第5話

「うっわー久しぶりだなー代官山!」



 代官山の駅を降りると、懐かしいけどあまり私を歓迎していない景色が広がった。



「う、相変わらずオサレな街ですこと」


「え、おまんじゅうって代官山になんかくんの?」



 ハルくんがスマホを操作しながら街の空気にアウェイになっている私に聞く。

「ええ、前にカフェめぐりにハマってたことがあって。もう何年も来てないんですけどね」


「そうなんだ、なんかおまんじゅうのキャラに合わないんじゃない」



 次はシュンくんが話す。プラスチックの青く透けたカバンに入った書類をチェックしている。



「あのさ」「思うんだけど」



「はい?」


「今アプリで地図開いてんだけどさ、こういう下調べっておまんじゅうの仕事じゃない?」



「え、まあ、……えへへ」

「このファイルケースもさ」


 今度はシュンくんかっ


「俺が持たなきゃなんない?」


「ほあ? そ、そうですか?」



 マズイ、これはまたヤバイパターンだ。



「いや、でも私はカメラ担当ですので……ほら」


 首から下げた一眼レフのカメラをパシャパシャと撮る。


「俺ら撮らなくて」「いーし!」


「すいませぇ……ん」

 私と稲穂兄弟は今、代官山に来ている。


 9月20日に開催される『ブリリアントフェス』の依頼のため、主催企業である会社『ブリリアント』に取材を兼ねた打合せに来たのだ!


 当初は雑用の私と、ハルくんが指名されたんだけど、案の定シュンくんが「なんで俺じゃねーの!?」と噛みつき、めんどくさくなったメガネガエルが



「じゃーお前ら3人で行け」



 となった、……というわけだ。

 初めての外での仕事に浮き足立っている私は、すっかり自分のすべきことが抜けていた。


「あの、じゃあ私、ナビします!」



 すかさずスマホを取り出す私。ドヤ顔してみる。



「あー、もういいよ。地図出たし、今からそっちで調べるほうが時間がもったいないじゃない」



「そうですか……」



 しょんぼり

「じゃあ、カバン持ちます!」



「いいよ、おまんじゅうに持たせたら大事な書類飛ばしそうじゃね?」



「そうっすか……」



 うーー、じゃあ下調べしろとかカバン持てみたいなこと言わないでよーー!


 こっちゃ入社ひと月も経たない新人なのよ、そんなの言わないと分からないじゃない!



「その代わり、いい写真とってくれよな」


 

 シュンくんがションボリする私の肩を叩いてくれた。



「……あ、ありがとうございますっ」


 急に優しくされてびっくりした。男の人の不意打ちは卑怯だと思う。



「最初からおまんじゅうにだったらいい写真が撮れるって思ってたから、なにもしなくていいさ」


 今度はハルくんが言ってきた。


 ななな、なんだ? 急に二人とも優しくなったぞ??

「おい、ハル。てめーちょっと俺がいいこと言ったからって張り合ってんじゃねー」



 おや?



「なにが? 勝手に闘争心持ってんじゃないよ。もしかして、俺の方がいいこと言っちゃった?」



 おやおや?



「言っとくけど、俺のは本心だからな。てめーみたいに“先に言われたからテキトーに”言ってんじゃねーんだ!」



 おやおやおや??



「なにが本心だよ、尖ったままで終わらすのが気持ち悪かっただけだろ。ちょっと優しいこといって自分の中で気持ち悪さを中和しようとしただけじゃないか!

 その点、そんなペラペラな言葉を掛けられたおまんじゅうがかわいそうで言った俺の言葉の方がよっぽど本心だよ!」



「あ、あのぉ~……」



 次第に声が大きくなる二人の口喧嘩に、私は段々居心地が悪くなってきた。



「おい!」「おまんじゅう!」


「はひっ!」


「お前は」「どっちが」「いいこといった!?」


 ええーーなにそれーー!?

「お二人とも言っている言葉の重さで言うなら……ハルくんが縦に重くてシュンくんが横に重いって感じなんで、比べられないかなー……なんて」



 我ながらよくわからない例えだ。

 でもここでどちらかを選ぶときっとこの先ろくなことがない。自信がある。


「縦に重い?」


「横に?」


「あはは、分かりずらかったですよね……?」



 まだ駅から歩き出してもないのにこれ以上長引かせたくないなー……。

「俺は分かった」


 ほへ?


「ああ、俺も分かったぜ」


 ほひゃ?


「ハル、お前本当にわかったのか?」「たりめーだ、お前にわかっておれにわからないことなんてねー!」

 

 こんなところでこの二人の敵対心が役立つなんて!


「さすがおまんじゅうだな、レベルの高いこというじゃない」



「あー、そうだな。意外とわかってるじゃねー?」



「あ……ありがとうございます」



 どうやら私の返しは正解だったようだ。はふぅ

「失礼します。FOR SEASONの望月と申します。本日取材兼打合せの件で伺いました」


「あ、はーい。ちょっと担当を呼んできますね」


 

 受付のカンカンに頭を盛ったギャルは、軽い笑顔に軽い対応で担当を呼びに行った。


「っつか、ピンク……」


「ダホ、マゼンタだよ。これは」


「ああ、Mが60ってとこかな」


「あー分かる。商業病だな、こりゃ」



 ???


 ……ピンクとマゼンタってどう違うんだ?

 私たちが訪れた『ブリリアント』は、総合ファッションブランドで特に10~20代の女性にはすごく人気だ。


 当然、名前は知っているけど……


「おまんじゅうって、ブリリアントなんか持ってんの?」



「ええ、まぁ……」



 6年前に妹から誕生日に貰った定期入れがブリリアント製品。買ったときは、きついピンクと裏は薄いピンクだったけど、今ではすっかり傷だらけ。

 

 色も褪せてしまった。 ……あ、ピンクじゃなくてマゼンタだっけ。

「お持たせしました。ブリリアント広報担当の加々尾 千夜子(かかお ちよこ)と申します」



 奥からやってきたのは、先ほどの盛った髪のギャルとはまた違った、茶髪の女性だ。

 スーツで現れた加々尾さんは、ジャケットはグレーっぽいのにシャツは大き目のかわいい樫っぽいボタンのついたロンTみたいな感じ。


 これを一言で言うなら、オサレ! オサレ女子!



「ご丁寧にありがとうございます。私はFOR SE……」



「どうもこの度はご依頼ありがとうございます。僕はFOR SEASONのデザイナー稲穂ハルです」

 名刺交換をしようとした私を押しのけ、ハルくんが加々尾さんに挨拶をした。


 

 と、いうことは当然次は……



「同じくデザイナーの稲穂シュンです。よろしくお願いします」



 二人ともおとなしくしているが、見えない電流がバチバチと音を立てている。



「こ、広報兼総務の望月あんこです!」



「よろしくお願いします。……稲穂さんは、御兄弟ですか?」



「はい双子です」「はい双子です」



 うわ、ハモったよ。



「そうなんですね、似ていると思いました。では、こちらで打合せをしましょう」


 

 加々尾さんは、柔らかい笑顔で案内した。



「加々尾」「千夜子か」



「チョコレートみたいな名前ですね」



 二人は私に振り返ると、



「同じお菓子でもこんなにも違うか」「同じお菓子でもこんなにも違うか」



 ハモるなっ!

 入社して間もない私は、同行はしたものの正直、出来ることは少ない。


 それでもいないよりかはマシということで、カメラを構えてパシャパシャとあちこちを撮影する。


「でも、私カメラとか全くの素人ですけど、いいんですか?」


「いいんだよ。どんな写真だろうが持ち帰ってからいくらでも加工できっから」



 まぁ、なんて頼もしいお言葉。



そんな訳で、ピンク……あ、いやマゼンタを基調とした室内を撮る。



 それにしてもなんてかわいいオフィスなんだろう……。

 

 いままで私が生きてきた世界とは別世界のようだ。

 メインカラーは確かにマゼンタなんだけど、いろんなマゼンタで敷き詰められていて、場所によっては濃い色だったり、淡い色だったり。



 デザイナーって本当に訳分かんな……いや、すごい仕事なんだなって思う。



 稲穂兄弟は、加々尾さんと打合せをしている。



 たまにチラリとみると、二人とも真剣な顔だ。



 ……結構かわいい顔してるよね、やっぱり。



 少しタレ目なところがまたお姉さん心を……じゅるり。

 打合せの光景を見ていると、ハルくんと目があった。


(なにやってんだ、写真撮れよ)


 と口パクで私に指示する。



 てへぺろ、と舌を出すとまたスタッフの人の邪魔にならないように撮影を続ける。



 上京して4年、最初に就職したのは大手デパートの中にある書店だった。



 あれやこれやと色々あって2年くらいで辞めて、そこからバイトを転々と……



 そして、崖っぷちで悲願の再就職!



 これを絶対逃しちゃダメだよなー。

「おまんじゅう、終わったぞ」



「あ、はい!」



「写真とれた?」



「バッチリです! ……多分」



 稲穂兄弟が打合せを終えて戻ってきた。それに続いて加々尾さんもやってくる。



「では、これからもよろしくお願います」



 加々尾さんは深々とお辞儀をし、ハルくんがそれにつられてお辞儀をした。



「必ず成功させましょうね」



 おー! 


 シュンくんが気の利いたことを言う。こりゃまたハルくんがあとでうるさそうだ。

「それにしてもおしゃれなオフィスでしたねー」



「うちのオフィスだって好きなようにやらせてくれりゃもっとかっこよくするのにな」



「力持ってるって得じゃねー? いつか、うちらも……な」



「だな」



 なんだ、やっぱり仲はいいんじゃない。


 ブリリアントのオフィスを出ると、外が妙に暗かった。



「あれ……もしかして、これ……降りますかね」



「……まずいな」「きそうだな」



「急ぎましょう!」



「おまんじゅうが急にリーダーシップを発揮したじゃない!」



「やめろよてめー、キャラじゃねーことすると降るじゃねーか」



 ひゃっひゃっと笑いながら稲穂兄弟は、先頭を切って駆け足の私についてきた。

 ポツ、ポツ……



 あ、降ってきた。



 ポツ……ザァァーー!!



「うほっ! ゲリラ豪雨?!」



「どっか入れ入れ!」



「っきゃー!」



 突然のゲリラ豪雨に、近くにあったテナントビルに駆け込んだ。

「これは……ちょっと外出られないですね……」



 と、いうほどの雨。



「引くくらい降ってんじゃねー?」



「しばらく止まないっぽいじゃない」



 空を見上げると真っ暗な空。バケツをひっくり返したようなすごい雨。



「困りましたね……」



「しゃーない、ちょっと休憩でもすっか」



「雨宿りついでにな」



 振り返ってみると、私たちが駆け込んだテナントビルにはカフェやバーなどが入っているようだった。

 ……時刻は15時前。


 一応、会社に電話をする。



『それは災難ですね。こちらも外は酷い雨です、今日は皆さん直帰してください。電車が動いている内に帰られたほうが賢明かと思いますので』



 トウマさん萌え。


 いやいや、違う違う! つまりそういうことだ。雨やんだら帰っていいよってことらしい。



「え、マジで!?」「ラッキー!」



 稲穂兄弟は嬉しそうだ。



「じゃあ、ちょっと早いけど……ここ行こうぜ」



 ハルくんが指差したお店は、ダイニングバーだった。



「ちょ、もしかして……飲むんですかっ?!」



 さすがにそれはマズイだろー



「いいじゃん、俺らもう勤務外なんだから」



「え? え?」



「いいから入ろうぜ」



 えーーー

 半ば強引に入れられたそのお店は、タパス料理(ってなんだ?)が中心のスパニッシュ風のダイニングバー(スパニッシュってなんだ?)だった。



「いらっしゃいませ。お飲物はどうされますか?」



「あ、俺ビール、ビールね! おまんじゅうはなに飲む」



「あの、ウーロン……」「ビール2つ!」


「ちょ、勝手に決めないでくだ……」



「かしこまりました。本日のおすすめはホワイトコーンとほうれん草のキッシュと……」



 うう……いいのかなぁ、いいのかなぁ……

「カンパーイ!」



 カキン! とグラスがぶつかる音。



 ごきゅごきゅと喉を鳴らすハルくんとシュンくん。



「……おいし~~い!!」



 正直な私。昼間から飲むビールのおいしさに声が漏れる。



「おお~いくねー」



 喜ぶ稲穂兄弟。



 ……つか、



「なんでシュンくんはコーラなんですかぁ!」

「いや、俺飲めないんだよね」



「は? 双子で片一方が飲むのに? おっかしいんじゃないですかぁ?」



「……ぁれ、もしかしてこいつ……」



「ちょっと恥ずかしくないんですか? 女がこうやって飲んでるのに……」



 ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ



「ぷっはー! おっかわりー!!」



 すっごいいい気分! いつもはビール一杯じゃまだエンジンかからないんだけど、さっきまでの緊張感からか、すぐにいい気分になってしまった! しまったのだ!

「お待たせいたしました小エビとエリンギのアヒージョと、夏野菜のバーニャカウダです」



 ムシャッ



「なにこれ超おいしい! ちょっとハルくん食べてみ」



「いいよ、俺は俺のペースで食うから!」



「じゃあシュンくん食べてみ?」



「うるっせ! こっちくんな」



 ちょ、なんで二人とも食べてくれないの?



「……なんで、なんで食べてくれないの……。やっぱり二人とも私のこと嫌いなのね!」



「泣いた!」「泣いた!」

「すみませーんおかわり!」



「待て待て待て! お前まだ16時前だぞ!?」








 ――そこから先はあんまり覚えていない。







 

 そこから先はあんまり覚えていない……。



 いない……が!



 いくらなんでもこれは夢だと思いたい。



 いや、確実に夢なパターン。



 夢オチ。



 そうだよ、そうに決まってる。



 イケメンに囲まれたお洒落なデザイン会社に就職し、双子イケメンと昼間っから飲んで……

 だから、夢ならすぐ覚めて欲しい。一刻も早く覚めて欲しい。



 そう願ってあんこちゃんはしっかりとまぶたを強くつぶりました……。



 ……



 …………



 ついでにほっぺたもつねりました……!



 ……いてて……。

 おそるおそるもう一度目を開けてみる。



 眩しい。


 とっても白くて眩しい、これは外の光が窓から入ってきているんだろう。



 かすかに聞こえるテレビの音は、早朝のニュース番組だった。


 耳馴染みのあるアナウンサーの声で分かった。



 とても清々しい朝だ。

 私はベッドで寝ている。横向けになって寝ていた。



 清々しい朝の景色に一つ、理解できないものが視界にあった。



 ――お尻。



 窓際に向かって立つ人影とお尻。



 人影とお尻が一致するのって……つまり、裸ってことよね?



 このキュッと、張ったお尻の主は……

『それでは次のニュースです。多摩川に現れたペンギン、たまたんの話題です』



「おっ、たまたんの続報か!」



 ニュースに反応したその声は聞きおぼえがあった。



「……ハルくん……?」



「!? おはよー、おまんじゅう」



 夢じゃありませんでした。

「きゃあ~あ~あ~あ~あ~」



 物凄く不思議なイントネーションの悲鳴を私は叫んだ。



「な、なんだ?!」



 逆光で顔がよく見えないがハルくんは、私の変な悲鳴に動揺しているみたいだ。



「きゃあ~あ~あ~あ~……」



 そう、私のこの悲鳴には悲しみすら含まれた歌と言っても過言じゃなかった。

「……」



「……お、落ち着いた?」



 悲しみの悲鳴をあげた私は、気になったことを確認するために少し黙った。


 それを見たハルくんが様子をうかがいに近寄ってくる気配がする。


 布団の中を覗いてみた。



「パンでも食べる?」



 ――私も裸だった。

「きゃあ~あ~あ~あ~あ~あ~あ~!」



「げっ、また!?」



 悲しみの歌は続いた。




 これはなにかの間違いだ! 間違いに決まっている!



 間違いじゃないことを確信しながら、私は歌いながら泣いた。

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