第37話 今、この瞬間がそうなんだ

 ドアを開けて部屋に入ると、そこには二人の男性がいた。



「おやおや。よく入れましたね。……あなたは! 私たちは、やっぱり縁があるんですね!」


 ……ああそうだ。




「もしもーし?」


 ……この部屋だ。




「聞こえていますかー?」


 ……あの人だった。あの人に――。





 不意に誰かに肩を強く掴まれた。その痛みが私を現実へと引き戻した。


「貴様! 誰の許可を得てここに入った!」


 私の腕を掴んで引き寄せた男性は、グレイの髪を逆立てたような髪型のイッケメーン! ――じゃなくて!!


 ……こ、この人は。

 カッサンドラを断罪した騎士!



「ゔええーーっ!!」


 奇声を発するという貴族らしからぬ振る舞いと、その音量とに、騎士は一瞬固まりかけたが、そこはさすが騎士。

 私の腕を離すことはなかった。



「手を離せ。ラウル。私の客だ」


 背後から響く甘い声は、あの超絶イケメンだった。でも超絶イケメンは――。



「ですが殿下」


 ……そう。殿



「だいたい、すんなり部屋に入らせておいて、後から、『なぜ入った?』はないでしょう」

 

 メガネイケメンも加勢して騎士を責める。


「申し訳ありません。ダフネ様の侍女に呼ばれまして。代わりの騎士が二名いたはずなのですが」


 え? 部屋の前に騎士なんていなかったけど?



「おやおや。あなたはいいように追い払われたようですね」

「……な! 誠に申し訳ございません! すぐにその者を探し出し――」


 超絶イケメン殿下が騎士を制した。


「構わぬ。私たちだけにしてくれないか」

「はっ」


 命令に従って騎士が部屋から出ると、超絶イケメン殿下に代わって、メガネイケメンが興味深そうに話しかけてきた。


「私たちがこの部屋にいることは秘密のはずなんですけどねー。どうやってここへ?」


 え?

 この二人のためだけの秘密の部屋?

 何それ。

 いや、そんなことよりも――。



 ……確かにこの部屋だ。間違いないと思う。




「あの、もしや。あなた様は――。あ!」


 私は殿下と呼ばれた超絶イケメンに気安く話しかけてしまった。

 これって不敬罪?



「あー。バレちゃいました? まあここまで引っ張れたのが奇跡ですけど。それでは、今日こそはきちんと名乗りましょうか。こちらにいらっしゃるのがコルラード第一王子殿下。私は従者のミケーレと申します」


「か、カッサンドラ・ウルビーノです」


 コルラード王子。

 どうして忘れていたんだろう。最重要人物なのに。

 もっと早く思い出せていたはずなのに!




 トントントン。


 ミケーレさんが口を開きかけた時、誰かが部屋をノックした。



「そうそう。これがマナーですよ。まずはノックして入室の許可を求めないとね!」


 ……あ。

 私、王子の部屋にノックもせずに侵入したんだ。うへっ!



「どちら様ですか?」

「フランコ殿下の使いでやって参りました」


 知っている!!

 確か、本編のカッサンドラもそう言って部屋に入っていた。


 ミケーレさんはコルラード殿下の「諾」という表情を読み取って、入室を許可した。


「どうぞ」


 部屋に入ってきた子は、そばかすのある地味な少女だった。

 カッサンドラがいなくなって、急遽代役を立てたような特徴のないモブキャラ。



 ……あっ。

 その手に持っているのは――。



「こちらはフランコ殿下からの差し入れでございます」

「これはこれは助かりますー。なぜか私たちのところには給仕の者も来ないので、お茶もないまま過ごしていたのですよ」



 ……駄目。それを手にとっちゃ駄目!

 ああ違う。


 この少女の方こそ、それを渡したら身の破滅を招くことになる。

 騎士に取り押さえられて命を奪われることに――。

 それは、この私ことカッサンドラが歩むはずだったシナリオ――。



 ああ、今、この瞬間がそうなんだ!

 私が朧げに思い出した決定的なシーン。



 でも今なら、まだ間に合うんじゃない?

 なんとかしなくっちゃ。

 この子を私の代わりに死なせる訳にはいかない。



「あの。あなた、お名前は? 中等部でお見かけしたことがあるのですが。私はカッサンドラよ。覚えていないかしら?」


 まさか話しかけられるとは思っていなかったのだろう。

 そもそも私のような部外者が部屋にいること自体、聞かされていないはず。

 少女は、ギョッとして私を見ると、明らかに取り乱した。


「え? わた、私はその。ただ――こ、これを――」


 少女の手が震えている。

 おそらくダフネは詳細を語ってはいない。

 それでも過去の経験から、この少女は、何かよくないことをさせられているという自覚はあるのだ。



「そのお菓子にも見覚えがあるんですけど。確か――以前、ダフネ様が――」

「だ、ダフネ様は関係ありません!」


 なるほど。絶対に名前を出すなって言われているのね。



「でも食べてみればきっと思い出すと思うわ。一つちょうだい」

「な、なりません。これはコルラード殿下とその従者の方しか召し上がってはならないのです」


 もう! 頑固なんだから。こうなったら。



「心配しなくても、あなたにもお分けしますよ」


 ミケーレさんが満面の笑みで口を挟んできた。

 ちっがーう!



「私は、今すぐ食べたいのです。どうしても!」


 私がそう言って少女に詰め寄ると、少女は銀色のトレイを私から隠すように体の後ろに回そうとして、バランスを崩した。

 私はそのチャンスを見逃さず、少女の体を軽く押した。

 すると、少女はガッシャーンと、トレイごとお菓子を床に落としてしまった。

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