第12話 派閥

気まずい空気が続くかと思われたが、対面の紅くきれいな髪をした美しい女性が立ち上がり、軽く会釈する。


「初めまして。エルグランド殿。私の名はアレクシア・フォン・フェーベルと申します。以後お見知りおきを。」

その様子を見てエルも立ち上がり、大貴族としての余裕があるかのように装う。

「初めまして、アレクシア様。こうしてお会いするのは初めてですね。武名を誇っておられる貴家とこうして縁をもてたこと、嬉しく思います。」

相手はフェーベル家の当主。格で言えば相手の方が数段上。敬意を払わざるを得ない。それに彼女は夫亡き後、見事に家中をまとめ上げて凄腕の女傑として名をとどろかせてもいる。

(フェーベル家ねぇ。確か最近、侯爵家から公爵家に陞爵したはず。…ハーブルルクスのカウンターとして。)

エルの如才ない返しにアレクシアは予想してたよりも危険なことを悟り、警戒レベルをグンと上げる。と、同時に危惧も覚える。果たして娘はこの少年を抑えられるだろうか。

「お上手ですのね。それでこちらが私の娘ですの。」

アレクシアに諭されて席を立ちあがり、見事なカーテシーを見せる。

「初めまして、エルグランド殿。アイリーン・フォン・フェーベルと申します。ぜひ、学院でも仲良くしていただけたら嬉しいですわ。」

あくまで言葉は友好的だが、目は笑ってない。この部屋の中で一、二を争うくらい敵意を感じる。アレクシアも本当は非友好的なのかもしれないが、それをこちらに感じさせない点で、やはり娘よりも優れている。

(…こいつと一緒の学院に通うのか。…もしかしてこいつは俺への鈴か?)

考えれば考えるほどあり得そうな話だ。他の兄弟にもそれぞれ割り当てられてるのだろうか?

「こちらこそ、同じ国出身どうし仲良くしていただけるとありがたく思います。」

エルがそう言った瞬間、アイリーンの眉がピクリと動く。

(仲良くする気ないじゃねえか。ま、こっちもないけど。)

学院では関わらないでおこうと決意する。否、誰とも関わらない。特待生になって、そのなかでも第一シードになれば誰も難癖はつけられまい。力ある者こそ正義。


アレクシアたちフェーベル家の挨拶が終わると、次から次へと挨拶が始まる。

さすがにラーマス王国の代表ということで、家格もそれなりに立派で全員優秀そうだった。

「お久しぶりです、エルグランド様。共にスペスの学院に行くことができて光栄です。」

中には同じ派閥の人間も。たまに父に連れていかれるパーティで一緒になる金髪碧眼のイケメンが微笑む。彼はとても社交的で、よく話しかけてくるのだ。ただ善意ゆえに話しかけてきてるわけではない、と思っている。

(こいつもいるのか。父上がねじ込んだのか?)

「…久しぶりだな、ノア。」

「お元気でしたか?」

「ま、そこそこだな。」

(…こいつが居れば色々ケアしてくれるだろう。この人選は父上だな。素直に感謝しておくか。)

「しかしエルグランド様がスペスに行くとは思いもしませんでしたよ。こういうのは苦手なのでは?」

ノアの質問に室内の人間が注意を向けていることに気づく。あまりパーティに積極的に参加していなかったため、情報が少なすぎるハーブルルクスの三男。ここで少しでも人物像を掴みたいのはどの家も同じ。

だが、それを踏まえてもエルは気にしない。どうせ今日と明日が過ぎれば、この国にはいないのだから。

「苦手というか面倒くさいという感じだ。ま、国の方針だから仕方ないと言えば仕方ないが。」

嘘偽りないエルの感想。だが、それに納得できない者もいる。

「エルグランド殿、ということは自ら望んでスペスに行くわけではないということでしょうか?」

赤毛の少女、アイリーンが我慢ならないといった様子で話しかけてくる。この返答次第では面倒なことになりそうな雰囲気だ。

「…私が何かを望むということはありませんよ。ただ国内の学院とどちらが良いかと言われればスペスだったということですね。」

(そう、もうそんな淡い気持ちはなくなってしまった。強いて言うなら何もしたくない。)

もはや生きるも目的は何もなく、特にしたいこともない。エルはそんな自分の事を生きながらに死んでいると思っている。


するとアイリーンは拳をぎゅっと握り、フルフルと震える。

「…そんな軽い気持ちで参加してるんですか! あなたのせいで行きたかった誰かが行けなくなってるんですよ!!」

「アイリーン!!」

即座にアレクシアが止めに入る。いくら何でも踏み込みすぎだ。彼を敵に回せばハーブルルクス家も敵に回るかもしれない。


(…こいつの頭はお花畑か? 何、当然のことを言っている?)

「ごめんなさいね、エルグランド殿。この子の友達が行けなくて荒んでいるのよ。」

そう言って軽く頭を下げてくる。さすがに公爵家の当主にそこまでされては許すしかない。ここで許さなかったらエルグランド・フォン・ハーブルルクスは狭量だという噂話が流れるだろう。ただ、少し冷汗はかいてもらおう。

「いえ、構いませんよ。彼女の言うことは正しいですから。ですが、、その意味を考慮してほしいものですね。」

自分の選出にケチをつけるということは王国の判断にケチをつけるということ。ひいては王族への批判に繋がりかねない。いや、繋げようと思えば繋げられたのだ。だが、それでは本格的にフェーベル家を敵に回す。まだそこまでの事はしたくなかった。


「ええ、勿論です。アイリーン、あなたはもう黙ってなさい。」

アレクシアは鋭くアイリーンに言い放つ。さっきのやり取りで格付けはされてしまった。間違いなく相手の方が上だろう。しかしそう言われてもアイリーンはまだ不機嫌そうな顔だった。


「そう言えばエルグランド様、ジムはどうやら現地で入学試験を受けているようですね。」

「…え?」

(あいつもか。あいつは生真面目だからな、勘弁してほしいよ。どこからどこまでが父の仕込みなんだ?)

着々とハーブルルクスの派閥の面子が固められている。ジムは特別枠の入学ではないようだが、入学は決まっているようなものだろう。なぜなら彼は現宰相の次男で、とても優秀と評判なのだから。

「楽しみですね。」

ノアがワクワクした顔で共感を求めてくる。

「ま、それなりにな。」

(他に比べればまだマシっていうところか。心の底から楽しみな事なんて存在しないだろ。)

楽しいとは何か? もはや前提の定義ですら分からなくなってしまった。それでも己は生きている、なら分からないなりに生きるしかない、そう割り切ってからは灰色の世界に馴染めた気がする。


「コンコン」


「失礼いたします。謁見の準備が整いました。私についてきてください。」

とうとうこの国の頂点と顔を合わせる。威厳に溢れているのか、王の器であるのか、頂点にふさわしいのか、エルはそんな不遜なことを考えながら歩を進める。有能がいれば、無能もいる。その法則はどの世界でも有効なはずだ。で、あるとするなら今の身分秩序もあるべき姿に正されそうな気がする。

(…そうなれば世界はもう少し綺麗になるのだろうか?)


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