11月11日『燃える椅子』

 11月11日『燃える椅子』


 意識が完全にはっきりと戻りる。寝室の扉を開け、キッチンへ入る……ニヤはすでに消えていた。


「ニヤ……どこだ……」


 キッチンの奥に目を向けると何かが激しく燃えている……椅子だ……椅子から火が上がっている。

 起きた直後に座り夢日記を書いていたお気に入りの椅子……一体、誰が火をつけた?

 

 ニヤの仕業か……いや……ニヤは俺自身でもある……俺が火を点けたのだろう。


 キッチンの中は既に煙が充満している……


「そうだ……」


 俺は煙の中、外に備え付けられた消火器を思い出した。引っ越してきた当初、アパートの大家に消火器の説明を受けていた。

 確か階段の隅に置いてあったはずだ……


 俺は寝巻きのまま外に飛び出し、階段の方へ駆け寄り消火器を探す。


「あった……」


 消火器は階段の隅の方に置かれてあった。俺は急いで消火器を取り出して部屋に入る。

 椅子の火は既に壁に燃え移っていた……煙の中に黒い煤が混じりキッチン覆う。

 

 俺は消火器のピンを抜き、ホースを椅子へ向け、レバーを強く握った。

 ホースから真っ白な粉が強く吹き出される……瞬く間に粉は椅子と壁に燃え移った火を飲み込んだ。


 火が消えた事を確認すると俺は安堵した。なんとか部屋が全焼する事は防げた。

 

 消火器の粉はキッチンから溢れて他の部屋までも侵食していく……焼けた椅子と壁の匂いに咳き込んでしまう……これでは生活もままならない……

 

 粉まみれになったキッチンから煙草を探し出す。

 ガスコンロの上に粉に塗れてライターと煙草が置いてあった。

 それを手に取り、粉を払うとアパートの外に出て煙草に火をつける。


 まず、落ち着かないといけない……部屋は一部燃えている。大家に連絡しないといけないな……

 煙草を吸い終えると部屋に戻り携帯電話を探した。携帯電話も煙草やライターと同じくに粉に塗れている。粉を払って大家に電話を掛ける。 


「もしもし、夢見です」


「夢見さんどうしました?」


「部屋から火を出してしまい、なんとか消火器で消したのですが……」


「大丈夫?怪我は無かったの?」


「怪我は無いのですが……」


「とにかく今から向かいます」


 電話は一方的に切られた。大家はアパートのすぐ近くに住んでおり何かとよく見かける。60代位の女性で俺は若干、苦手だった……


 大家が来るまでアパートの外で待ちながら

、頭を整理していた。


 天井の顔が変化していき、少年に変わった……


 少年の名前を思い出したんだ……


 確か……ニヤ……そうだ、ニヤだ……


 俺はニヤの言葉を思い出していた……


 “僕はこれから君を孤独にしたものや君が煩わしく思う物を壊していく……”


 これからニヤは何をするつもりなんだ……

俺は不安に包まれる。

 現実に現れたニヤを止めなければいけない……

 

 更にニヤは何かを言っていた……


「それはね……そうだ、クロを探してよ……」


 クロ……幼い頃に大事にしていた黒猫のぬいぐるみの事だ。気づいたら失くしてしまっていた宝物……あれを探せって言うのか?


 思い返してみても夢のような出来事だった……夢なのではないか?……現実なのか?……


「夢見さん……夢見さん……」


 大家の呼ぶ声に我に返った……周りが見えなくなっていたらしい……


「わざわざすいません……」


「夢見さん、大丈夫?火なんてどうしたの?」


「キッチンの椅子が燃えてしまって……」


「椅子?煙草でも吸っていたの?気をつけて貰わないとこっちも困るのよ」


 大家は次から次へと話し始める……俺は夢の話しやニヤの話しは出来る筈も無く、煙草が出火の原因とするしか無いだろう……


「とにかく部屋を確認しますから」


「わかりました」


 俺はドアノブに手を掛けた。扉を開くと消火器の粉が立ち込めて思わず咳き込んでしまう。しかしさっきまで立ち込めて居た燃えた煤のような匂いは消えてしまっている……


「酷いわね……粉だらけだわ」


 椅子を確認すると確かに燃えていたはずの椅子が粉を被っているだけで燃えずにそこに確かにあった……


「夢見さん、一体何処から火が出たの?」


 俺は椅子や壁を確認する……確かに粉は被っているが椅子も壁も燃えた形跡が無い……


「あれ……おかしいな……」


「おかしいなじゃ無いですよ……どう言う事か説明しなさい」


 大家は語気を強め、怪訝そうな顔でこっちを見ている……


「すいません……確かに火が……煙も酷かった筈なんですが……」


「いい加減にして頂戴、私だって暇じゃ無いんですから……全く……酒にでも酔っていたんでしょう?」


 大家は明らかに怒っている……椅子も壁も燃えていない事へ何も説明のしようがない。


「とにかく夢見さん、消火器の粉は綺麗に掃除して下さい……」


「わかりました……すいません」


「それに無駄に使った消火器代も後から請求させて頂きますから……」


 大家は怒りながら帰って行った。俺は状況がまだ読み込めない……確かに火は上がっていた。匂いだって思い出す事が出来る……


 見ていた夢では、真っ暗な空間が火と煙に包まれていた……それを現実と混合してしまったのか?


 わからない……俺は途方に暮れアパートの外に座り込んだ……


 

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