた。

『……一人だけか? コンテナはどうした?』

『コンテナって、何のこと?』

 地上へと抜け出したクウが、首を傾げて見せる。

『くだらん駆け引きをするのはやめろ。貴様らが護送していた遺物のことだ』

『あぁ、どっかのディバインソードが聖杖って呼んでた、あれのことね?』

『…………』

 神経質な搭乗者に反応したのか、ぴくりと動く<カドゥケウス>の指先。

 そんな鉄巨人と一定の間合いを保ちながら、クウは続ける。

『わたしもさっき聞いたんだけど、カドゥケウスって旧時代の神様が持っていた不思議な力を持つ杖のことなんだって? 変なの。聖剣のくせに杖なだけじゃなく、杖のくせに別の杖まで求めるなんて』

『……歯車の分際で、このヴァントーズを愚弄するか』

『それで思い出したんだよね。ディバインソードが強いのは、自分たちが管理している遺物のオーバーテクノロジーを独占し、その技術を機体に転用しているからだって噂。そんなアンタが求めた聖杖と呼ばれる遺物……、一体どんな力を持っているのか。気になっちゃうよねぇ?』

『うるさいぞ、少し黙ったらどうだ』

『それにアンタ、わたしがあのコンテナを持って逃げようとしたら、あっさり方針変更して全力でコンテナごと壊しにきたでしょ。そのことから、ちょっとした推理をすることができるワケ』

『……黙れと言っている』

『あの遺物は杖であるアンタの機体と同系統の能力を持ち、機体を更なる聖杖に進化させられるような代物だけれど、それ以上に敵対勢力に渡ると非常に厄介な代物でもある。つまり……』

『分かった、貴様はもう死ね!』

 クウの言葉を遮るように、<カドゥケウス>が両手を持ち上げた。

 それに呼応し、全身の発射口から虫のようにわきあがるミサイル群。

 数えきれないほどの殺意が空中へと解き放たれ、その全てが目の前に立つ痩せっぽちのギア・ボディ1機に殺到する。

 しかし、<カドゥケウス>のミサイルは一つも着弾しなかった。

 その全てが、まるで時間が止まったかのように<カドゥケウス>と<ディノブレイダー>の間でピタリと制止し、滞空している。

『馬鹿な……!?』

 驚愕に目を剥くヴァントーズ。

『バカはそっちでしょ。今の話の流れでミサイルだす? 普通』

 何かに集中し、目を見開きながらクウが叫ぶ。

『ずっと疑問だったの。なんでアンタのミサイルは、あんな自在に飛び回ることができるのかって。ミサイル一つ一つに高度な全方位スラスターがついた贅沢仕様なのは分かっていたけど、それにしたって限度があった。……その答えが、<カドゥケウス>の杖としての能力なんでしょう?』

『ぐぬぅっ……』

 クウの追求に、ヴァントーズが顔を歪ませる。

 図星を突かれたから怒っているというだけではない。意識を集中し脳波を増幅させることで、失われたミサイルのコントロール権を奪い返そうと試みているのだ。

 彼が杖と呼ぶその遺物は「サイコウェーブ照射装置」と呼ばれる代物だった。

 オリハルコンに似た特殊な金属を、呼び名通りの棒状に加工したそれは、持ち主の脳波を増幅させてテレパシーのように離れた場所へと伝播させる。それによりミサイル一つ一つに自分の意識を宿らせ、コントロールすることができるのだ。

 それが<カドゥケウス>による超機動ミサイル攻撃のカラクリである。

 しかし今、ヴァントーズの放ったミサイルは、彼以上の出力を持つサイコウェーブによって制御権を上書きされていた。

 それができるのは「聖杖」……、<カドゥケウス>に搭載した「サイコウェーブ照射装置」の次世代型と目されていた遺物の力に他ならない。

『ぐぬぅうううっ!』

 唸り声を上げるヴァントーズだが、ミサイルの制御権は戻らない。それどころか、滞空していたミサイルがゆっくりと方向を変え、180度回転していく。

『これが、第一のお守り! 遺物を使ったミサイルハック攻撃だァああ!』

 そう叫び、大きく目を見開くクウ。

 これまで幾度となく、一方的に標的を虐殺し続けていたヴァントーズのミサイル。それが今、発射主である彼自身に牙を剥き、襲いかかった。

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