希望的観測

休み休み

柳に燕(やなぎにつばめ)

第1話 一手

長期に続いた気候変動と海面上昇による食糧危機を乗り越えるため、ある国で『なよ竹』と呼ばれる仕組みが生まれ、やがて現実世界は「空想」と「物理」に分かたれた。


これは、始まりとなった事件に関連する雑多な記録だ。

事件は予兆に過ぎず、空想世界を支える仕組み『なよ竹』をめぐる事件につながる。


ある時代、ある国、ある人々の話ではある。

だが、これを読む君には考えて欲しい。

誰と手をつなぎ、誰と手を切り、どんな手を打つか。

何を知り、何を信じて、どんな行動をするか。

すべての選択肢は君の手中にある。

希望的観測をし、それを現実のものとしよう。


流れが変わらなければ、天は割れ、地に水が溢れ、やがて多くの人が消えよう。

ただ一人、荒城の月を眺めよう。



*** 自動筆記録 所属:資源部 名義:スズメ ***


 資源部の役人として初めて請け負った仕事の最中、傷害事件が発生しました。

 起こったことは明確なのに、なぜ事件が起こったのかさえも自分にはわからず、もやもやして、上の空でいたようです。

 見かねた上司の仲介で、面識のある役人に相談できるように手配してもらいました。

 指定の空想世界の空間に転移した先には、先輩にあたるヤマさんが既にいて、困惑した表情を浮かべています。


「えっと……上からこの空間に転移するように、とだけ指示されて来たんだけど、どちら様?」


「スズメです! ビジネス向けの躯体くたいを使ってまして。空想世界では会うの初めてなので、わかりにくかったですね……申し訳ありません」


 私が使用する躯体くたいは、性的特徴を排除して細身で平坦な姿で、男とも女ともつかないニュートラルな声を発する特徴があります。

 一方、ヤマさんは物理世界の姿形とほぼ同じ特徴の、金髪で筋骨隆々きんこつりゅうりゅう躯体くたいを使用していました。


「あっ、スズメさんか。えーと、わざわざ呼び出されたってことは、要件は昨日の事件のことか?」


「はい。お時間いただいて申し訳ありません。ヤマさんは分析官ということで、相談に乗ってもらうといい、と上司からすすめられまして」


「いや、こっちも都合がいいから助かる。実は、被害者は未だ意識不明で、傷害事件から殺人事件に格上げする可能性もあるようで、上から『分析官として内々に事件の全容を調べて報告しろ』と言われて。でも、容疑者も、被害者も、居合わせたもう一人も、俺からの聞き取り調査の許可が認められなかったから、同じ資源部所属のスズメさんしか聞ける人がいなくてさ」


「それでしたら、私でよければ何でもお聞きください。未熟な役人見習いが、何らかの判断を誤ったせいで引き起こした事件だと判断されたくありません。上司からも、見聞きした情報は全て、分析官に提示して構わないと言われています」


「わかった。俺も断片的にしか事情を知らないから、まず、スズメさんの視点から全体の流れを教えてほしい。今回の事件が起こったのは、どのような流れがあったんだ?」


「そうですね……調査部との合同調査の中で、人気俳優の失踪事件とつながって、その線を追っていた調査中に事件発生、という流れだととらえています」


「なるほど。現場に居合わせた同行者が、事件発生を予測していたのではないか、という話を聞いたんだが、スズメさんは事前に知っていたのか?」


「いえ、私は知らされていませんでした。でも、同行者の言動から、そこで何かが起こるのではないか……と半信半疑ではありますが、思っていたのは事実です。彼は、事件発生をというよりはしていたと思います」


「なるほどね。あ、あと、見習いだったら、仕事中は基本、をオンにしていたはずだけど、その記録を同期しても?」


 自動筆記は、すべての役人が身につけている式鬼しきのひとつで、その機能を有効にしている間の言動や思考は原則、文字として記録されます。


「構いません。ただ、三日前に資源部に着任してすぐに、調査部特別分室との合同調査業務に就いているんですが、どこから同期すればいいでしょうか?」


「あー、3日なら短いし、同期するかどうかを仕分ける手間を考えれば、着任してからの記録を追った方が早い。日時の制限なしで同期を許可してくれ」


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