第15話 確執

エルは自室のベッドでゴッドステラに言われたことを思い出していた。

(『もし会うことがあればアイン様にお伝えください。借りは必ず返します。』か。借りということは父上がゴッドステラに何か便宜を図ったということ。じゃあ、それは何だ? …仮に、本当にゴッドステラの望みがオルトゥス学院に行くことだとしよう。だが普通は叶わない。ならそれを捻じ曲げるには何らかの大義がいる。…なるほど、それが俺か。)

大体父とゴッドステラの計画が見えてきた。

おそらく父はゴッドステラの危険性に気づいていた。だからこそどうにか干渉しようとしていたのだろう。そしてある日、ゴッドステラが海外に行きたがっていることを知った。そこで彼女が海外へ行けるように取り計らう代わりに、ハーブルルクスに干渉しないように求める。いや――

(国内から彼女を追い出すだけで目標は達成できる。俺をラーマス王国からの特別枠にねじ込み、あえて上等な鈴を着けさせる。後は彼女がそれに立候補するだけ、か。よくまあ、考えたもんだ。)

ほとんどを想像で補っていたが、限りなく正解に近いところまで近づいていた。しかし、引っかかる点もあった。

(だがあの時父上は俺に辞退してもいいと選択肢を委ねてきた…。俺がスペスに行くと確信していたのだろうか? さすがに絶対行くとは断言できなかったはずだ。いくら可能性が高かったとしても賭けであったことには変わらない。けど父上がそんな賭けに出るとは思えない。…ならどちらに転んでも父上的には美味しかったということか。)

エルの推測は正しかった。アインはエルがもし国内の学院を選んだ場合、あらかじめ確保していた特別枠の一つを派閥内のゴッドステラと親交のある子女に割り当て、友達として誘わせる手筈だった。国王は親バカなので、ただゴッドステラがオルトゥス学院に行きたいと頼むだけでは却下してくるかもしれない。だからこそ友達の誘いという設定が効いてくる。友達の誘いを無下にしたくないと言われれば、父としても強くは反対できない。そしてそれを抜きにしても外国の要人とのパイプ作りという明確なメリットもあった。

アインとしてはエルグランドの鈴としての方が可能性が高いと思っていたが、エルグランドにはオルトゥス学院へ行くことを強制しなかった。国内でもアレは使えると確信したから。コークスを補う駒として。

(…ま、どうでもいいことだがな。どうせ明後日には王都を去るし。)


「コンコン」


本を読もうとした矢先にこれだ。本当に人生はままならない。

「エルグランド様、コークス様がお会いしたいとご学友と共に屋敷に来訪されました。」

エクスの声に戸惑いが感じられる。彼にも予想外だったのだろう。もしくはそういう予測を知らされていなかったか。

(ッチ、何の用で来やがった。今日はもう本でもゆっくり読もうと思ってたのに。)


「追い返せ。」

今更何も話すことはない。何よりあの顔を見たくなかった。

「それは…、申し訳ございません。出来ません。」

しかし、エクスは拒否する。まぁ、考えてみれば当然だ。相手は主君の子供、エルと同程度に敬う存在だ。だが、それは今回に限ってはおかしいはずだ。だって――

「俺に指揮権があるんじゃなかったのか?」

「仰るとおりです。しかし相手が当家の方という事とご学友もいらっしゃるとのことで無下にはできません。」

なら初めから結論は決まっていたようなものだ。それをあたかも選択肢はこちらにあるという姿勢が気に入らない。

(…所詮、こいつらは父上の駒か。なるほどな、勉強になった。)

自分はまだ何の手駒も持っていない。それを痛感させられる。


「ッチ、なら応接室に通せ。」

(というかゴミコークス以外にも来ているのか。非常識なやつらだ。)

コークスがまだ屋敷に来るのは分かる。でも友達までもが、いきなりやってくるのは如何なものなのか? 今、この屋敷に滞在しているのは自分であって彼らじゃない。礼節を欠きすぎているように感じられる。

そしてこの状況に至って脳裏によぎるのはノアの言葉。 

『パピスビル家が工作しております。お気をつけを。』

(…まさかあのバカ、いいように操られてんじゃないだろうな? もしそうだとしたら本当に消されるぞ。)

流石にそこまで愚かだとは思いたくない。同じ血が流れている以上、自分もそうなる可能性があったということなのだから。



「承知しました。では応接室にお通しします。」

「ああ、よろしく頼む。」

エルはコークスらよりも先に応接室に入るため、即座に部屋を出る。

(ハァ、父上はここまで読んでるのか? でもエクスの反応を見る限り、エクスは知らないようだったが。)

ここ王都に来てまざまざと父の恐ろしさを知らされた気分だ。ハーブルルクスが巨大になるはずだ。


応接室で待つこと数分、こちらに向かってくる何人かの気配を感じる。


「ガチャ」


ノックも無しにいきなり扉が開かれる。

(…マジか。そっちがその気なら俺も遠慮しねぇよ。潰してやる。)

あまりの無礼さにエルの腹も決まる。なるべく穏便に済ますつもりだった、適当に受け流すつもりだった。だが、奴らはレッドラインを超えた。もはや容赦する理由がない。


「これはコー…。」

「おい、貴様。なぜテメェなんかが中立都市へ行く。辞退しろ。」

コークスがいきなりエルの話を遮り、本題をぶち込んでくる。

(基本的に俺を舐めてるんだろうなぁ。こういう手合いは弱い者には強気だから。)

「それは出来ませんよ。」

「…あ?」

まさか断られるだなんて1ミリも思わなかったのだろうか。コークスの顔が一気に厳しくなる。

「あの父上が判断したことですよ? 俺にどうこうできるはずがありません。」

「…なら俺からも父上に進言してやる。貴様ではラーウス王国に泥を塗る。他の誰かに譲ったほうがマシだ。」

エルはコークスの憮然とした表情に嗤ってしまいそうになる。懸命に隠しているつもりかもしれないが、全く隠せてない。

「…なるほどねぇ。そんなに俺がスペスに行くのが嫌なのか?、コークスゥ? ああ、そうだ、ランデス兄上もアイリス姉上もオルトゥス学院だからなァ。俺も行けばコークス兄上だけが国内の学院に通うことになる。うんうん、それは嫌だよなぁ。」

エルは思いっきり相手のコンプレックスを抉る。国内と国外、明らかに扱いが違いすぎる。まだ年上の兄弟は長男と長女だからと納得できるが、年下の弟が国外に行けばハッキリする。自分は見限られたのだと。

ただでさえオルトゥス学院に行かせてもらえなかったという見方をされているだけに、エルグランドまでもが海外に行けばそれは正しさを持ってしまう。コークスのプライドのためにも許容できなかった。


コークスはエルにコンプレックスを見抜かれた屈辱に顔を真っ赤にする。

「貴様!!、殺してやる。」


「俺の前でそれを言ったな? 死ぬのはテメェだ。」

華麗にコークスのパンチを受け流し、髪を掴む。そして―― 

「ドガチャン」

頭を思いっきりテーブルに叩きつける。


コークスは一瞬何が起こったのか分からず、目を白黒とさせる。だが、すぐに理解する。

「貴様ァァァーー。」

コークスの力が一気に強くなる。魔力で身体を強化したのだ。


(…この程度か。父上に見限られるはずだ。貴族としては十分だが、大貴族としては不十分だな。出力は1.5倍も出てないんじゃないか?)

魔力による身体強化をしてもエルの拘束を抜け出せない。エルの身体強化率がコークスを上回っているのだ。

「弱いなァ、コークス。これじゃ、父上に見限られるのも納得だ。」

なるべく嘲るように言う。これまで可愛がってくれた分、倍にして返そう。


「クソクソッ、お前ら何してる。さっさとこいつを倒せ!」

エルの馬鹿にしたような態度に耐えかね、コークスが友に視線を向ける。自ら助けを求めるのはこれ以上ない屈辱だったが、このような頭を下げているかのような体勢の方がもっと屈辱的だった。


「お前は黙ってろ。」

エルは髪を持ち上げてコークスの顔面に蹴りを食らわせる。少々血が出ているが、大人しくなったのでいいだろう。


そしてコークスの友達の方も封じにかかる。


「おっと、皆さん動かないでくださいよ。これはただの兄弟喧嘩ですから。ここにあなた方までが絡めば単なる喧嘩では済まなくなってくる。」


そう言われて動こうとしていた面々が止まる。もしエルのほうがコークスよりも家中で力を持っているなら、話は大きく変わる。

「もう帰ってくださいな。俺はこいつと話があるんで。」


その結果――部屋にはエルとコークスのみとなった。














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