第21話 【SIDE】ロレンツォ

「どうにも火照った体が鎮まらない。ロレンツォ。寮に戻る前にオレの鍛錬に付き合ってくれないか?」

「ああ。いいとも」


 マヌエル団長とのが終わって講義棟に戻った俺も、一向に興奮が収まらず、その後の講義に身が入らなかった。

 猛っていたのは俺も同じだから、シルヴァーノには即答した。



 ……カッサンドラ・ウルビーノ。


 彼女はいったい何者なんだ。どうして士官学園なんかにいるんだ。しかもあの髪……。




 初めて彼女を見たのは入学式だった。

 小柄な茶髪の生徒に見覚えがなくて不思議に思った。ここにいる者たちは皆、中等部で一緒だったはずなのに。


 彼女が女生徒だと聞いて納得したが、納得する前に驚いてしまった。

 感情を表に出さない訓練が無意味だったと思えるほどに驚愕してしまったと思う。 



 十五歳になった貴族令嬢が髪を結わないどころか、幼な子のように短く切っているのだ。

 士官学園に入学する女生徒はほとんどが平民なので、髪を結わないことも多い。


 だが、結えない長さに切る者などいないはずだ。それでは私生活に影響が出てしまう。

 「非常識」という言葉では形容しきれないほどの「異常」さだと思う。


 そんなおかしな行動をする人物ならば、中等部の頃から目立っていたはずだと思うが、俺の記憶に彼女の名前はない。

 顔にも見覚えがなかった。




 どう見ても非力な体格で男爵家の令嬢と聞けば、父親に捨てられたのかと同情しそうになったが、班分けでの彼女の剣を見て、その考えを改めた。



 彼女の剣技は別格だった。

 信じられなかった。我が目を疑った。

 尋常でないスピードは魔法を使ったとしか思えないが、詠唱はしていなかったし、そんな時間はなかった。


 全く以て理解に苦しむ。




 あんな小柄な女性が俺の上をいくのかと、嫉妬と羨望と他にもよくわからないもので、感情がぐちゃぐちゃになっていたというのに、そんな彼女が大聖堂では簡単に死にかけた。


 思わず彼女を抱えて退避したが、俺がいなかったらどうなっていたことか。

 あのまま彫像が彼女を直撃していたらと、想像するだけで血の気が引く。


 当の本人は、「天井に誰かいて彫像を投げつけた」などと、荒唐無稽な発想をしていたが、遥か彼方にいたグリンブルスティを察知した能力からすると、あながち嘘ではないかもしれない――いや。


 それなら落ちてくる彫像を察知できそうなものだ。

 あの緑色の瞳にはいったい何が映っているのだ。




 マヌエル団長と三対一でやり合った時も、彼女は参加する気配すら見せなかった。

 俺たち三人より強いはずの彼女が見合わせているということは、何か考えがあってのことだと思っていたが、「参加し損なっただけ」と、あっけらかんと否定された。


 どうやったのかはわからないが、彼女が団長の注意を逸らしたのは間違いないと思う。

 シルヴァーノは、彼女なりの遠まきな陽動作戦だと解釈していたが、同意しかねる。

 なぜ彼女は――。



 ……ああ、まただ。


 俺はどんどん、深みにはまっている。

 過去を思い出して、あの時ああなっていたらとか、どうして彼女はあんなことを言ったのかなどと、夢想することほど無駄なことはない。




 最近の俺は、一日のうちの大半を彼女のことを考えて過ごしている。

 こんなことで兄上のような騎士になれるのだろうか。




 俺の貴重な時間を奪うカッサンドラには、本当に腹が立つ。



 シルヴァーノが誘ってくれてよかった。

 俺も誰かに思いっきりぶつけて、スッキリしたいと思っていたところだ。

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