花屋の娘

まるで舞台の主人公ね。


ただの平民である私がお貴族様のそれも高位貴族である侯爵家のお世継ぎ様に見初められるなんて。





平民の中でも割と裕福な家で育った私はそれなりに容姿も良く町でも結構人気があった。


家は花屋をしていたけれど貴族様のお屋敷との取引もあり、生活には困るどころかむしろ周りの子よりも余裕があった。


客商売ということもあり、いつも小綺麗にするように言われ、お貴族様との商売にはある程度の教養も必要であると言うことで少し無理して王都の学校にも通わされた。


町の皆には王都の学校に行けるなんてと、とても羨ましがられた。




でも正直、無理して通った王都の学校はつまらなかった。

裕福な商家や貴族様の通う学校には、それなりに可愛い子も頭の良い子もお金持ちの子も色々いて、私はあまり目立った存在ではなかった。



それに、貴族の女の子はいじわるな子が多い。


最初は仲良くしてくれた子が学年が上がれば上がる程声を出して笑わなくなったり、一緒に遊ばなくなり、マナーがどうの性別がどうのとうるさくなる事が増えた。


平民と知るとあからさまに侮蔑の表情を浮かべる子も常に存在した。



学校でそれまで感じたことのない身分というものを実感して嫌な気持ちになった。


取引先の貴族の奥様はいつも優しいのに両親がやたらペコペコしている理由もなんとなくわかるようになった。


貴族と平民には壁があるらしい。


知っていたつもりだけれど、クラスにいる子達は私よりもずっとお金持ちで身分も高く、私の立場はとても弱いものであった。


学校に通っている同じ平民も、皆私よりずっとお金持ちだった。


そして、どんなに私の方が可愛いくても、貴族というだけで、皆そちらを優先して当然という態度も心の中では納得出来なかった。


貴族と平民の差について知るにつれ、今まで他よりも高いと思っていた私の価値が急に低くなってしまったようだ。


私は学校にいる貴族に嫌われないように、そして、少しでも自分の価値を上げる為にも純粋な良い子を演じた。


思い描いていた素敵な貴族の男性との出会いは無かったが、学校に来ているのが次男や三男などと、家を継ぐ事のない者が多く、将来爵位や財産を継げるような者はほぼ居ないと聞き、興味も失った。


みんな学年が上がるに連れ自分の今後に必死で、平民の花屋の娘を相手にしてくれるような人はいなかった。


貴族の女の子達はお茶会だ夜会だと私にはわからない話で盛り上がっていて、そんな女の子達に平民の商家の子が自分の家の商品を紹介していた。


私には全く関係のない話でとてもつまらなかった。


両親には我が家も出来る限り売り込めと言われていたが、たかが花なんかを売り込むなんて無理だと思ったのでしなかった。



もちろん学校ではそんな卑屈な気持ちは顔には出さず表面上ニコニコと笑って過ごしていた。


お金持ちの商家や貴族の男子生徒から愛人やその場限りの相手のお誘いはあったが、多少のお金で全く魅力のない人の相手をするのはゴメンだ。


せめて容姿が良ければ考えたのだが。



両親にも、貴族様との関わりには注意するように言われていたこともあり、困った時は純粋で意味を理解していないフリをして誤魔化した。


なんとか、当たり障りのない子爵令嬢のグループに入る事ができ、無事卒業出来た時はホッとした。


華やかではあっても私とはべつの世界。話を聞く事はできても決して入れてはくれない世界。それが貴族の世界だった。



学校を卒業して実家の領地に帰るとほっとするのと同時にひどく田舎くさく感じた。



田舎くさいとは思いつつも、戻った私は町ではちょっとした高嶺の花扱いで、女の子達の羨望の眼差しは気持ち良かった。



ただ、そんな私は男の子達からも人気で、ちょっとしたトラブルに巻き込まれることも増えていた。


そんな時、運命的な出会いをしたのだ。



以前にちょっと一緒に遊んだ事のある男に言い寄られ、しつこさにうんざりしていた時だった。




護衛の人を数人連れたあの人に出会った。


学校で見た貴族と比べても明らかに良い服を着て、こんな風に何人も護衛を引き連れている姿はまさに昔に思い描いていた憧れの貴族そのものに見えてとても素敵だった。


そして、彼が貴族の中でも高位に当たる侯爵家のさらに嫡男であるという事実を知り、これは運命であり、神が私に与えたチャンスなのだと思った。


彼の瞳に私への興味を感じ取った時には興奮が抑え切れないほどに嬉しかった。


やはり私は他の子とは違う特別な存在だったのだ。今まで頑張って良い子をしてきたのは無駄では無かった。


その後はまさに物語のような展開だった。


主役は私。


彼は私を運命の相手と言い、私もそうだと思った。


彼が町に来ると噂好きの子達が騒がしいので、すぐにわかる。


急いで綺麗に整えて、彼へと会いに行く。


彼は私に会う度、驚きつつも運命だと喜んでくれた。



平民には手が出ないような物でも彼にとったら安い物らしく、ちょっと寄り添って大袈裟に喜ぶと欲しい物はすぐに買って貰えた。


特別な時にしか行けないようなレストランへと連れて行かれては『こんな店で申し訳ないね。』と言われ、貴族の世界の価値観を知った。



私と彼の事を知った以前付き合ってあげた男の子に絡まれる事が何度かあった。


私の事を誤解されるのではないかという心配をよそに、彼は気にする事もなく当然のように全てを追い払ってくれた。


こんなに素晴らしい相手にはもう巡り会えないだろう。


そう、これは彼の言うように運命の恋であり、真実の愛なのだ。




ただ彼には高位貴族らしく婚約者が存在した。


知った時はショックだったが、よく考えれば真実の愛には障害が付きものだし、これは貴族のお嬢様が居たにもかかわらず私の方が選ばれたという事だ。


貴族令嬢よりも自分が当然の様に優先される状況に自尊心がくすぐられ、まぁ、しょうがないのでこの状況を許容した。






順調に関係を進め恋人となり、早くこの先に進みたいと思っていたある日、デートから帰ると家が両親ごと暴漢によって壊し尽くされていた。


町の警邏隊が来て一通り調べていた様だが、捜査はすぐに打ち切られ、結局犯人が見つかる事もなかった。


平民にしてはそれなりに大きな家が真っ昼間に襲われたのに、何故犯人が見つからないのだろう。


訳のわからない出来事になんとも気持ちの悪い不安感を感じたが、それも一時の事であった。


両親は残念だったけれど私と彼の愛の為にはきっと必要な運命だったのだろう。


なぜなら、両親の死をきっかけに彼からプロポーズを受けたのだ。


すぐに結婚する事は出来ないが、お屋敷にも迎えてくれる事になった。




普通に迎え入れてくれれば良いのにメイドとして働くということで、最初は少し彼に対して不信感を感じた。



誰かに聞きたいがそんな知り合いは身近に居ないので学校時代のグループのリーダーだった子爵令嬢に手紙を送り、念の為にこの侯爵家の事を教えて貰った。



何度か手紙を交換する内にこの侯爵家の地位の高さを改めて認識し、そんな彼に愛される事の幸運を再認識した。




そして、彼と相談した結果、子爵令嬢の彼女も私の補佐として一緒に雇われる事になった。


子爵令嬢が私の補佐。


あの学校で上位の位置にいた彼女が私の補佐に。


貴族の彼女が平民の私の補佐というのが心の底から嗤えた。




屋敷に連れて行かれ屋敷の者に紹介された時、私は彼の愛を少しでも疑った事に申し訳なくなった。


彼は使用人達を集め、みんなの前で


『彼女は私の大切な女性であり、形式上はメイドとなるがこれには深い理由がある。

遠くない未来に、次期侯爵夫人となる女性だ。くれぐれもそこを理解して応対するように!』


と、宣言してくれたのだ。


使用人達の前でそう言ってくれた事により私は一応、形としてはメイドだが、ほぼ貴族のお嬢様のように過ごす事が出来るようになった。


当然、私の部屋は当主夫人の部屋になった。


侯爵夫人となると平民ではわからない事もきっとあるだろう。


子爵令嬢に来てもらったのは正解だった。


学校時代はそんなに好きではなかったが、今では1番の味方だ。




美味しいものを愛する人と食べ贅沢な物に囲まれてみんなに傅かれる生活にこの上なく満足感を感じた。


更にもう少し待てば侯爵夫人の座も手に入る。



そう信じて疑わず、私は愛する人との緩慢な日々を謳歌していた。






まさか、それらが突然なんの前触れもなく全て奪われるなんて。



そして今までの幸せには途轍もない代償が伴うだなんて考えてもみなかったのだ。

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