イタリアンなレストランと映画館

「思ったより間違い探しが難しい……」


 俺はナナに連れていかれたイタリアンレストアン『シャングリラ』にて、メニュー表の裏にある間違い探しに苦戦していた。


「あ!ここ微妙に形ちがう。これで全部かな。まさか、すべての間違いを見つけるのに10分もかかるとは」


「……すごい。その間違い探し、解くのに平均で1時間くらいかかるらしいのに」


「まあ、プログラムのデバッグで間違い探しは慣れているからな」


「お待たせしました、ミラノ風ドリア二人前です」


 そんな会話をしているうちに、店員さんが俺たちが頼んだ料理を運んできてくれた。




 俺は、人と食べるのが少し苦手だ。


 なぜなら、俺は先天的に不器用なせいでどうしても食事のマナーが悪くなってしまい、他の人に不快な思いをさせてしまうからである。


 だから、食事はなるべく一人でとるようにしているのだ。


「……おいしいね」


 ナナが穏やかな声で食事の感想を述べる。


「そうだな。ドリアは食べやすい上に美味しくて、本当に都合が良すぎる食べ物だ」


 俺は他の人と食べるのが嫌いだが、一人だけ例外がいる。


 目の前にいるナナだけは、一緒に食事をしてもいいのだと思えるのだ。


 ナナは俺の家族と違って、その人がどうしてもできないことを強要したりはしない。


 だから、彼女といると居心地が良いのだ。


 こうして、俺たちはドリアを完食し、シャングリラを出たのであった。


 


「……映画、一緒に観よう」


 それから俺は近くにあった映画館に連れていかれた。


「そういえば、映画を観に行ったのは中学の時以来だったな……」


「……そっか」


 俺は高校に入って以来、生きる気力を無くして色んなことをやらなくなった。


 映画館にしばらく足を運ばなかったのもそれが原因だ。

  

「ちなみに、どんな映画を観るかはもう決めている感じ?」


「うん……これが観たい」


 そう言って彼女が指さした先には『劇場版マウスピース~フィルム深紅~』のポスターがあった。


 マウスピースは少年漫画を原作とした冒険アニメである。


 内容は、マウスピースを音速で飛ばす能力を持った主人公がディストピアな世界で山賊王になるべく頑張る話らしく、全世界で絶賛されているらしい。


「いいね。俺も観たかったんだよね、これ」


 ゼックスでのみんなの投稿いわく、今回の劇場版マウスピースが過去一面白いことはすでに知っていた。


 どうやら、今回の映画には主人公の幼馴染であるオドリーという新キャラが出てきてサンバを踊ってなんかすごいことになるらしい。


「そっか。じゃあさ、チケット取ろっか。……ポップコーンとかは、どうする?」


「俺は大丈夫かな……最近、食欲ないから」


 高校生活冒頭にクラスメイトの前で嘔吐してから、俺の食欲と胃の限界量は減っていった。


 そして、食べすぎて嘔吐するたび、あの時のみじめな自分を思い出して死にたくなってしまうのだ。


 正直、今の俺にとって食事はAIの制作に並ぶ数少ない娯楽だというのに。


「俺も、マーフィみたいにいっぱい食べることができたらなあ……」


 俺はナナに聞こえない程度の小声で、マウスピースの主人公の名前を呟きつつシアターの扉を開いた。




「ううっ、いい映画だった……」


 2時間後、上映が終わったときの俺は泣いていた。


 ストーリーがあまりにもよかったからだ。


 全世界の住民をサンバ中毒にし、自分ごと安楽死させようとするオドリーをマーフィが踊りながら止めるシーンは涙で前が見えなかった。


 オドリーの父であるシャンソンが栄養失調になった娘を助けるためにやってきたシーンでも、なぜか涙が止まらなかった。


 正直、創作物でここまで泣いたのは初めてだったかもしれない。


 しかし、なんで俺の眼からしずくが出たのかはよくわからなかった。


 ただ、マーフィの『オドリー!オマエは、ひとりじゃねえ!』というセリフがここの中でいつまでも反復していた。


「よかったね、よかったねオドリー……ちゃんと主人公に助けてもらって」


 ナナも俺の左隣で泣いていた。


 演劇の時といい、もしかしたらナナは想い人と死が関わる話に対しては涙腺が弱いのかもしれない。


 俺は『オマエは、ひとりじゃねえ!』というセリフが頭の中で何回も繰り返される中、ナナと共に映画館を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る