閑話 アヴェリーという少女

 アヴェリーは落ち着きのない子供だ。それでたまに大人たちにこっぴどく怒られるも、彼女はそれが性分ゆえに怒られたところで自分を変えることはしなかった。出来なかったというべきか。


 子供は物事を大人からただ一方的に教えてもらうようには出来ていない。社会の構成員としての自覚なんて、経験の末に後から芽生えるものだ。それが必要だからと教えられたところで、押さえつけられると感じて反発する人は割とそこら中にいる。


 ただアヴェリーのそのような性格は平和な時代では奇抜な発想力を生み出す原動力になって、自分が頑張りたいと思った分野で働いたらそれなりにその分野の発展を助けたやも知れない。


 しかしアヴェリーが生まれた世界は、時代は、平和とは程遠く、彼女が住む村にも魔物の脅威に常に晒され続けていた。冒険者だけじゃなく自警団や狩人たちが村を守っても度々被害は出て来る。幼児死亡率も低く回復魔法が存在するため病気にかかっても治れる環境でも人口が一定以上を上回れる状況にいないのは魔物が人口が増えるのを妨げるせい。


 それでも人々はそれが現実だと受け入れて生きている。それは親を失ったある少女にも当てはまること。


 その日のアヴェリーは小さな石を使った新しい遊びを考えていた。手の甲に数個の石を載せて、素早く手を翻して全部捕まって、また投げて、今度は違う動きをして捕まって。


 その遊びはとても楽しいものだったから、他の子供たちにもそれを教えて一緒にやろうとしたけど、出来なかった。そんな無駄なことをせずに、農作業を手伝いなさいと𠮟られた。


 彼女もそれが村にとって大事なことを知っている。だから農作業も頑張った。ただ彼女は同年代の子供たちに比べて手際が良かったため、早くも自分に任されたところを終えたけど、遊びに行くとまた怒られることを知っていたため、いつも大人たちから身を隠せる場所へ向かった。


 村は危険でも採集と狩猟の出来る森と隣接していて、魔物除けの少し高めの柵を超えるとすぐ森に入れる。村の子供の中でもそれなりに身体能力の高いアヴェリーは問題なくその柵を超えられた。誰にもアヴェリーが策を超えて森へ向かった事実はばれてはない。


 アヴェリーは村の子供の中でもそれなりに隠密能力に長けているからだ。昼間は深いところへ行かない限り魔物は出てこないため、アヴェリーは自分の行動を危険だと思うこともなかった。彼女は村の中の子供の中でもそれなりに度胸があったからだ。


 大きな木の根っこのところにある窪みに寝っ転がり、アヴェリーは村の子供の中でもそれなりに豊富な想像力を使って色んなことを想像した。大きな猫の上に載って走る想像をする。蝶々の舞うお花畑ではしゃぐ想像をする。


 そうやって和やかな時間が過ぎていき、それなりにそれなりなアヴェリーでも油断をしてしまったのである。そう、彼女は眠りについてしまったのである。


 森の向こう側には海があった。大体三キロメートルほど離れている。ただ村人たちは海には近づかなかった。半魚人の縄張りだから。それを知っている村人たちは、夜行性の半魚人が村の中に入るのを阻止するため夜にも見回りをする。


 ただあくまで柵の内側からの見回りだ。子供から柵を超えて外へ出てはいけないときつくいい聞かされる。だから農作業を終えたアヴェリーの叔父と叔母は家に戻ってもアヴェリーが家にいないことに対して、すぐに諦めることにした。


 それは彼らにとっては当たり前の現実。自分から柵を超えて行くはずがないんだから、たまたまここら辺に現れた昼行性の魔物に食われたんだろうと、一応村長にアヴェリーが多分魔物に攫われて死んだはずど言って、彼女以外の被害者が現れないよう、村の警備体制を強化した方がいいのではないかと、一言だけ言った。


 別にアヴェリーは叔父と叔母、彼らの、自分より小さな子供たちとの間で仲が悪かったわけではない。ただ少し距離があっただけ。


 しかしこの世界の人間にとって、魔物がもたらす突然の喪失というのはとても身近にいるもので、どうしようもできないと一度起きてしまったら仕方ないと、早めに気持ちの整理をするのが慣わしなのだ。


 そして半魚人たちは、気持ちよく寝ていたアヴェリーを発見、攫ってそのまま住処へと戻る。途中で気が付いたアヴェリーは目を覚ました瞬間叫んだ。しかし夜になって間もない森には狼の遠吠え、狼の魔物の遠吠え、フクロウの鳴き声、フクロウの魔物の鳴き声、その他もろもろで煩かった。


 森が全然静かじゃない。そんな煩い森に少女の叫びは他の音にかき消されてしまった。もはや絶体絶命。


 その時、変質的なアオミノウミウシが現れ、村の子供の中でもそれなりにそれなりなアヴェリーを助けてしまったのは、アヴェリーにとって果たして幸運だったと言えるだろうか。


 いや、言えるだろう。死んでないんだから。


 ただここで問題。


 村人たちは誰も彼女を探すつもりはない。アヴェリーも村に戻れそうにないことを知っている。たかが三キロメートル、されど三キロメートル。その森を突っ切って村にたどり着くためには、森を住処にしている魔物たちと出くわすこと間違いなし。


 それに三キロメートルの森を実際に歩んでみたらわかることだが、方角を何らかの手段で知っておかないと一瞬で迷うことになる。一直線に進むと思っても、木々を避けているうちに曲がってしまう。結果、迷子になる。


 村の大人たちなら、もしくは熟練の狩人なら森を突っ切って村に戻ることも可能だ多野であろう。しかしアヴェリーは子供である。それなりにそれなりと言ってもたかが十歳にも満たない子供に、自力で村に戻るなんて不可能。


 例え自分を殺して食べようとしていた半魚人たちがなぜか全員死んでしまったとは言え、彼女にはどうしようもできない。


 ただ幸いなことに、グリタリアの南側は、例えるなら北アメリカの南側、フロリダ州のような気候で、季節は秋になって間もない。


 つまり、凍え死ぬことはない。それでも瞬時に状況を判断したアヴェリーは、自分がこのまま餓死する未来を想像し、真夜中の砂浜に座り込んで泣いてしまったのだが。


 ただ彼女はまだ自分の未来がここから大きく変わってしまうことを知らない。ここが彼女にとってのスタートラインだったのだと、後のアヴェリーは語るであろう。


 しかし今はまだその時にあらず。


 しばらく泣いてから落ち着きを戻したアヴェリーの目に入ったのは、月明かりに照らされ、腐った魚の匂いのする半魚人の死体。アヴェリーはその死体に近づいた。怖いもの見たさではない。死体を観察したいがために死体に近づいたわけでもない。


 彼らは獲物を持っている。何かしらの骨で出来た槍。これでお魚を取ればいいのではと、アヴェリーは考えた。ただ彼女にそういうスキルはない。動きもそんなに早いわけではない。ただ何をしないまま、餓死することを待つだけなんて、アヴェリーにとっては耐えがたいことであった。


 落ち着きのない子供は例え危険な状況だろうと何だろうと、総じて退屈を嫌う。行動をしないなんてことはしない。それは一通り行動をして疲れた後でいい。今は行動する時。


 と言っても彼女は別に夜目が聞くわけでもないため、槍を持って砂浜に戻り、酷く匂う半魚人たちから距離を取るよう、砂浜を少し歩いただけだが。


 そんないたいけな少女をストーキングしているウミウシが一匹。


 一応自分で何が出来るかを考えながら、見た目だけは美しい、そのアオミノウミウシは海の中で少女について移動した。見失わないように視線は少女に向けているまま。 


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