侯爵家にて(後)

私は早速行動に移す事にしました


とりあえず、近くにいた侍女を呼びます。

侍女を呼ぶなんて久しぶりの事です。


近くにいた侍女は訝しげにしています。


「こちらの本を部屋まで運んで置いてくださる?」


「…」



返事がありません。

まぁ、良いですわ。


「この3冊を私の部屋の机の上に置いておいてね。あ、あと、夕ご飯は温かい物が食べたいわ。」


侍女はどこか驚いた顔をしてこちらを見てきます。

ただ、返事もせずに頭も下げず、不躾に主人の顔を見続けることは通常の高位貴族の屋敷では、厳罰ものです。


こちらにお嫁入りして以来、温かい食事が出たことなんて、誰かと一緒の晩餐以外は数える程です。


でも、実家ではいつも温かいどころか1番美味しい状態の物を食べていました。


このお屋敷で私以上に豪華な物を主人と一緒に食べている方がいるのは知っています。


そして、少し前の私なら当然だとおもっていました。


でも、それっておかしいですわよね?











コンコン ガチャ


返事も待たずに部屋の扉が開きます。

予想はしてましたが、早い登場ですね。


「奥様、侍女を困らせるのはおやめください」


許可も取らずに話はじめました。



「皆、仕事があるのでございます。些細なことで仕事を増やしたり、我儘を言われると困ります。」


彼女は侍女頭でしたわね。

たしか、子爵家出身だったと思います。

まだ若いのに、例の平民のメイドと仲が良いということで彼女の補佐の為異例の出世をしたらしいです。

いや、メイドに補佐ってなに?


貴族なら身分差についてはよく理解していたはずなのにおかしなことね。


いつもなら俯いて返事をするはずの私が何も言わずジッと見ている事に気付き、不審そうな顔をします。


「奥様?どうかなさりました?こちらも仕事を増やされて忙しいのですから、返事ぐらいして頂かないと困ります。」



彼女の言い分に思わず笑ってしまいました。



「ふふふ。返事も待たずに入室して、言いたい事を言って返事を強要するだなんて、私の身分はあなたより下の侍女か何かだったかしら?


言いたい事を言って返事を強要するなんて…あなた何様?」



私の態度の変化に一瞬ポカンとすると、徐々に顔を赤くして顔を強ばらせます。


「何という傲慢な物言いでしょうか。

そんな態度は全くもって侯爵家には相応しくありませんわ。嘆かわしい。


…この事は侯爵様に伝えさせて頂きますから。」


なんというか、ふてぶてしい態度も強気な物言いもすぐ気持ちが表情に出るのも、相応しくないのは一体どちらでしょう。



「あら、最低限の挨拶どころか主人からの質問に答えることさえもも出来ないのね。…残念だわ。」



更なる私の言葉に更に怒りの表情が浮かびました。


「あ、そうそう、こちらの手紙を出しておいて貰えるかしら。とても大切な物だから何かあればあなた自身だけでは責任はとれなくてよ。」


怒り出しそうなところで畳み掛けると、グッと何かを飲み込むような仕草の後に嫌そうな態度で手紙を見ます。

すぐには受け取りません。



基本的に私は侍女に何かを頼む事はありませんでした。何か頼めば先ほどのように我儘だ迷惑をかけている等、正論っぽく可笑しな事を諭されるので。


そして、私は高位貴族では珍しく侍女が居なくても普段の生活に困らないようになりました。



訝しげに手紙の宛先をちらっと見て、侍女の顔色が変わりました。


宛先はこの国の王弟です。貴族であれば誰もが知っていて当然の名前が書かれています。

公爵様です。

そして、私の伯父でもあります。私は小伯父様と呼んでいます。


私、実家は伯爵ですが、母は王妹ですの。つまり母は元王女様。

降嫁して伯爵夫人となりました。


あら、彼女は知らなかったのかしら。

顔色の変わった彼女を見て更に続けます。


「あ、こちらもよろしくね」


続けて、机に置いてあった王への手紙と実家への手紙も差し出します。


「小伯父様にだけお手紙を出すと伯父様が拗ねてしまわれるので、お手紙を出す時はいつも両方にお送りしているのよ。

もちろん、お父様とお母様も心配されるからお家にも送ってちょうだいね。」


侍女は更なる手紙と私の言葉にポカンとしています。


この侍女本当に侍女頭をやっていけてるのかしら?



高位貴族の間では、お母様がまだ王女だった頃に当時の国王陛下や兄王子達にとても可愛いがられていた事は常識です。

そして私、今の国王陛下の事は伯父様と呼んでいますの。国王陛下自身からの希望で。


伯爵へ嫁いだ母の娘である私も当然のようにとても可愛いがって貰っていました。

もちろんこれも高位貴族の間ではよく知られた話です。


嫁いで来てからわざわざ侍女に言う事でもないし、何か頼みたくても頼めない状況だったため、伯父様達への連絡は必要最低限のみ自分で手配していたので彼女達に頼んだことは無かったわね。


ひょっとしたら下位貴族出身の侍女達は皆さん私の血統を知らないのですかね。


彼女達は私が何かする度に、『侯爵様より爵位が下のくせに』、『たかだか伯爵家のくせに』、とよく我が家を貶めていました。

伯爵家も一応高位貴族なのですけど。そしてあなた達は更に下のはずなのだけど。


そして最後にはいつも侯爵様に言いつけると脅してきていました。


今思えば、たとえ侯爵様に言われても私が改める必要は無かったと思います。


そうそう、侯爵様と呼んでいましたが、義父はまだ引退しておりませんので正確には侯爵家嫡男というのが正しいわね。


普通に考えれば、 そんな家も爵位もまだ継いではいない者よりも、父母や伯父様に頂いた豊かな領地(個人資産)を持つ私の方が使えるお金もチカラ(権力←コネ)もありますわ。


よく敵にまわそうなんて考えるわね。

頭良くない子が多いのかしら。



ただ、洗脳されていた私は助けを求めず、今の状況を隠す方向に頑張っていました。

嫡男様にもこれ以上嫌われたくありませんでした。

そして伯父様達どころか家族にも言えませんでした。

恥ずかしくて情けなくて嫌われたくなくて見捨てられたくなくて言えなかったのです。


自分の事ながら客観的にみてヤバい案件です。普通に考えて見捨てられるのは侯爵家の方です。



実家ではあれだけ大切にされていたのに。

今、私が全てをゲロったらこの家終わるなって思います。(汚い言葉遣いで失礼致しましたわ)


いつまでも手紙と私を見比べて動く様子のない侍女の手に手紙を押し付けました。


「あら、ご存じだと思っていたけれど、私の母は元王女でしたの。だから、伯父様たちとは仲良しなのよ。

個人的に連絡を取り合う程には。


あ、万が一にでも国王陛下への個人的な物を破損、紛失などが発覚したらご親戚、一族郎党無事でいられる保証は出来ないからくれぐれも扱いには気をつけてちょうだいね。」



心なしか顔色の悪い侍女は何も話さなくなりました。

何も言わないなんて、やはりマナーがなっておりません。


ただ、いつもならもっと色々私の行動に文句を付けるのに何も言わないと言う事は私の話した情報に戸惑っているのでしょう。


もう手遅れですけれど。



こんな武器があるのに使わない私もどうかと思うけれど、そこを知らなかったのか、知っていてのこの態度なのか、とりあえずどっちにしろこのお屋敷は本当に色々とヤバめだと思います。


そして、私は今の状況をさっきの手紙に書いてやりました。国王陛下、王弟、父母宛に助けを求めてやりました。この屋敷で起きた事をわかるように簡単に書きました。


あとは、助けを待とうとおもいます。

きっと父達は真相の確認に動くでしょう。


こんな屋敷にいるくらいなら自分の領地にある修道院で念願の老後を過ごしたいです。

お金なら沢山ありますし、すでに前回、結婚出産子育ても終えて満足しております。あ、孫の顔は見たかったわね。



旦那さんが居ないのは少し寂しいけれど、お金も若さもあって好きに過ごせるなんて、考えただけで贅沢なことです。

もっとのびのびと美味しい物を食べて好きなことをして過ごしたいです。


お父様達が動きだせば、わざわざ私が動かなくとも助けて貰えるでしょう。


あとは準備が整うまで、待つことにします。


え?私は動かないのかって?

いや、面倒ですし、使えるものは使う主義なので。


なので、侍女達もとことん使える所は使ってやります。

我慢が大事なときもあるけれど、今じゃないわ。




「あぁ、夕食はたまには柔らかいパンも頂きたいから温かいスープと一緒に柔らかいパンもよろしくね。


侯爵家では固いパンと薄くて冷たいスープが当たり前だなんて私の家族が聞いたら驚くわね。…あ、また贅沢な我儘だと言われると困るからデザートが欲しいなんて言わないから安心してね。」


ニッコリ笑って告げた私の台詞を聞き、侍女は今度こそ顔色を失って黙り込んでいます。


しばらく手紙をみつめていましたが、いつものように断る事も手紙を雑に扱う事もなく、心なしかフラフラと部屋を去っていきました。









あぁ、お父様達からの返信がたのしみだわ。

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