第183話 ヴィンセントも悩みます

『みぎゃー』


 保健室のカーテンが突如として不定形の怪物となり、エリックめがけて襲いかかってくる。

 この怪物を倒さなければ、ヴィンセントを幻から解き放つことができない。

 エリックは腰の剣を引き抜いて、友を救い出すために猛然と戦いに挑む。


「行くぞ、怪物! かかってこ……」


「『白日昇天ホワイトノヴァ』」


「あ……」


 そして、後ろにいたレイナが魔法を放った。

 白い光に包まれて……巨大な粘性体の怪物が消え去った。


「レイナ……」


「クラエル様、倒しましたよ」


「うん。まあ、そうですね……」


 何も問題はない。

 むしろ、仕事が早いことを褒めるべきだろう。


(ただ……何と言いましょうか、攻略キャラを雑に扱い過ぎなような気が……)


 もう、この子だけで良いんじゃないだろうか。

 可哀そうに、剣を抜いて魔物に立ち向かおうとしていたエリックは呆然として固まっている。

 今まさに剣を振るおうとしている奇妙な体勢のまま、とんでもなく間抜けに見えてしまう。


「えっと……エリック殿下? 大丈夫ですか……?」


「あ、ああ……バーン先生。それにレイナも……ありがとう」


「私は別に、そんなことよりも……フレイム先輩をみてあげなくて良いのですか?」


「そうだった……ヴィンセント!」


「……あ?」


 エリックが駆け寄ると……ヴィンセントはまさに夢から覚めたような表情をしている。

 幻から解き放たれて、真っ赤に染まった上下逆の保健室を見回した。


「俺は……いったい? ここは……保健室って、うおっ!?」


「ヴィンセント!」


 上からヴィンセントが降ってくる。上下反転した状態から解放されたらしい。

 エリックが慌てて受け止めようとして……そのまま潰された。


「ウッ……!」


「お、おいおい、エリック……俺の尻の下で何してるんだよ?」


「き、君が上から降ってきたんだろ……そんなことより!」


 エリックがヴィンセントの下から這い出して、上に向かって叫ぶ。

 頭上にあるベッドの傍らには、治療道具を手にした『彼女』が立っている。


「おい、君!」


「…………」


「君、返事をしてくれ!」


 エリックに呼びかけられて、『彼女』がどこか悲しそうな顔をする。

 そして……生徒会室の時のように、うっすらと姿が消えていく。


「答えてくれ! 君の、君の名は……!」


「…………」


「ああっ……!」


 エリックの問いに答えることなく、『彼女』は煙のように消えていった。


「クッ……また、ダメだったか……!」


「おい、エリック。説明しろよ。何がどうなってるんだ?」


 ヴィンセントがエリックの肩を掴んで、説明を求めてくる。


「どうして、アイツが消えたんだ? いや、そもそも、アイツはいったい……?」


「ヴィンセント、君も彼女の名前を知らないのか?」


「あ?」


 エリックがヴィンセントにこれまでの経緯について説明する。

 一通りの説明を聞いて、ヴィンセントは唖然とした表情になった。


「そういえば……確かに、俺はアイツの名前もクラスも知らねえな……」


「やっぱり、そうか……本当に彼女は何者なんだ……?」


 二人はしきりに首を傾げていた。

 この様子だと、他の二人の攻略キャラも『彼女』の正体は知らないのだろう。


「ウィル君とリューイ君もどこかにいるんでしょうね……おそらく、無事だとは思うのですが……」


「クラエル様、邪悪な気配が移動しました。そちらに行ってみますか?」


 レイナが袖を引っ張ってくる。

 どうやら、裏・学園は攻略キャラを傷つけるつもりはないようだ。

 もしかすると……幻影の中に閉じこめて、生命力的な物を奪っている可能性もあるが。


「行きましょう」


 とにかく……今は動くしかない。

 レイナの案内を受けて、四人は次の部屋を目指していった。

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