第3話 【炎帝】クレアルージュ女王陛下

 



「女王陛下様への謁見の許可が降りました。エレノア・クリスティーネ様、どうぞこちらへ」



 秘書官と近衛兵に囲まれながら向かった先は、お城の最上階にある玉座の間だ。ここにおわしになる御方こそ、フローリア帝国が誇る元執行者フェンサー、序列第一位【炎帝スルト】の異名を持つ、レガリア=ラルク=フォン=クレアルージュ女王陛下です。


「失礼致します。クレア女王陛下、執行者フェンサー序列第2位【白銀の剣聖】、エレノア・クリスティーネ様をお連れ致しました」


 秘書官が一礼しながら部屋の扉を開ける。そこには、巨大な玉座とその前に大きな円卓のテーブルが配備されていた。豪華で煌びやかな玉座には、クレア女王陛下が余裕の笑みを浮かべながらこちらを見つめている。


「女王陛下、エレノア・クリスティーネ.......御身の前にて失礼つかまつりまする」


 女王陛下の御膳で、私は最大級の敬意を表し片膝を付いて頭を深く下げる。


「うむ、良く来たな。エレノアよ、おもてをあげよ」

「ははっ!」

「ふむ、エレノア以外の者は皆下がるのじゃ」

「ははっ! では失礼致します」


 あぁ.......相変わらず美しい。燃えるような赤い深紅の瞳に艶のある赤く長い髪。威厳や王に相応しいオーラを身に纏っている。とても子供を何人も産んでいる身体とは思えない程の美の体型。


 艷麗えんれいたる中に潜むは雲中白鶴うんちゅうはっかく。あぁ.......私の忠義を全て捧げるに値する、慈悲深く思慮深い至高の御方.......そして、私をスラムで拾って下さりここまで育てて頂いた御恩もあります。クレア女王陛下には本当に頭が上がりませんよ。


「ふむ、さてと.......他の者は皆下がったな?」

「は、はい.......ごくりっ」


 そして、クレア女王陛下は穏やかな笑みを浮かべた直後、先程までの空気とは180°真逆の方向へと一変する。


「うふふ.......♡ エレノアちゃあああんんんん!!! むぎゅう♡♡♡」

「はわわっ.......!? 女王陛下.......!?」

「お堅いのは抜きにするのじゃ♡ あぁ、我が妹よ! また危ないお仕事をして.......わざわざエレノアちゃんが出向かわなくとも盗賊退治は他の者に任せれば良いのに.......エレノアちゃん、怪我してない? 大丈夫? お姉ちゃんが居なくて寂しく無かったかしら? 夜はちゃんと眠れてるかの?」

「だ、大丈夫ですよ.......」


 やはりこの方は昔から変わらないですね。王位継承する前から、クレア女王陛下は変わらない態度で私に接して下さる。私からしたらクレア女王陛下は、血の繋がりは無くとも実のお姉ちゃんみたいなものですから。


「昔みたいにと呼んでくれても良いのじゃぞ?」

「謹んでご遠慮致します♪」

「むむっ.......昔は良く一緒にお風呂に入ったり、同じベッドで寝たりしたものじゃ♡ 照れなくても良いのに♡ 何なら今日の夜一緒に寝るかの!」


 うぐっ.......く、苦しい。クレア様のお胸がとにかくデカイ! 私も胸の大きさには自信があったのですが、クレア様の方が私よりも一回り大きいのです!


「あぁ〜エレノアちゃん抱くと落ち着くのう。ううっ.......もう女王辞めたい。私も庶民に戻って酒場で一杯やったり、自由に冒険したり街で食べ歩きしたいのじゃ!」

「クレア様、落ち着いて下さい!」

「むむっ.......私の事はお姉ちゃんと呼びなさい! これはお願いじゃないわ。女王として命ずる!」

「ええ!? わ、分かりましたよ.......お、お姉ちゃん.......」

「うむ、宜しい!」


 クレア様が本音を話して下さるのは素直に嬉しいです。あんな凄惨な事件が起きなければ、今頃クレア様は王女としてもう少し自由の身になられた筈なのにね.......


「エレノアちゃん.......もう少しこのまま抱かせて」

「クレア様.......」

「は、はい.......お、お姉ちゃん.......」

「うむ! 私と2人だけの時はお姉ちゃんと呼ぶように! それと敬語も不要じゃ! 家族と思って話して欲しい!」


 クレア様は基本的に面倒見が良く、優しくて過保護なお方です。今まで数え切れない程に自分の妹として、正式に帝国の皇室に入らない?と軽いノリで言うものだから本当に大変でしたよ。私みたいなスラムの貧民街出身の者が、万が一に皇室入りでもしたら、間違い無く一波乱起きてしまいます。


「クレア女王陛下.......」

「あ、お.......お姉ちゃん」

「はぁ〜い♡ よしよし♡ エレノアちゃんは可愛くて良い子でちゅね〜♡」

「さ、流石にそれは.......」


 ううっ.......私も今では立派な大人なのですよ? まあ、頭を撫で撫でしてもらうのは好きですけど.......クレア女王陛下も寂しいのでしょうね。戦争で息子さんを2人も失い、夫となる方もとある事件でお亡くなりになっています。


 現在クレア様には2人の娘がおりますが、1人は他国へ留学、もう1人は反抗期真っ盛りで別居、クレア様も色々と憂いておられるのでしょうね。


「はぁ.......今の帝国は一枚岩では無い。アホ貴族や他の執行者達の権力と派閥の争いばかりで本当に嫌になる.......政界は本当に醜い事ばかりで、民の事を見向きもせぬ」

「お姉ちゃん.......」

「エレノアちゃんだけは、私の味方で居てくれるかしら?」

「当たり前じゃないですか。私は常に如何なる時もお姉ちゃんの味方ですよ!」


 クレア様.......かなり精神的に弱っていらっしゃいますね。どんなに強いお方でも、トップに立つというのはやはり並大抵の事では無いと言う事なのでしょう。私はクレア様が居るからこそ、今の帝国にお仕えしているのです。


 私が子供の頃、スラムの街でクレア様に拾って頂いたからこそ今の私が居る。例え周りが全て敵に回ったとしても私はクレア様を裏切る真似だけは絶対にしません!


「私は敵を作り過ぎてしまった.......でも、不正や悪事を許す訳には行かなかった」

「お姉ちゃんがやった事は全て正しい事だと思うよ。あのまま腐敗が進めば、この国はいずれ崩壊していたでしょうし.......」

「ありがとう。エレノアちゃんからそう言って貰えるだけでも嬉しいわ.......ここだけの話なのだけど、半年前から帝国の機密情報が何処からか漏れてるみたいなのじゃ。しかも、帝国周辺の勢力も何だかキナ臭くてのぉ」

「帝国内に裏切者が居るかもしれませんね」


 もし裏切者が居るとしたら、私は容赦なくその裏切り者を切り捨てる。クレア様に刃向かう輩に生きる価値等はありません。


「クレア様.......ごほんっ。お姉ちゃん、私の方でも少し探ってみるね」

「うむ、エレノアちゃんの事は信用しているぞ。もし、他の執行者や貴族に意地悪されたら私に言うのじゃぞ? 実践を持って、徹底的に再教育するのじゃ」


 クレア様の再教育.......元とは言え、執行者の中で序列1位の座を実力で上り詰めた御方ですからね。【炎帝スルト】の異名を持つクレア様は、炎系統の魔法を使う文字通りに熱い御方。有事の際でも自ら先頭に立ち道を切り開いて来た勇ましい御仁だ。


 私はクレア様に剣術を指南して頂きここまで磨きあげましたからね。クレア様はお姉ちゃんでもあり、同時に剣の師匠でもあります。


「さてと、愚痴を漏らしてすまんな。今日は私に何か要件があるのじゃろ?」

「はい、実は.......」


 エレノアは事の顛末を詳細に話してから、後ろ髪を引かれる様な思いで休暇の話しを切り出した。


 クレア様の忠誠は人一倍あると自負していますが、休みたいと思う自分が居るのもまた事実。


「なるほどのぉ〜エレノアちゃんも22歳。赤子の引き取り先が見つかるまで面倒を見て上げたらどうじゃ? 育児の大変さを経験して置くのも悪くなかろう」

「え、私が.......ですか!?」

「うむ、何事も経験するのは大事な事じゃ。休日の件も了承した。業務の引き継ぎ等はしっかりと配下の者達に引き継ぐのじゃぞ? それと有事の際や幹部会には必ず出てもらうのじゃ」

「了解しました」


 仕方ありませんね。まあ、赤子の面倒を見るくらいそんなに大変な事では無いでしょう。きっと何とかなる。


「エレノアちゃんは良く働いてくれておる。これを機にゆっくりと休むのじゃ。もし子育てとかで悩んだら、何時でもわらわに相談するのじゃぞ? こう見えて育児に関しては経験者なのじゃ!」

「ありがとうお姉ちゃん♪ その時は是非お願いするね♪」

「しかし、しばらくエレノアちゃんが不在となると派閥のまとめ役は誰になるのじゃ?」

「はい、私の信頼置ける副官のルーネ・クリスタに全て任せようと思います。それに何かあれば私も業務のお手伝いはしますし」


 ルーネや他の仲間達が居るからきっと大丈夫。非常事態や何か事件か戦争が起きた際は、執行者達も忙しなくなりますが今は平時です。


「おお! ルーネちゃんか! あの子なら安心じゃ。人柄、実力や仕事の面に置いても優秀な子じゃ」

「はい、私は幸いな事に優秀な部下に恵まれております♪ その中でもルーネは私の右腕と言っても過言ではありません」


 真面目でツンデレな所もありますが、ルーネになら全てを任せられる。それ程にルーネの事は信頼してるからね♪


「おっと、もうこんな時間かの.......エレノアちゃん、名残惜しいがこれからちと会議があるのでな」


 どうやらクレア様はこれから公務の様ですね。お邪魔にならないように早急に退出致しましょう。


「分かりました。お姉ちゃん、私はそろそろ失礼するね」

「エレノアちゃん、子育て頑張るのじゃぞ!」

「はい♪」


 エレノアはこの時、まだ子育てに対する厳しさと大変さをまだ知る由も無かったのであった。これからエレノア波乱の日常が幕を開ける。

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