第2話 鉄腕の子犬(2)

「静かすぎるな」

 歩行する機動兵器の中、視界の端に映し出された周辺地域のデータとレーダーによる情報を横目に見ながら、機械男こと、コトー・ミナガルデはそう呟いた。

 現在、彼がいるのは旧市街地のビル群の中。

 元々、アウターが極東地区へ支配権を拡大した折に建造されたこの場所は、後に制空権を取り戻したセンチネルによる核攻撃の報復で人が住めなくなり、それ以来放棄されている。

 爆心地から離れたこの付近には視界を遮る高層ビルが多く残っており、奇襲の可能性がある立地として事前のブリーフィングでも警告されていた地点だった。

(時間と燃料の問題さえなければ、迂回しておきたい場所なのだが……)

 そんなことを考えながらもコトーは顔をあげ、前方を飛ぶ輸送ヘリへと視線を向ける。

 今回、アウターが傭兵達に発注した依頼は、この輸送ヘリの護衛だった。

 そのヘリは「内容は極秘だが、アウターにとってとても重要な何か」を輸送しているらしく、ダミーを含めた5機のヘリコプターをそれぞれ別のルートで稼働させ、それぞれにギア・ボディに乗った傭兵が3人以上張り付いている。

 まるでどこかの国の首相でも護衛するかのような念の入れよう。

 念には念をと雇い主は説明していたが、そんじゃそこらの代物にここまで厚い警備は普通しない。だからこそ、海千山千の傭兵達にはもうこの時点で輸送ヘリの中身に想像がついていた。

 十中八九、先史人類遺跡にまつわる代物だろう。

 現在、この小さな地球の上で太陽系中央政府(センチネル)と外惑星連合(アウター)は、大昔に滅んだと言われている先史文明が残した遺産を巡って血で血を洗う大抗争を巻き起こしている。遺物の中には現代では再現できない超現象を引き起こせる代物もあるとかで、活用法によっては今の科学技術の進歩を百年早めることも不可能じゃないらしい。

 もしヘリの中身がコトーの予想通りのものならば、センチネルの連中が黙って見過ごすはずがない。そろそろ、何か動きが見えてもおかしくないのだが……。

 そんなことを考えながら再度周辺の索敵を行なおうとしたコトーに、僚機から通信が入った。

『さっきから五月蝿すぎる。そろそろ子犬の相手をしてやってくれないか?』

 その言葉に、コトーは頭部排気口から深いため息を吐き出した。

 聴覚を制御するプログラムを操作し、先ほどからミュートにしていた「もう1機の僚機」からの通信を復活させる。

「作戦中は私語を慎めと言っただろう。部隊の仲間に迷惑をかけるな」

『あっ、やーっと応答した! さっきからずっと話しかけてるのになんで無視するの、ひどいじゃない!』

 コトーの言葉をかき消すような大声がコクピット内に響き渡った。その声はクウと名乗る、ブリーフィングの時に騒動を起こした若い女傭兵のものである。

 現在、コトーは彼女と、もう一人の傭兵(バーグラリー)との3人編成で輸送ヘリの護衛に当たっている最中だった。

「すまない。あまりにも煩いせいか、プログラムが君の声をノイズと認識していた」

『ひどっ!?』

 甲高い少女の悲鳴に、コトーはついていないはずの眉を顰める。

『っていうか、最新義体の聴覚プログラムにはそんな機能がついてるの!? それとも、ノーフェイスのおじさんが独自でプログラムを組んでるとか? まぁ、いいや。話を聞いてくれるんだったら。わたし、あなたに聞きたいことがたくさんあるんだけど』

「先ほども言ったが、作戦中に私語は……」

『おじさんが乗ってるその尖ったロボット、普通のギア・ボディじゃないよね!? わたし、ダークウェブのムービーで見たことあるもの! それ、<ハンター>ってやつでしょ!?』

「機体情報はブリーフィング時に開示したはずだが」

『そうなの? ごめんなさい、わたし、長い文章って読めないの!』

「……」

『そんなことどうでもいいじゃない。で、どうなの? <ハンター>なの? <ハンター>じゃないの?』

 興奮気味に詰め寄ってくる彼女に、コトーは躊躇いながらも首肯する。

「そうだ。君の言う通りこの機体は……」

『やっぱり!!』

 彼の言葉に、食い気味でクウが詰め寄ってくる。

 確かに彼の乗る漆黒の機体<ハンター>は、いわゆる普通のギア・ボディとは全く違う技術体型によって設計されたアウターの最新鋭機である。

 体型も戦車に手足が生えたような無骨なフォルムの通常ギア・ボディとは違って、全体的にすらっとしており、人間の形にかなり近い。

 その上で空気抵抗を計算した戦闘機のような流線型に設計されており、各部に装着したスラスターとウィングによってこれまでにない高速機動を可能としていた。

『すごい! わたし、A級のギア・ボディって初めて見た! まだ、アウター精鋭部隊のヘプターキーにしか配備されてないって聞いてたけど、こんなところで見れるなんて! もしかして、おじさんってヘプターキーのメンバー?』

「……」

『その肩についてる円盤がエネルギーフィールド発生機なんでしょ? そのエネルギーフィールドで弾丸を弾けるって本当? 一体どういう仕組みで、どういうジェネレータを使えばそんな出力の力場を出すことができるの?』

 大きな瞳をキラキラ輝かせてコクピット内カメラに顔を近づけるクウ。ウィンドウいっぱいに映し出された彼女のツヤツヤおでこから視線を外し、コトーは再度ため息をついた。

 一体何が彼女の琴線に触れたのか分からないが、ブリーフィングの一件からずっとこの調子なのである。うんざりし、再び少女の声をミュートしようと再設定を試みるコトーに、もう一人の僚機であるバーグラリーの男が苦笑した。

『まぁまぁ、そんなに邪険にしてやるなよ。子犬ちゃんは旦那みたいなネームドサイボーグのファンなんだ』

「サイボーグのファン? ……言っていることの意味がわからないな」

『わたしを子犬って呼ばないで! またぶっ飛ばされたいの!?』

 困惑するコトーの言葉に被せるようにして、怒号を飛ばしてくる少女。

 かと思うとコロリと口調を変え、再びコトーに詰め寄ってくる。

『ねぇねぇ、その背中についてる羽みたいなのが噂の大型バーニアなんでしょ? 聞いたことあるんだ。<ハンター>の高機動マニューバは本気で動かすとマッハ5くらい出せるって! ねぇ、本当に超音速で動けるの? 見せて、見せて!』

 らんらんと輝く少女の瞳から目を逸らしながらコトーが答える。

「諦めろ。空ならともかく地上でそんな速度出したら、ちょっと何かに引っかかっただけで機体が粉々になる」

『でも出そうと思ったら出せるんだ!? すごーっ!』

「…………」

『やっぱりおじさんがその身体にしたのも、<ハンター>の性能を100%発揮させるためだったりするの? 生身の人間じゃ、こんなすごい機体乗りこなせないもんね!』

「いや、僕は……」

『くーっ、かっこいい! 人間以上にならないと到達できない別格の世界っ! わたしも早くおじさんみたいなフル技体のサイボーグになりたいなぁ』

 そんな彼女の一言に、コトーの動きがぴたりと止まった。

 一瞬、今が作戦中であることすら忘れ、彼は思わず聞き返す。

「……? 今、なんて?」

 そんなコトーの様子にも気づかず、クウは興奮冷めやらぬ様子で言葉を続けた。

『実は前からコツコツ依頼料を貯金してて、今回の任務の報酬でとうとう手術の頭金が揃うの。最初は視覚系と内臓系しか弄れないけど、いずれわたしも、おじさんみたいなフル義体になってバリバリ稼いで、ゆくゆくは<ハンター>みたいな超強い機体に……』

「やめろ」

 きゃっきゃとはしゃぐ少女の言葉を遮るように、コトーが言った。

 その声の冷たさに、場の空気が凍りつく。

「僕には君が何を考えているか全く理解できないが、これだけは言える。今すぐ、そんな馬鹿げた考えを捨てるんだ」

『な……』想像していなかった突然の否定に、たじろぐクウ。『何よ、いきなり』

 しかし、コトーの言葉は止まらない。

「かっこいい? 人間以上? ……ふざけているのか? 何を勘違いしているか知らないが、この身体は」

『どうしてそんなこと言うの!』

 眉を吊り上げ、クウが叫ぶ。

『機械の体を手に入れて人間以上に強くなる。これがわたしの夢なの! なのに、なんで……』

「そんな夢は捨てろ。君には相応しくない」

『なッ……』

 両目を大きく見開き、絶句するクウ。そんな彼女にコトーが更なる言葉を重ねようとしたところで、コクピット内にアラートが鳴り響いた。

 索敵センサーが複数の熱源をキャッチ。

 次々と数が増えているところを見るに、電磁迷彩を使って待ち構えていた可能性が濃厚。予期された通りの奇襲攻撃である。

 コトーは口に出そうとしていた言葉を飲み込み、操縦桿を握り直した。

 廃墟と化した摩天楼の中で、戦闘が始まる。

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