第6話 出発

「エルグランド様、準備は出来ましたか?」

「ああ、できたぞ。」

今日はとうとう中立都市スペスの学院へ行く日。珍しくワクワクする自分がいることに気づく。だがそれでも――

(…世界は色づかないか。)


「ガチャ」


大きい荷物を持って部屋の外に出ると、セバスと幾人かの騎士がいた。

「エルグランド様、こちらが今回の旅のリーダーとなるエクスです。」

完璧に武装した大柄な男がお辞儀する。

「紹介にあずかりました、エクスと申します。今回の旅の間、どうぞよろしくお願いいたします。」

「ああ、よろしくな。」

「旅の間、指揮権はエルグランド様にございますが、基本的にはエクスに任せる形でよいかと思います。」

「分かった。」

「あとこちらを…。」

セバスから短刀と金属で作られたカードを手渡される。

「これはハーブルルクス家の家紋が刻まれています。一応そちらのカードだけでよいと思われますが、念のためこちらの短剣もお持ちください。」

「わかった。」

無くさないようにリュックのポケットにしまう。

「あとあちらでお世話になる商会はカーテリンク商会です。お金が欲しい場合は家紋を見せて貰ってください。他にもいろいろ便宜を図るように要請しています。暇なときにでも顔を出してください。」

「…ああ。」

(至れり尽くせりだな。大貴族も大変だねぇ、周りから舐められるないようにしないといけないんだから。)

「それと道中の王都では、国王陛下と謁見しなければなりません。」

「…は? 聞いてないぞ。」

「エルグランド様は特別枠の入学ですから、国家の代表でもあります。陛下直々に激励されるのは当然でしょう。それに学生証が王城に届けられるという事情もござます。」

「…なるほどな。」

(くそっ、選択不味ったか? 変にやらかしたら国家の恥になると言うわけか。…でも父上がそこまで読んでないとは思えない。…序列さえ上ならいいのか。)

エルの読みはあたっていた。

エルが仙人となった日、大事なものを失ったが得たものもあった。他者から何と思われようと構わない、力があるなら傲慢であってもいい、貴族特有の驕り。それらが露骨ではないが、態度に現れており、セバスはその変容をアインに報告していた。アインは半信半疑だったが、直接話すことで確信する。有用な駒になったと。長男と長女は当たりだったが、次兄と三男は外れだと思っていた。

外に出すことでしか有効活用できないと考えていたが、ここにきて三男が化けるなら四分の三が当たりとなる。だからこその優遇。エルグランドを適切に運用すればきっとハーブルルクスに益をもたらす。


「では出発いたしましょう。」

「…ああ。」

(父上に挨拶はなしか? 俺としてはありがたいけど。)


屋敷の外に止まっている豪華な馬車に乗り込むが、それでも父は現れなかった。

(…こんなものか。にしても護衛の数が多いな。…俺が外出するときはゼロだったのに。…ハッ。)

セバスが深々と頭を下げるのが見える。


「ガコッ」


とうとう王都に向けて馬車が動き出す。馬車の中にはたくさんの荷物が積まれていた。

(…剣と甲冑がある。弓も。…矢はどこだ)

しばらく矢を探すと、筒のようなものを見つけた。おそらくこの中に入っているのだろう。しかし蓋を開けて中を見てみると、予想とは異なり、まばゆい光が溢れる。

(…金の延べ棒か。これはありがたい、精々有効活用させてもらおう。)

他にもないか探してみると同じようなものが五つほどあった。これだけで王都に屋敷を持てるだろう。

「…他者から搾取した結果が、これか。やはりどうしようもないな、この世界は。」

(でも世界がこうある以上、俺の世界も盤石だろう。俺の世界が壊れるとしたら、それは世界全体が綺麗になるときだろうが、そんなときは来ないから考えても無駄か。)


金の延べ棒が入った筒を戻し、他に荷物を漁っていると蓋のない筒に矢が入っているのを見つけた。

「…腰に付けられるのか。この皮、大虎か。…この分だと剣も業物だろうな。」

エルは剣を鞘からすっと引き抜く。素人目に見ても分かる素晴らしい剣であった。

(いくらぐらいすんだろう? 家が一軒立ちそうだ。)

少し大きく感じられたが、成長すれば問題なくなるだろう。一通り、振って感触を確かめる。

(…軽い。身体強化せずにこの重さということは、業物確定だな。)

それ以上の感想を抱かないで、剣を鞘に戻すとエルはそれっきり興味を持たず、軍記物語への世界へと没入する。

やはり時間を潰すには、小説に限る。勉強にもなるし、普通に面白い。


どれほど経っただろうか、馬車が止まる。


「コンコン」


「何だ?」

「本日のお宿に到着しました。」

「そうか、ご苦労。」


「ガチャ」


外に出るとすでに日が暮れかかっていた。

「エクス、あとどのくらいで王都だ?」

「六日ぐらいでしょう。」

「ふーん。じゃあ、王都からスペスまでは?」

「約一週間ですね。」

「結構かかるんだな。」

エクスはエルの言葉に少し頭を下げる。

「それとご当主様の命令により、王都を視察するようにとの指令を受けます。」

「視察って…、俺がするのか。」

「はい。国王陛下の謁見の日も含めて四日ほど滞在する予定です。」

「…ふーん、父上に行くところは指定されているのか?」

「いいえ、すべてエルグランド様に任せるとのことです。」

「了解した。他に言うことはないか?」

(特に指定されてないなら好都合だ。本屋にでも行って新作の軍記物でも買うとするか。)

「ございません。」

「そうか。ご苦労。」


そのまま宿へ向かう。宿の前では主人らしき人物が頭を下げていた。

「この度はようこそお越しくださいました。」

「ああ、一晩世話になる。よきに計らえ。」

「ハハーー。」

これ以上なく主人は慇懃に対応する。相手は大貴族の三男、しかもハーブルルクス家は最近のこの国の話題の中心の家と言っても過言ではない。

「エクス、そういや金は?」

「すでに先触れが支払っておりますし、余分のお金は馬車に積んでおります。」

「…わかった。」

(馬車に載ってるお金ってあの延べ棒の事じゃないよな? あの袋に入ってるのか?)

金の在りかが気になって仕方がないが、今更馬車に戻って確認するほどの事ではない。それよりも風呂があるかどうか、それが問題だ。


店の主人に案内され、一室へたどり着く。

「こちらが本日のお部屋です。」

屋敷の自室と比べるべくもないが、流石にそれは酷というもの。それに一人で一泊するには十分に広く立派な部屋だった。

「ほう、なかなかいい部屋だな。」

「恐れいります。お食事とお風呂はいつでもご利用可能です。どうぞごゆっくりお過ごしください。」

「そうか、ご苦労。もう下がっていいぞ。何かあれば、また呼ぶ。」

(…顔色が悪いな。三男とはいえ、大貴族の子供だからな。申し訳ない。)

「分かりました。失礼します。」

そそくさと主人が去っていく。下がれと言われたときのほっとした顔、やはり彼にとっては重荷だったのだろう。


「エルグランド様、では我々はそれぞれ警護の配置に付きます。」

「ああ、それはそっちに任せる。好きにしてくれ。」


「ギィ」


とりあえずベッドに向かって飛びこむ。

(ハァー、結構疲れたな。これがまだ五日も続くのか。退屈だなぁ。)

旅に出てそう経っていないが、エルはすでに飽き始めていた。もともと熱しやすく冷めやすい性格なのだ。仙人になってからは熱しにくく冷めにくくなったが。

(ま、人生こんなものか。今日はもう終わりだ。)













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