第3話 決意
クマ肉祭りの翌日。
「それでは私はこのあたりで帰らせてもらいますね」
ロウは町へ帰還すると言い出した。
父マナセは黙って頷いた。
「あなた、またクマが出たらどうするの?」
「しかしロウ殿にも都合というものがあるだろう?」
「俺もロウ兄ちゃんにもっと居てほしい!」
ロウは背負っていたバックから羊皮紙を一枚取り出す。
羊皮紙を父に向けて差し出した。
「クマの討伐証明書です。これにサインしてもらえませんか?」
父は一瞬渋ったが羽ペンとインクを持ってくると証明書にサインした。
「では私はこれで」
「ロウ兄ちゃん行かないでよ~」
マルコはロウの足にしがみついた。
ロウは困った顔をしながらマルコの頭に手を置くと、不器用に頭を”わしわし”と撫でた。
「俺はポルトと言う街で冒険者をやっていてな……大きな城塞都市だ。王様なんかも居る。またクマやモンスターが出たら来るんだ。いいか、無理して退治する必要はない」
マルコの心にポルトと言う街の名前が刻みこまれた。
「うん必ず行くよ!」
マルコは子供ながらにそう思った。
◆
結局ロウを村の外れまで見送る事になった。
ロウが帰還すると言う噂はすぐ村中に広まる。
幼馴染のアベルに発見されてしまったのだ。
「英雄殿が街へ帰るってよ~」
アベルが大声を出すと村人たちが集まってきて見送りに参加する。
「またな~」
「元気でな~」
「肉美味しかったよ~」
村人一同はロウの姿が見えなくなるまで手をふっていた。
そして村は日常を取り戻す。
マルコたちの一家は家へ帰った。
◆
「親父、俺ポルトで冒険者になりたい!」
マルコは家に着くなり父に迫った。
「いかん、ロウ殿に憧れたのだろうがあれは過酷な仕事だぞ」
「俺だって大人になれば……」
親父は『ハァー』とため息をついた。
そして真面目な顔になると椅子に座る。
「お前に説明してやる。そこに座りなさい」
「……分かったよ」
気を利かせた母がお茶の用意を始めた。
お茶と言っても麦から作った麦茶である。
本物のお茶は舶来品で一般人が飲むことは出来ない。
「まずロウ殿は夜中にクマを退治された。お前は夜中まで起きていられるか?」
「おっ、俺だってそれぐらいなら」
マルコの少し目が泳ぐ。
確かにクマが倒されたのは夜中だった。
「次に祝福だ。クマの接近を知るために何らかの魔法を使っている。祝福とも言うがな」
「魔法? 祝福?」
おとぎ話でしか聞かない単語が出てきた。
魔法とか祝福とか分からない。
「要するに神の力を借りて凄いことをしたと言うことだ。ワシだって神官だからそれぐらいは分かる。クマが倒された現場にかすかに祝福の力を感じた」
「……ロウ兄ちゃんってすげえんだな!」
母が麦茶を持ってきた。
マルコも父も一口飲む。
「さらにあの槍だ。あの槍はおそらく祝福された武器だ。どういう効果があるかまでは分らんがな」
「えっ!?」
マルコは驚きのあまり持っていたカップを落としそうになった。
慌ててカップを持ち直す。
「どうだ? これでロウ殿が遠い世界の住人だと言う事がわかっただろう。今日も畑の手入れをするぞ」
「親父、待ってよ」
マルコは手を握り締めて父に話しかける。
体がわずかに震える。
「親父も使えるんだろ? その魔法とか祝福っての?」
父はマルコから視線を外し麦茶を飲む。
「わが子ながら鋭いな。そうだ、冷静に考えればわかる事だな」
「隣のおばちゃんが骨折したのも治したよな? あれも親父の魔法か?」
「いかにも」
「魔法って冒険の役に立つよな?」
「……そうだな」
俺と親父の麦茶の残りが少なくなってくると、母が継ぎ足してくれた。
こういう時、母は口を出してこない。
「この村では親父が医者をしているけど実は親父の魔法のおかげだったんだな」
「はっはっは。そうとは言え知ってる範囲で薬草を飲ませたり、骨折した人に添え木をしたのも事実だぞ。医術と祝福を併用すると治りが良くなるからな」
「ならせめて親父の知っている事を教えてくれよ!」
父は新しく注がれた麦茶を一気に飲むと、タンッと音を立ててテーブルに置いた。
「修業は厳しいぞ? 覚悟はできているだろうな? もちろん畑の手伝いも今まで通りやってもらう。期間はお前が成人するまでだ。それまでに芽が出なかったら諦めて畑を継げ」
「分かった! ありがとう! 親父!」
こうして成人するまでの期間、厳しい修行が始まった。
◆
神に祈りをささげる毎日。
何日も閉じ込められて祈った事もある。
徐々に授かる祝福。
そして俺は成人を目指す。
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