第7話 清いとか汚れとか、ネコが決めたか

健「――次元上昇・・・? アセンションってやつですかね? 確かに僕はスピリチュアル、というか引き寄せの法則にハマっていましたけど、あいにく宗教には入っていなくて・・・」


セン「コラコラ、勘違いするでない。儂は別に入信しろと言っておるのではない。高校の数学で習ったじゃろ? 次元とは、縦・横・高さのような物事を位置づける軸を指す。お主は自分の軸を見直さねばならんのじゃ」


健「僕の軸って?」


セン「こうありたいという自分の考え、あるいは『価値観』と呼ぶのがわかりやすいじゃろうか。ケンが何をもって幸福と不幸を分けているのか。それを判断する『モノサシ』を知るがよい」


健「えっ!そんなの簡単じゃないですか。たくさんお金があって、家族がいて、病気や障害がなければ幸せです」


セン「本当にそうじゃろうか? アフリカの原住民は一銭も持っていないが不幸か? 独身貴族は不幸か? 生まれつき四肢が欠損したタレントは不幸と言えるかの?」


健「それは・・・人それぞれだと思います。僕は貯金や手足がなければすごく辛いと思うけど、世の中にはそうじゃないという人もいるかと」


セン「うむ、人によって千差万別じゃな。この地球には80億もの人間がおって、それぞれが独自の『モノサシ』で善悪を判断しておる。同じ事象に遭遇しても受ける側のモノサシによって不足とも充足とも感じられるのよ」


老猫はおもむろに立ち上がって、僕の前に右腕、いや猫だから前足か、とにかく右前足を差し出した。その肉球の上には、アルミ製の硬貨が一枚乗っていた。親の顔よりよく見た、日本で一番価値のない通貨である、1円玉を突き出してきた。


健「この一円玉・・・くれるんですか? 確かにそれは価値の基準ですけど、たった一円ぽっちもらっても幸せにはなれませんよ」


セン「この硬貨をよく見て答えよ。この『1』の数字が刻まれた面は表か? それとも裏か?」


健「――は? 数字が書いてある方が表に決まってるでしょ?」


セン「たわけ、それは裏じゃ。逆側の、この若木が描かれている方が表じゃよ」


健「そうなんですか? うーん、そういえば昔そんなトリビアを聞いたような・・・。でも、そんなのどっちでもよくないですか? 数字が表でも絵柄が表でも、実用上は問題ないし・・・」


セン「うむ、【どちらでもいい】。本来これはただのアルミの薄板であって、どちらも面が重要ということもない。じゃが、役人は若木を表と定義し、お主は数字を表とした。本来は表も裏もないものに、ヒトが『解釈』を付け足した。ここに世界創造の鍵がある――」

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