第16話 死神に狙われている気がする

 ……おかしい。


 どちらかといえば鈍感な私でも、ありえないようなことが二回続けば、「おや?」と不審に思う。

 最近、何だか私の周りでだけ、おかしな事故が起こる気がする。


 入学して数日間は、ほのぼのとした日常回を他人事のように楽しんでいたというのに。




 最初におかしな事故が起きたのは、忘れ物を取りに女子寮に戻った時だった。

 廊下を歩いていたら、壁にかかっていた肖像画が次々と落ちてきたのだ。


 私は突然の出来事に、「あー何か降ってくるー」と、馬鹿みたいにポカンと見ていただけだった。

 そんな私を、「危ない!」と、廊下の端に思いっきり押しのけてくれたのはナタリアちゃんだった。

 私が尻餅をつくのと、肖像画の硬い額縁と割れたガラスが降ってきたのとは同時だった。



「ひぇっ」

「大丈夫だった? それにしても、いきなり全部落ちちゃうなんてね。こんなところに歴代の総司令の肖像画を飾るなんて変だなあって思っていたんだけど。飾り方が甘かったのね」


 あ、甘いって……。そういう問題じゃない気がする。

 これ――こんな尖ったガラスが降り注ぐ下にいたら結構ヤバかったかもよ。

 額縁で頭打っても一巻の終わりだったっぽいんですけど。




 その次は、確か――大聖堂の側廊だ。

 三学年の生徒全員が揃う初めての式典で、上級生の入場を待っていた時だ。


 等間隔に並ぶアーチ型の出窓の脇の彫像が――建国時の騎士たちの像らしい――、バタバタと落っこちてきたのだ。

 ガッシャーン!! ガッシャーン!! と、床に落ちて割れる音が響き渡って、マジで震えた。


 この時は、我らがロレンツォ君が落下する気配を察知してくれたようで、私を小脇に抱えると、ピョピョーンと飛んで、部屋の中央に並ぶ椅子の上に避難してくれたんだよね。


 ちなみに近くにいた同じ一班の赤髪男子は、降ってきた五体のうちの一体を、文字通り頭で受け止めていた。

 とんでもない石頭だったようで、彫像が割れて敗北を宣言した。


 赤髪の彼はシルヴァーノという名前なんだけど、額からたらりと一筋の血を流しながら、なぜか、「ふんっ」と胸を張っていた。



 シルヴァーノは、そういう訳のわからないところもあるけれど、実は頼りになるいい人だ。


 各班のリーダーを決める時も、他の三人が「うわ。面倒臭そう」と思ったのに、「みんな、聞いてくれ!」と言って立ち上がった。


「俺が立候補する。リーダーに求められる資質は、剣技だけじゃないはずだ。判断力に決断力。それと行動力だ! もちろん、俺の能力はまだまだ十分とは言えないが、立派なリーダーになるための努力は惜しまないつもりだ! 君たちからの信任が条件となるが、支持してもらえるならば、信頼されるリーダーになると約束する!」


 熱い演説を聞いて、私、思わず手を叩いて言っちゃったもんね。


「よっ! リーダー!」


 シルヴァーノは嬉しそうに、真っ白な歯を見せてカッと笑った。


「いいんじゃないか」

「はい。私も納得です」


 ロレンツォとナタリアちゃんも賛同して、あっという間に決まった。





 そんなシルヴァーノの足元には、落下して砕けた彫像の破片が散らばって、石膏の粉末が白い煙みたいに舞っていた。

 生徒たちが驚愕している中、ロレンツォは私をゆっくりと立たせてくれた。


「大丈夫みたいだな」

「あ、ありがとう。天井から何者かに狙われたのかと思った」

「天井に人がいる訳ないだろ」


 いや、とても偶然とは思えなかった。なんで私の上の窓からだけ彫像が落ちたの?


「いや、本当に。誰かがあの重たい像を投げつけたかもしれないんだってば」

「……お前。大丈夫じゃないな。既に頭を打った後だったか?」

「ちーがーうー!」


 私にとっては命を落としたかもしれない大事件なのに、「たまたま」とか「古い建物だからなあ」とか、そういうのんびりした言葉で片付けられてしまった。



 式典が終わっても陰謀説を唱える私のことを、ナタリアちゃんが肖像画落下の件を話して、ナーバスになっているだけなのだとフォローしてくれた。

 

「あっはっはっ。そんな物騒なことが続いていたのか。君はすごい不幸体質だな」

「なんですって!」


 シルヴァーノにとっては他人事だろうけど、笑い事じゃないから!



 ……それにしても。

 ナタリアちゃんとロレンツォが助けてくれるのはいいんだけど、これじゃあ、メインキャラの無駄遣いだ。

 ナタリアちゃんには、早いところ相手を決めてイチャイチャしてほしいのに。


 そう思ってロレンツォの顔を見たら、もういつもの冷めた表情になっていた。

 さっきは鬼気迫る顔で、私を心配してくれたみたいに見えたのに……。


 ロレンツォって、アニメだと瞳を左右に動かすくらいで、表情らしい表情がなかった気がする。

 たまに顔の角度を変えてキメ顔がアップになるくらいだったもんな。

 実体化したクールイケメンの有り難さよ。



「おかしな魔法を自己流で試したりしていないよな? そうでなきゃ、死神に喧嘩でも売ったとか? それならば、さっさと和解することだ」


 シルヴァーノの斜め上からの意見は、まあ笑われるよりはマシか。……マシか?

 でも本当に、死亡フラグを叩き折ったせいで、死神が自ら出てきた――なんてことはないよね?

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