第6話 ふたりぶん

 ただでさえ太陽が当たりづらい場所にある従業員出入り口から外に出た。

 吹き込む風が強烈な寒さを運んで私の元に送りつけ、厚手のコートを着ていても全く効果がないくらい容赦なく吹き付けてくる。

 今日もスーパーのバイトはいつも通り無事に終了した。


 朝一さんは今頃何してるんだろうか。

 いけない、バイト中も今日の買い物リストを頭の中で組み立てていてぼーっとしてしまっていたし、人と同居し始めると何故かその人のことやその人に関連したことをずっと考えてしまう。これはいたって普通のことなんだろうか。

 じっくり考え始めると頭の中のもう一人の私がこう言った。

 

『それって恋ってやつじゃない?』

 

 (な、なんで私こんなこと考えてるの!?)


 水に濡れた猫がブルっと体を震わせるように私は頭を振った。

 私だって恋くらい……あれ? よく考えたらはっきりと思い出せない、あるとしたら親の見ていたドラマの俳優さんがちょっと格好いいなと思ったくらいか、でもそれも恋というダイアモンドの原石には到底及ばない。そこら辺に転がった、ただの石ころみたいな平凡な感情だ。


 歩きながら悶々と考えていると、いつの間にかアパートの結構近くまで来ていた。

 

 (朝一さんはいつ帰ってくるんだろう、正確な時刻は聞いてなかったな) 

 

 あ、また考えてしまった。そんな私の顔の熱を冷ますように強めの木枯らしがするりと通り抜けていった。


  ◇ ◇ ◇


 ピンポーン

 

 自分の部屋で学校から出た課題を黙々と片付けていると突然ドアホンが鳴った。

 私はぱたぱたと早足で玄関まで行き、ドアを開ける。


「ただいま〜遅くなっちゃってごめんね」

 

 寒さで耳まで赤くなった朝一さんがドアの向こうでへにゃっと微笑む。

 久しぶりの人からのただいま、なんだか安心する。

 

「おかえりなさい、朝一さん……ん? 右手に持ってるそれ、なんですか?」


 朝一さんの右手には何かが入ったビニール袋がぶら下がっている。 

 

「あ〜これね、私のバイト先で出た賞味期限ギリギリのピザだよ、廃棄するのもったいないから安い値段で貰ってきたんだ〜」


 朝一さんはビニール袋の口を開けて見せる。袋の中にはケチャップソースとチーズがぱらぱらかかっただけのまだ何者でもないピザ生地がざっと六枚ほど入っていた。


「これ……二人で食べ切れますかね?」

 

「大丈夫……多分」


 朝一さんは自信に満ちた顔でそう言ってグッと親指を立てる。

 他の人が言ったら呆れるとこだけど、食いしん坊の朝一さんが言うとなんだか説得力がある。


 「じゃあ今日の夜ご飯のために買い物行きますか、外寒いんでちょっと玄関で待っててください。お財布とか持ってくるので」


 私は部屋に戻りお財布とスマホを小さめのポシェットにしまう。

 これで準備万端———


 「へぇー清水さんの部屋結構散らかってる、意外〜」


 そう呟きながら朝一さんは私の管理する六畳一間をトコトコ自由に散策する。

 

 「玄関で待っててって言ったじゃないですか! っていうかこれはさっきまで課題やってて散らかったんです!」 


 咄嗟に出た苦しい言い訳。でも紛れもない事実だ。私自身家事やろうと思えばいくらでもできるけど片付けは唯一苦手な部類で、自分でも理由はわからないけど学校の課題を進めているだけで教科書はそこかしこに散乱してしまう。

 

 「清水さん、準備終わった?」


 朝一さんは何事もなさそうに首を傾げる。

 私だったら他人の汚部屋を見たら多少引いてしまうのに、この人はそんな仕草は全く見せない。

 

 「あ、終わってます……」


 「じゃあ、行こっか!」

 

 アパートの部屋を出るとすでに外の街灯の灯りが青紫色のグラデーションの中にポツポツと灯っていた。

 

 「清水さんでも、苦手なことあるんだね〜」


 隣を歩く朝一さんが口を開いた。


 「いや、そりゃあ人間ですから、苦手なことの一つや二つくらいありますよ?」


 朝一さんは私をなんだと思っていたのだろう。まぁメシアって呼ぶくらいならもしかして人間じゃないとでも思っていたんだろうか。そう考えるとほんの少し笑えてくる。


 「ちょっと前まで私、真剣に清水さんが神様か何かと思ってたんですよ?」


 本当に真剣に神様だと思われていたらしい。


 「ふふっ……」


 「あ〜! 清水さんが笑った!」

 

 「そりゃ笑いますよ、あー面白い……あ、もうすぐですよ」


 二人で話しながら歩いているとオレンジの屋根の個人経営のスーパーが見えた。

 お店の前にいるとお惣菜の良い匂いが風に乗って漂ってくる。

 

 「もしかして、清水さんがバイトしてるのってここ?」


 朝一さんが尋ねる。


「違いますけど……っていうかよく私がスーパーのバイトしてるってわかりましたね」


 朝一さんは変なところで勘がいい気がする。


 「えへへ、なんとなく。でもなんでバイト先のスーパーには行かないの?」

 

 「バイト先の人に誰かといるとこ見られるのはなんか恥ずかしいじゃないですか!」


 私はプイッと顔を逸らす。

 バイト先の人に私が美人の女性を連れているって噂が流れたら……まぁ十中八九姉ですって答えるけど、『姉妹なのに似てないわねぇ』なんて言われたら私のメンタルが破壊される気がする。仮にもしも似てると言われてもなんだか複雑な気持ちになると思う。

 

 店に入ると最初に野菜売り場があった。

 見た感じ野菜はどれも自分の働くスーパーより高い。


 「清水さん! 今日のご飯何にする?」

 

 しっぽをフリフリさせて飼い主を待つ犬のように、朝一さんはカートの周りをうろうろしながら目を輝かせて私の次の行動を待つ。

 

 「うーん……やっぱり野菜は高騰してますね、そういえばここ、お惣菜が結構美味しいらしいのでそこ見てきますか」


 「お惣菜! 先見てくるね!」


 朝一さんはお惣菜エリアのある方へ飛んで行ってしまった。幼い子供を持つお母さんってこんな感じなんだろうな。

 そこから私はお肉、魚介売り場など一通り回ってお惣菜エリアについた。

 お惣菜売り場にはコロッケや唐揚げなどの揚げ物、焼き鳥などのおつまみ、おにぎりなどのご飯系などたくさんのお惣菜が所狭しと並べられていた。値引きのシールもちらほら貼られているのも見える。


「あ、清水さん! こっちこっち!」


 朝一さんが招き猫のように手招きしている。


「朝一さん、なんか食べたいものありますか?」


「今日の気分的にコロッケが食べたいです!」


 朝一さんは選手宣誓のポーズで高らかに宣言する。

 

「じゃあ、これで」


 私はコロッケが四個入ったパックをカートの中に入れる。

 あと買うものは……頭の中で整理するがふと辺りを見渡すと朝一さんの姿がない。


「清水さん!」


 すると背後から私を呼ぶ声がした。

 振り返るとお菓子を山のように抱え込んだ朝一さんが立っていた。


「朝一さん、それは自分のお金で買えますよね?」


 目の高さまで積まれた大容量のお菓子のパック。

 まるでお菓子に足が生えて歩いているみたいになっている。

 

「ぐっ……清水さんも食べていいですよ……?」


 目の前のお菓子の山が苦し紛れに訴える。


「そんなに多くはダメです。戻してきてください」


 流石に朝一さんも大人なので若干しょぼんした背中でお菓子売り場へ戻って行ったが、自分で言っててなんだがまさにテンプレな親と子の会話って感じだ。


 ある程度買い物が終わったのでレジに並ぶ。


「お母さんー! 買って買って!!」


「この前もおんなじの買ったでしょ!!!」


 隣のレジの親子がさっきの私達と同じような会話をしている。

 

「小さい子って可愛いね〜」

 

 朝一さん、他人事のように言いますけど、さっきのあなたもあの駄々こね少年と全く同じことしてましたけど?とそっと頭の中で呟いた。

  

「お会計三六八〇円になります〜」


「ベルペイで」


 ベルペイ! とスマホが鳴る。

 

「お、キャッシュレスだ、ってかお財布持ってこなかったっけ?」


「さっき見たら還元率アップらしいので」


「なんか、清水さんらしいね」


 朝一さんがぽろっと言葉を零した。清水さんらしいって一体なんだろう。

 いつもより長い。二人分の長いレシートだけが手元に残った。懐は寒いけどなんだか長いレシートは少し嬉しいような気がした。

 今更だけと二人分ってなんだか新鮮だ。


————————————次回「オーバーヒート」


カクヨムコン9参戦作品です!

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