10:勉強会と家事の話


■■■勉強会をする■■■


 放課後になって予定通り僕は徒凪さんに声を掛けた。

 勉強会だ。会というほどの人数はいない、というかたった二人しかいないが、クラスメイトと勉強すること自体が人生初めてな僕にとっては勉強会だった。


 昨日のことを一応は反省している僕は昨晩のうちに沙矢に連絡済み。沙矢は僕が勉強することに肯定的でうんうんと頷き、かと思えば、クラスメイトに教わると聞いて少し不機嫌そうに鋭い息を漏らした。ついでに、もしかしてあの人かな、とか独り言を漏らしていた。徒凪さんのことを知っているのだろうか。そう言えば昨日の下校時に僕のことを後から追っていたみたいだし、横に並んで歩いていた徒凪さんのこともそれで知ったのかもしれない。だから何だと言えば、別に何でもないけども。いや、あるな。倫理的にストーカーはやめてもらいたい。あと自称兄としてはもうちょっと建設的なことに時間を使ってもらいたいとも思う。切実に。


 徒凪さんは放課後の教室での勉強を提案したが、僕は断った。虐めっ子がいる教室で残って勉強会というのは徒凪さんも落ち着かないだろう。あまり気にしていない様子には見えるが、それでも配慮はすべきだ。


 少し話して、最終的に駅前のファミレスで勉強することにした。出費が嵩むが校内の図書室や自習室では話し声すら出せないので仕方がない。それにこの年齢で少し恥ずかしいけど、ファミレスでクラスメイトと勉強をするというイベントに心が浮つく自分もいる。だってアニメとかラノベっぽい。学生時代ついぞ体験できなかった経験を今更履修できるんだ。周回遅れの青春っぽさを期待したっていいはずだ。


 駅前のファミレスに連れだって入ればテーブル席に案内される。平日の午後三時の店内は学生が過半数、老婦人が所々といった客層だった。前世ならば子連れのママ友とか老夫婦とか、もっとそういう集まりもいたものだが、軽く見渡してみて一組も見えない。改めてこの世界の特異性を認識する。


 ついでに少し居づらい。ただのファミレスのハズなのにまるで女性専用レストランみたいだ。男は僕を含めてカップルと思われる男一人しかいない。前世のフェミニストが見たらきっと大喜びだな、とかしょうもない感想を抱いてしまう。


 メニュー表と数分睨めっこをしてサンドイッチとドリンクバーを店員に注文。徒凪さんはイチゴパフェと同じくドリンクバーを頼んだ。ドリンクバーが共通項になっているのは別に徒凪さんと示し合わせた訳ではなく、お互いに長時間居座るならドリンクバーを席料として払うべきと判断した結果だろう。店としてはそれでも迷惑かもしれないが、気分の問題だ。


「それで、どの教科にしますか……?」


 店員が去った後、僕の仕草を様子見をするように徒凪さんは言う。教えてもらう科目は決まっている。


「現代文以外の全教科……と言いたいけど、まずは数学がマズイかな。一点も取れる気がしない」

「一点も……?」

「一点も」


 徒凪さんがオウム返しして僕は繰り返して言った。見て分かるほど困った顔をしている。

 嘘ばかりの僕だけどもこういうのは正直が一番だ。昨日の沙矢のミニテストを通じて僕は0点を取る強固な自信があった。誇れることじゃないけど、本当にそう思っていた。


「何が分からないのか……も分からないですよね」

「少なくとも数ⅠAは覚えてないかも」

「どうやって進級したんですかそれは……」

「こう、気合で?」

「えーと」


意味不明と言いたげな胡乱な目つきで、徒凪さんは更に困惑。分かる。とても分かる。普段の授業を本当に聞いてるのかって話になるよね。分かるけど助けて欲しい。


「……数ⅠAは諦めましょう」


 右手を額に付けて、左手でシャープペンシルをカチカチと鳴らしながら相当悩んだ結果として、徒凪さんはそう結論付けた。


「次のテストの範囲は微積なので、その辺りを対策しましょう」

「なるほどね。頑張るよ」

「ではどのくらい出来るか判断したいので、この例題を解いてもらってもいいですか……?」


 教科書の問題文を見せられる。F(x)=なんちゃらみたいな方程式で文章題だ。この二日間は授業を理解を諦めつつもちゃんと聞いていたから覚えている。これは微分方程式というやつだ。それ以外はあまり分からないが。


 試しにうろ憶えな知識を頼りに解いてみる。微分ならば変数にある乗数を繰り下げて積を求めればいいはずだ。うん、微分完了。続けて文章題はここから更に接線と交わる点を求めよとかある。でもそこからどうすればいいんだ。僕は何年も前に数学は受験科目から取り去っているんだぞ。しかもその当時だって数学なんて取りあえず思いつく数字をとにかく試算しまくって、それっぽい雰囲気の数字になればいいと思っていた。つまりはお手上げである。


「微分だけは出来たと思う」

「はい、出来てますね。微分だけは……」


 まあそんなもんか、という及第点の頷きをしながら徒凪さんは解説を始める。どうやら失望はさせなかったみたいだ。授業を一応は聞いておいてよかった。


 基本的にはこの繰り返しとなった。

 僕は二問か三問を解いてみる。徒凪さんが間違った箇所に赤を入れながら解説を挟む。その後に類似問題を解いて次の単元へと進める。個人指導の塾とかきっとこんな感じなんだろうと思う。違う点は、徒凪さんはきっと下手な個人指導塾よりも指導が良い。僕みたいな無学者にも0から順序だてて説明してくれるおかげで、理解度が高まるペースが独学の比じゃない。


 これが勉強会か。僕が学生時代が経験しなかった勉強会ってやつなのか。なんか、いいな。勉強なのに楽しいぞ。ちょっと悪いことをしている気分になるのを無視すれば、充実感とほんの少しの甘酸っぱさがある。

 とはいえ、これは徒凪さんの献身によって成り立っている。それは理解している。僕は何一つ徒凪さんに返せていない。ヤバいな。これだと僕は貰いっぱなしだ。


 徒凪さんは明らかな対価を望んでいる様子じゃないけど、そこは僕も大人のつもりだ。立場が学生でも、大人でなくてはならない。自分の誇りとかプライドとか、そういうためじゃなく、世界が元に戻った時のために。

 どうにかして返そう。お金でも良いけど、それは即物的すぎる気もする。僕が手伝えることが何かあればいいんだけど。


 そうして順調に不明点を解消する作業に勤しんでいれば、唐突に徒凪さんは立ち上がった。


「突然だけどごめんなさい……所用が出来ました!」

「う、うん」

「ここのお金は後で払うから、本当にごめんなさい。また明日学校で」

「了解、今日はありがとうね」


 そう感謝を告げた時には既に徒凪さんは立ち上がり、背中を見せて店外へと歩みを進めていた。

 有無を言わさぬ雰囲気に僕は引き留めることもできず、ただ呆然と見守るのみ。何だったんだろうか。電話を取るような素振りも無かったし……インカムもしてなかったよな。緊要な用件があったのは分かるけど、何をきっかけにしてそれを知ったんだろう。


 僕は頭を傾げながらも、まあプライベートな事に立ち入るのは止めておこうか、と考える。ガッツリと虐めについて関わろうとしている人間が言うことではないけど、女の子のそういう事情に深入りするのは趣味じゃない。家族ならまだしもクラスメイトだ。節度ある付き合いを続けようじゃないか。


 僕は独りでに納得して、徒凪さんの分を含めて会計を支払うとファミレスを後にした。なお徒凪さんはああ云ったが、支払いを立て替えている意識は無いし話題に出すつもりもない。女子高生にたかるのは駄目だろと思ったからだ。これはプライド的に。






■■■不可解な妹の機嫌■■■


 僕には妹がいる。一昨日出来たばかりの、僕からすれば新人の妹だ。


 この三日間で常に元気っこな印象がある妹ではあったが、今朝の様子からどうも能天気だとか天然だとか、そういう人種に該当している訳ではないような気がしていた。

 僕には妹のことは分からない。だけど存在していなかった妹だからと理解を諦めるのは良くない。自覚はまだ薄けれど戸籍上の兄として。


 家路を辿りながら考えを進めることにする。

 そもそも沙矢は何であんなにも僕に尽くしてくれるのだろうか。一般的な価値観としては普通、妹があそこまで家事を引き受けることなんてしないだろう。僕に兄妹がいたことなどないけど、常識的には分担するはず。ライトノベルならともかくここは現実だ。僕が二次元沼に浸かっていたのは確かだけど、視座まで次元を低くした覚えは決してない。


 この世界では男は家事をしないという暗黙の社会風習でもあれば別だ。男女比率が恐ろしいほどに出生率への影響を与えていそうなこの世界では、確かに僕の価値観からすれば違和感を覚えるようなことが色々とある。まだ知らないことも多くあるだろう。

 だとしても、僕はそうとは思えなかった。順番に考えれば分かる話で、女性活躍社会の中で企業へと働きに出ている女性の代わりに誰が家事をするかとなれば、まあ男しかいないはずだ。ハーレムとか作って一つの家に何人も女性を囲っているならばまた話は別だと思うけど、今のところその様子を見たことはない。それに現代的な価値観として大奥はないだろう。ナンセンスな気がする。女性側が文明的にそれを受け入れられる余地があるかと言われれば、首を傾げざるを得ない。まだあるとすれば平安時代みたいに女性の家に一軒一軒回る形を取っているとか……そっちの方があり得そうな話だ。招婿婚と言ったっけ。


 招婿婚だとすれば女性が家事をするのはそこまで違和感がない。何せ普段は一人暮らしということになるし、まあそりゃするだろう。使用人なんてそれこそいないし、家も汚れるし。


 でもやっぱり理解が捗らない。それは男が家事をやらない理由にはならない。

 それ以前に本当に男だから沙矢は僕の代わりに家事をしているのだろうか。それとは無関係に、僕が相手だから沙矢は家事を積極的に熟そうとするのだろうか。そしていざ僕が家事をすると何だか変な感じになる。言葉では言い表せないけど、奇妙な反応を見せている。


 なんだか男女どうこうよりも、この奇妙な反応を突き詰めると良い気がするな。僕の想像より本質的な見解を得れそうな気がする。


 そうだ、思えば今朝だけじゃなく昨晩もそうだった。家事を手伝うと言ったら妙な間が空いたのだ。

 これまで僕は料理をしたり、掃除をしたり、ゴミ出しをした。その度に沙矢は一拍置いて真人間だねと言い放った。ちょっと変だと感じる。極めつけは今朝の鈍い反応。僕が家事を分担しようと言うと、まるで枯れかけのアサガオみたいなしょんぼりとした出で立ちで、沙矢は食事の席に座り込んでいた。そこに何か関係あるのは違いない。


 どちらかというと、嫌な仕事を代わりにやる、というよりも、仕事自体に何かしらの価値を感じていて奪われたくない、と思っているのかもしれない。あくまで想像だけど。

 その前提を置けば少しは納得がいく。僕が沙矢の言う真人間になるたび、沙矢は無理をするような反応をしていた。気づかなかったけど多分笑顔で反応していた初日からそうだったんだ、そういう風に考えると辻褄が合う。なにせ笑顔は最大の誤魔化しだ。本心を隠したいときに人は笑う。経験談だ。


 しかし、そうすると次に沙矢が家事に価値を感じている理由が分からない。あるだろうか。お金を得ているならまだしもおこづかいすら入らないはずだし、メリットなんて何もない。僕の観測できる範囲では。


 ちょっとは沙矢の正体について進展した気はする。

 でも結論は上手く纏まらないまま、紅色の夕暮れを背後に僕は家に着いてしまった。


「あ、お兄ちゃん。早かったね」


 リビングでは沙矢が夕食の準備を始めている。時間的に早い気がするけど、僕に仕事を奪われたくなかったから、なんていうのは邪な勘繰りだろうか。思わず頭を振る。沙矢は不思議そうな目をした。


「勉強会どうだったの? ちゃんと勉強出来た?」

「ああ、そうだね。次の試験で数学は10点くらいは取れる自信が付いたかな」

「10点ねぇ……わたし嫌だからね。お兄ちゃんと同じ教室で勉強するの」


 沙矢は手を止めて乾いた笑いを浮かべる。結構本心で言ってそうだ。そういや高校も大学も中退は経験しているけど留年はしたことがないなと思った。僕は別に沙矢と同じ教室で勉強するのにさして抵抗はないが、ただ学費の捻出が面倒そうだ。状況を親に連携して学費を強請るのはあんまり想像したくない。迷惑を掛けるのが嫌だとかじゃなく、単純にコミュニケーションを取ることに抵抗を感じる。考えれば考えるほど嫌になりそうだ。よし、留年はしない方向でいこう。


 一般的な学生なら当たり前に考えていることなんだろうなと苦笑いをしつつ、口を開く。


「沙矢こそ試験近いだろうに」

「お兄ちゃんに心配される謂れはありませーん」


 沙矢はツンと顔を背けてみせた。冗談交じりなのは丸分かりで、朝から機嫌は回復しているらしい。何よりだ。


 しかし、沙矢の成績も少し気になる。僕より遥かにマシとは言え、徒凪さん程というわけでもないだろう。

 なので一応、現代文ならいくら頼ってくれて構わないと伝えれば、沙矢はポカンとした顔を晒した。次に「現代文なんて教わる必要性ある?」と真っ当な疑問を呈した。僕は確かにと頷く。センターならともかく定期試験の現代文なんて教える余地はほぼ無いに等しい。記憶通りなら高校の板書した内容を丸暗記すれば7割は固い。


 沙矢とは定期試験の話をした後は自分の部屋で制服から着替える。この瞬間は昔からちょっと好きだった。公から私に切り替わる開放感というのだろうか。オフィスでスーツを着て働いていた時もそうだった。型に嵌まったワイシャツやジャケットを脱ぎ去り、廉価なスウェットに身を包み、冷蔵庫からビールをプシュッ。最強のアフターファイブだ。これが楽しみで生きていた時期もあったくらいだ。


 浮かれながら時計の針に目をやる。18時手前。沙矢はあと1時間くらいで夕食を作り終えるだろう。それまでのこの微かな時間はまあ、勉強でもするか。


 そう思ってペンを握ろうとして、いや、風呂掃除ってしたっけ、とか関係ないことが脳裏を過った。勉強を目の前に日和ったとか、言われてみればそうかもしれない。元来勉強に得意意識は無かった。今でこそ苦手意識は無いつもりだけど、いざ取り掛かろうとすると巨大な壁に心が落ち着かない。風呂掃除しないと雑念が消えない気する。そうだな、心残りは消した方が良い。うん、そうしよう。


 僕はいったん勉強を保留し、キッチンから沙矢の鼻歌が漏れ出す廊下を抜けて浴室へ。勉強で溜めたストレスを吐き出すようにスプレータイプの洗剤を過剰に浴槽へ吹きかけ、力一杯擦った。毎日沙矢が掃除しているのだろう、浴槽には目立った汚れはないが、それでも綺麗になっている感覚はある。

 こうして家事をしていると全てを忘れられる気がする。浴槽のことしか僕は考えていない。今は曲面に対してどの角度からスポンジを当てて力を籠めれば最も綺麗になるかを真剣に考えている。勉強なんてどうでもいい。それは風呂掃除より大事だろうか、いや毎日使う風呂を磨く方が大事だ。


 浴槽のあらゆる場所を擦り倒してシャワーで洗い流している途中で、もしかして沙矢もこの感覚が好きなんじゃないか、と僕の頭に一筋の閃きが生まれた。人によってはこの感覚が病的に好きだったりすると聞く。清掃業者が使うような床用ワックスなどの道具や機材を個人で購入して自宅を磨き上げる人の話題をニュース番組の生活特集で見たことがある。その人はカメラの前でとても満たされた顔を浮かべながら掃除をしていた。沙矢はその予備軍なんじゃないか。家事オタク予備軍。うーん。


 理屈で考えればその仮説は奇を衒った奇説、というか極論に思えたが、一方感情的には本当にそうかもしれないと僕は手を洗って目を軽くこする。だから家事を取られるとおもちゃを取られた子供みたいに落ち込む。ちょっとありそうだ。


 風呂掃除が終わると僕は再び自室に戻ろうとして、その前に沙矢に伝えることにした。


「沙矢、風呂掃除終わったよ」

「え、あ、うん、そうなんだ」


 我ながら話題の出し方が下手だった。沙矢は動揺している。まだ僕には妹への態度を決めることが出来ていなかった。でも凹まれるよりはましかもしれないと考え直す。


「それでちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「えっと……なに?」


 沙矢は僅かに目を伏せがちにこちらへ目配せした。不思議そうに口を開く。

 直球に、沙矢って家事オタクだよね、とか言いそうになって寸でのところで辞める。流石に心象が悪い。それにもしそうだったとしても、今更何言ってんのと思われるのも面倒だ。もうちょっと迂遠な方向性で行こう。


「全自動ロボット掃除機とか欲しい?」

「本当になに?」


 沙矢の驚きと疑念の割合が3:7くらいだった面相が純度100%の疑念で覆われた。自分でも二言目を間違えた気がしてくる。


「ほら、沙矢って料理とか掃除とかよくやってくれるじゃん。でも学生で家事に追われるのはあまり健全じゃないからさ、せめて道具で時短できるならそれが良いんじゃないかと思って」

「お兄ちゃん……なんだか真っ当に大人みたい」


 言葉を取り繕えば沙矢は合点がいったようだった。

 それにしても、真っ当に、という形容詞を付ける必要性があっただろうか。普通に大人みたいでいいだろうに。いや、今までの僕がもっとロクデナシだったからそう言ったということは何となく理解しているけど、理解と納得は別物だった。


 沙矢は小難しい顔をして顎に人差し指をくっつける。


「わたしはいいかなあ……。あっても良いけど、無くて困ったこともないよ」

「やっぱ自分で掃除するのがいいの?」

「なにその質問。でもまあそうかも。お兄ちゃんだって機械じゃなくてわたしがやった方が嬉しいでしょ?」

「ああ……まあそうだね」


 微妙な返答を僕はした。そんな僕の内心など露ほども知らない沙矢は「ほらね?」と今にも言いそうな得意げな顔で笑みを溢している。思わず僕は言い淀んだ。家事をやってもらっているから否定しづらい。実家暮らしニートの気持ちがちょっとだけ分かった気がする。


「一人暮らしならここまでやらないよ? お兄ちゃんがいるからやってあげてるの、そこのところ分かってよね」

「ほえー」

「ほえーじゃないよ! これわたし的に真面目な話!」


 そういう考え方もあるんだ。なんて感心していたら間の抜けた声を出してしまった。


「別にちょっとくらい雑でも僕は構わないけど」

「わたしが構うの! 冗談でもそういうこと言って欲しくないよわたし!」

「本音なんだけど。あと家事を手伝うのも本音ね」

「お兄ちゃんは真人間にならなくてよろしい! この際だから言うけど家事はわたしが全部やるからお兄ちゃんは勉強せい!」


 鈴の鳴るような声でそう言って調理に戻る沙矢。勉強のことを言われると非常に言い返しづらくなるけど、ともかく、僕はやはり沙矢が家事に拘泥していることが確からしいと確信した。そして家事をするのは僕が理由ということも。


 いやいやいや。おかしいだろ。絶対におかしい。過去の僕よ、何をやったんだ。僕は家族関係の経験値は人より少ない自信があるけど、それでも兄のために家事を一手に担おうとする沙矢の姿は異様に映る。


 冷蔵庫から豚肉を取っている沙矢を見ながら、僕は頭を掻いた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る