第42話 直接対決

 迷路を抜けて舞踏会の会場近くまで来ると、侍女は、「それではこちらで失礼します」と、夫人の元へ戻って行った。





 舞踏会の会場は、入り口が女性用と男性用とに分かれている。


 女性用の入り口に続く廊下を歩いていると、入り口付近にケバケバしいグループが陣取っているのが見えた。

 リストの先頭集団というところかな。

 ロレンツォに名前を呼び上げられるのを待っているのね。



 …………!!


 額を撃ち抜かれるんじゃないかというくらいの強い視線を感じて、そのグループの中の女性に目をやると、ずっと避けてきた存在がいた。


 そうだった。うっかりしていた。

 ダフネがリストのトップだったのを忘れていた。


 舞踏会の最初のダンスは、ダフネと彼女の婚約者であるフランコ殿下なのだ。



「悪いけど少しの間、皆様は下がっていていただけるかしら」


 ダフネの声を聞いて、妙な懐かしさを覚える。


 彼女は、私と二人で話したいから、取り巻きにどっか行けって言っている。

 ど、どうしよー。



 ダフネの取り巻きたちは、色とりどりのドレスを翻して、あっという間に散っていった。

 足を止めたままの私に、彼女の方から近づいてくる。



「あら。カッサンドラじゃない。随分と久しぶりね。あなた、私に言うことがあるでしょう?」


 おうおう! あるとも! 山ほどあるとも!


 ダフネを見た時は、記憶のせいで(?)一瞬だけ怯えてしまったけれど、私を見下すような顔を見て、怒りが湧き上がってきた。



「亡くなったって聞いたから、お悔やみを言おうと思ったのに。快癒したと聞かされて驚いたわ! それなのに、あなたは挨拶一つ寄越さないし。学園内で見かけないと思ったら、士官学園に通っているっていうじゃない。ほんと、笑っちゃったわ!」


 そう言うとダフネは、私の目の前で本当に、「おっほっほっ」と高笑いをした。



 ……許さん! 絶対に許さんぞー!!


 でも、どうすればいい?

 さっきのモブ少女の証言じゃ弱いし、いや、あの少女が証言してくれるとはとても思えない。

 取り巻き連中だって、知らぬ存ぜぬという態度を決め込むだろう。



 確実な証拠ってどうすれば揃えられるの?

 何をどれだけ提出すれば、ダフネの罪を追求できるの?



 だいたいここは前世と違うし――いや。

 ……違わないかも。

 ここで生きている人間だって、その中身は前世の私たちと同じだ。



 人は、自分の目で見たものや、聞いたことならば信じる。


 ……だとしたら。





「そうそう。中等部の卒業式の翌日に、あなたにあげたチョコだけど。あれ――あなたどれくらい食べたの?」

「え?」

「丸ごと全部食べたの? それとも一口かじっただけ? それを聞きたかったのに、本当にあなたって役に立たないわね」


 ……やっぱり!

 毒入りチョコをカッサンドラちゃんに食べさせたんだ。


 

「どうしてそんなことを? だいたい私に食べさせて何をしたかったの? あんな、あんな――」


 毒を!



「それはね。使用量を調整するためよ。十分な効き目がないと困るじゃない。だからあなたが全部食べていないことも考慮して、毒は倍量使うことにしたの」


 はっきり「毒」って言ったね!

 さっきのコルラード殿下に差し入れたチョコには、倍量の毒が入っていたのか。



「あのまま死んでいてくれたらよかったのに。あなたって本当に目障りだわ。何度も手を回したらしいけど、信じられないくらい、ことごとく回避して、ここにこうしているんですものね」


 え?

 ダフネの今言ったことって、一連の死神事件のこと?

 どうして私が士官学園で危険な目に遭ったことを知っているの?

 


 突然、脳内に大音響が流れて思考を中断させられた。




「あら嫌だわ。私がことごとくしくじったって言われたように聞こえたのだけど」


 ……この声。

 忘れるわけがない。

 私が勝手に信じて、あっさり裏切られた人。




 ニコレッタ先輩が姿を現した。


 センサーなんかなくても、彼女から発せられる明確な殺意は明らかだ。

 私の体はそれを感じ取って総毛立っている。


 ニコレッタ先輩がチラリとダフネを見て言った。


「あなたはダンスがあるのでしょう? そろそろ始まる頃だから、入り口で待機していた方がいいわ。後は私に任せてちょうだい」

「ではそうさせていただくわ。また後ほど」


 ……この二人。

 繋がっていたの?



 ニコレッタ先輩は剣を抜いて私に向けた。


「ここじゃ邪魔になるでしょう。ほらほら」


 彼女は笑いながらそう言うと、下がれというように剣を振りながら私に迫ってきた。


 慌ててくるりと背を向け、適当に角を曲がって逃げようとすると、「そっちじゃないわよ」と、廊下の壁を攻撃して、ニコレッタ先輩が私の行く手を阻む。

 放出系の魔法をガンガン使っている先輩は、どこか楽しそうだ。



 私たち一年生は、剣術の基礎を二ヶ月間みっちりやって、ようやく最近、剣への魔法付加を習っているところだ。

 三年生ってすごい――などと、この場にそぐわないことを考えながら逃げていると、少し開けた場所に出た。



 どうやらニコレッタ先輩は、この宮殿に詳しいらしい。

 三方向を壁で囲まれていて階段もない。完全な行き止まりだ。


 彼女はこの場所に私を追い込みたくて、退路を誘導していたのだ。

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