第8話 鉄腕の子犬(8)

 物心つく前から、少女の家には父親がいなかった。

 彼女が知る父の情報は、どうやら政府の高官らしいということと、娼婦であった母親の客の一人だったということくらい。それ以外には名前も顔もわからない。

 立場の違いから一緒にいることはできないが、それでも毎月生活費を送ってくれる父親は自分たちのことをとても愛してくれているのだと、母親は少女に繰り返し言って聞かせていた。

 それが間違いであることを少女は察していたし、おそらく母親も理解していた。だが、仕送りが止まり、生活が立ち行かなくなった後でも母親はその呪文を繰り返すのをやめなかった。

 その呪文の詠唱は、母親が病気になって動かなくなる最後の最後まで続いた。

 そんなこんなで一人になった少女だったが、それは特段珍しいことでもない、ありふれた不幸の一つでしかなかった。

 浮浪児狩りにあって人買いのもとに送られた少女の周りには、似たような環境の子供達が数えきれないくらい集まっていたのである。

 しかし、ここから先がよくある話と少し違っていた。

 彼女を買った人物が、とある企業のギア・ボディ開発者だったのだ。

 しかも、その男は少女と似た境遇の子供を集め、自分の作ったギア・ボディに乗せて殺し合わせて楽しむのが趣味の変態でもあった。

 不条理に抗う命の輝きが、この世界で最も美しい。

 そんな口癖を持つ変態の下で育てられた少女は、幸か不幸か機械操縦の才能を開花させ、自分と似た境遇の少年少女を殺し続けることで戦いのセンスを磨き続けた。

 変態はそんな少女の成長に喜び、だんだんと彼女一人に興味を絞るようになっていった。

 彼女専用に機体をカスタマイズし、より良い装備を買い与え、より困難な戦場へと送り出すことを新たな楽しみにするようになったのである。

 変態に勧められるがままアウターに傭兵登録する際、少女は新しい名前を名乗る権利を与えらえた。

 好きな名前を名乗ればいいという変態の言葉に、彼女は自らの名前を「クウ」と決めた。

 クウ。それは母から聞いた御伽話に出てくる、最強の竜に与えられる称号の名だった。

 自らの身に降り注ぐ理不尽の連続。それを覆すにはもっと強力な力がいる。

 彼女は本能的にそれを理解していた。

 もっと強くならなければならない。それこそ人間以上になるくらい。

 全ての不幸を跳ね除ける最強の竜。

 彼女はただそれだけを願い、生き、そして今、



 遠雷のような音が微かに耳に届き、クウはゆっくりと瞼を開けた。

 何の音かと見回そうとして、周囲の暗さに今の状況を思い出す。

「そっか、あのまま気絶しちゃって……」

 そう呟きながら起きあがろうとした彼女は、闇の中に浮かび上がる赤い光にビクッと身を竦ませた。

「気が付いたか」

「な、なんだ、おじさんか……」暗闇の中で僅かに発光するコトーの一つ目に気付き、クウは胸を撫で下ろす。「人魂か何かだと思った」

「……? そうか、すまない。暗視機能のせいで暗いことを忘れていた」

 そう言いながら携帯端末のライトを点けるコトー。

 照らされた周囲を眺め、クウは感嘆の息を吐いた。

 そこは、それなりに開けた地下トンネルの中のようだった。都市間を繋げる地下鉄が通っていたのだろう、細長い銀色の車両が列をなし線路の上に鎮座している。

「こんな地下にリニアライン? なんか見たことない形してるけど」

「この都市はセンチネルの襲撃を受け、建造途中で放棄されたはずだ。ここまで開発が進んでいるとは思えないが……。もしかしたら、地球焼却前に作られた文明の焼け残りかもしれないな。先史時代では地下鉄道をシェルターとしても使っていたという話を聞いたことがある」

「遺跡ってこと?!」目を輝かせて起き上がるクウ。「すごい! たまたま通りかかった廃墟の下に遺跡だなんて、こんな偶然ある!?」

「いや、むしろ、この空間があったから、アウターはこの場所に拠点を作ろうとしたのかもしれない。と言っても、今更確認する術もないし、そんなことをしている余裕もないが」

 コトーがそう言って、クウに背後を見るよう促す。

 彼女が振り返ると、そこには落下の衝撃であちこちが壊れた<ディノブレイダー>と、全身ボロボロな上に両腕を失って大破寸前の<ハンター>が横たわっていた。

「君が気絶している間に勝手にシステムスキャンをさせてもらったが、<ディノブレイダー>の方は無事だ。破損部分を交換して簡単な調整をすればすぐに動けるようになるだろう」

「……おじさんの<ハンター>は?」

「応急処置をしたところで、動けて数十秒ってところだろうな。仕方がない、君の機体に使えそうなパーツを取ったあとは放棄するしかないだろう」

「そんなっ……」

 クウの言葉に、コトーは首を振って答える。

「自分の責任だ。こんなナリをしておいて皮肉なものだが、戦いの中で感情的になりすぎた」

「……あのミサイル野郎との因縁を聞いてもいい感じ?」

 恐る恐るといった風に問いかけてくるクウ。しかし、コトーはそれに応えなかった。

「……急いで機体を修理し、この場から脱出しよう。もたもたしていると手遅れになるかもしれない」

 そう言って歩き出したコトーを、クウが慌てて追いかける。

「手遅れって? ……あいつはここまでやってこれないし、もう諦めたんじゃ」

 彼女がそう言いかけたところで微かな振動が地面を揺らし、先ほども聞いた遠雷のような音が地下道にこだました。

「……今のは?」

「……奴だ」吐き捨てるようにコトーが答える。「先ほどから、この空間につながる出入り口を片っ端から爆破して塞いでいる」

「……それって」

「今の爆破で、エコーセンサーが探知したこの空間からの出口は一つを除いて全て塞がれた。……おそらく奴は、最後に残した出口の前で待ち構えるつもりだろうな」

「嘘っ!?」

 クウが悲鳴のような声をあげる。

「もっかいアイツと戦わなきゃいけないってこと!? 傷ついた<ディノブレイダー>1機で!? 万全な上に二人がかりでも叶わなかったのに!?」

「そうなるな」

「き、救援は……」

「僕たちがディバインソードに捕捉されていることは本隊も察知している。そんな死地に増援を送ってくれるほど、上の連中は優しくないだろうな」

「そんなぁ……」

 冷静に告げるコトーの言葉に、がくりと項垂れるクウ。

「あんだけ撃っても切っても傷一つつかなかったバケモンに、たった1機でどうやって勝つって言うの? それこそ、こっちにもディバインソード並みに高性能な超つよつよギア・ボディでもない限り……」

 そんなことを言いながら地面に跪きプルプルと震えていた彼女だったが、不意に何かに気づいたように顔をあげると勢いよく立ち上がった。

「そうか、まだ希望はある!!」

 そう叫んだクウは、コトーのもとへ駆け寄って聞く。

「ねぇ! ここ、旧時代の遺跡の中なのよね?!」

「おそらくは、だが」

 そう答えるコトーに、嬉しげに指を鳴らす彼女。

「聞いたことない? 最近、噂になっている旧時代のギア・ボディ! どっかの遺跡に迷い込んだ傭兵がそこで偶然見つけた超高性能ギア・ボディに乗って、ディバインソードの一人をぶっ殺したってやつ!!」

 興奮のあまりクルクル回りながら、彼女は続ける。

「あの噂が本当なら、もしかしたらこの遺跡にも同じように超強いギア・ボディが眠ってるかもしれない! もしそんなギア・ボディが見つかれば、あの高慢ちきなミサイル野郎にだって負けやしない! ねぇ、そうでしょ?!」

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