第30話 「交流会」なんて、ヤバい予感しかしない

 ロレンツォとシルヴァーノが帰った後、私は呼び出しを受けた。

 午後、マヌエル団長の取り調べを受けるのだ。


 正確には、「聞き取り調査」と言われたけれど、これは明らかにロレンツォの予言したに違いない。






 講義棟の面談室なる部屋に初めて入った。

 殺風景な狭い部屋は、なんだか本当に取り調べ室を思わせる。

 どんなに叫んでも声が外に漏れない魔法がかけられているとか、そういう部屋じゃないよね?




「ほう? どんな様子かと思えば、随分と呑気にしているな」


 背後から、焼き殺されそうな激アツのオーラを感じる。

 ボーッとし過ぎて、ドアの開く音を聞き逃した。


 振り返りたいけれど、スムーズにマヌエル君の方を向けない。

 ギーコギーコと錆びたゼンマイを動かすように、軋みながら顔を動かす。



 ……燃えている。

 マヌエル君のオーラが燃えている!



「一班はいいチームだ。優秀なメンバーが揃っている――お前以外はな!」


 ごもっとも! 何も言い返せません。



「じゃあ、始めるか。待ちくたびれていたんだろ? 前置きなんて必要ないよな?」


 ぎゃあー! すみません! すみません! すみません!


 パクパクと口は開くのに、喉につっかえて言葉が出てこない。

 それをマヌエル君は同意と見做して、机をバーンと叩いた。

 そして、目を釣り上げて尋問を開始した。


「俺の許可もなく勝手に危ない目に遭いやがって!」






 どれくらい経ったんだろう。

 時系列の出来事の整理と、あの通りがかりの人のことをしつこく聞かれたけれど、私は同じセリフを繰り返すことしかできなかった。


「知りませんでした」

「考えませんでした」

「はい。おっしゃる通りです」

「申し訳ありません」


 多分、最後の五分は、全部の返事が、「申し訳ありません」だった気がする。




 身体中の水分が蒸発して干からびて、ペランペランの状態になった頃、神の声が聞こえた。



「それくらいにしてやったらどうだ」


 神様の御髪おぐしは白色だったのですね。

 今、目を閉じれば天国へお供させていただけるのでしょうか。



「カッサンドラ。ひどい顔をしているが大丈夫か? カッサンドラ……?」


 私が目を剥いて倒れる楽になることを、マヌエル君は許してくれなかった。

 立ち上がって、「おいっ! 呼ばれているぞ!」と大声で私の肩を揺さぶった。



「は、はい」


 あ! カストさんだ。

 そっか。カストさんが助けに来てくれたんだ。



「か、カストさ――総司令。助けに来てくださったんですね」

「そんな訳ないだろっ! 何を甘えたこと抜かしてんだっ!」


 お口が悪いですね、マヌエル君。

 あの後光の差したお姿を拝見して、心を清めるといいですよ。



「いやあ。予定の時間を過ぎても出てこないのでね。私の方もこの後の予定があるので、ひとまず用件だけでも伝えておきたいと思ったのだ」


 ……用件――ですと?


 はてな?

 総司令の用件?

 何やら怪しい言葉。雲行きがおかしい……。

 違う種類のピンチとか、そんなの嫌ですよ。



「……ふ。マヌエル団長も言いたいことは全部言って、気が済んだだろう? だいたい、事件のあらましは一班のメンバーからの聴取でわかっていたことだし、カッサンドラだけが隠していることもなさそうだと結論づけたではないか。本件は騎士団が引き継ぐことで幕を引いたはずだ。それをわざわざ『聞き取り調査』と称して呼び出すとは、感心しないな。まあ目こぼしした私が言うのもなんだが」



 ……は?

 ……なんですと? 


 今、マヌエル君がどうしても八つ当たりをしたいから私を呼び出すと言って、カストさんもそれを見て見ぬふりをしたって言いました?


 まーぬーえーるーくーーん!!


 ……よくも。よくも!



「カッサンドラ。落ち着きなさい。さすがに、ここまでマヌエル団長が怒りをぶつけるとは思わなかった。まあ、彼の肝を冷やした君が悪いのだから仕方がないとは思うが。あの現場を一目見れば、君がどれだけ危険だったかわかるというものだ。だから、心配させられた意趣返し――ではなく、生徒を思いやる教官の不器用な愛情表現だと思って許してやってほしい。だからその――。いい加減、歯をギリギリと噛み締めるのを止めてほしいのだが」


 ――にしてもカストさん。

 マヌエル君はあまりに感情を露骨にぶつけ過ぎですよ!



「あと、獣みたいに、『ウーウー』唸るのも止めろ」


 マヌエル君がしれっと付け足す。



「悪いが、本当に時間がないのだ」


 カストさんの口調に真剣さが感じられたため、私もマヌエル君も姿勢を正し、おし黙った。


「二ヶ月後の交流会なのだが、毎年、実行委員を決めるのに苦労していてね。そこで今回の件の反省の意味も込めて、君たち一班の四人が立候補してくれるとありがたいのだが」


 ほえ?

 交流会?

 交流するって――。

 士官学園が交流する相手って――。

 まさか。いやでも――。



「ああ。君は兄弟がいないから知らないか。毎年定例で、聖女学園との交流会を実施しているのだ」


 ……ですよね。

 この流れだとそうなりますよね。



「学園側としても、入学早々、停学などという処分は下したくないのだよ。何より、マヌエル団長が上層部に必死に嘆願してもぎ取った情状酌量だしね。……あ」


 カストさんは、「いっけね。うっかり口を滑らしちゃった」みたいな顔をして、自分の頭を叩いた。

 さすがにぺろっと舌を出したりはしなかったけれど。



「……カスト総司令」


 マヌエル君が唸るような低い声を出して、カストさんを睨んでいる。

 とても上司に対する態度とは思えない。


「あははは。いやあ悪い」


 あっけらかんとしているカストさんの方へ、マヌエル君は真っ赤な顔でオーラを差し向けている。


 怒りにメラメラと揺れる青いオーラを見ると、私の方が心臓をぎゅうっと掴まれたように感じる。

 あれに触れたらお終いだ。



「秘密にすると約束したのだった。あははは。ほらっ。これ以上ここにいたら君も危ない。私たちは早く部屋を出た方がよさそうだ」


 そう言うカストさんに背中を押されて、私は尋問部屋を出た。

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