紙ですが魔王倒してきます

天竺葵

第1話 始まりはご都合主義で

「おい! 赤! 何やってんだ! その資材はそっちじゃねえって言っただろ!」

「す、すみません親方!」

ガタイのいいおっさんにどやされているのは色上質紙 赤である。

一応冒険者ギルドにはファイターで登録してある……が。

回ってくる仕事は大体、現場の力仕事である。

(ああ……俺が思ってたのと全然違うよなあ……)


赤は、子どもの頃森の中で強いファイターに助けられてからずっとファイターに憧れていた。

この世界では、体力は斤量(きんりょう)という紙の厚さで表されるのだが、その頃の赤はまだ10歳になろうかという少年、体力的には薄口相当だった。熊など出た日には、敵うわけがない。そこを助けてくれたのが特厚……いや、最厚はあろうかというファイターだった。

「早く帰れ! ここはガキの遊び場じゃねえ!」

そう言われるや否や、少年だった赤は一目散に森の外へ逃げていった。若干、チビっていたかもしれない。

父親も母親も、寝たきりの祖父や半ば認知症を発症しかけていた祖母までもが赤の様子を見て大変なことが起きたと察した。

「赤、あんた何があったの」

母親に問われ赤は答えた。

「森で、熊が、それで……」

もはや混乱でうまく話せる状態ではなかった。

「そういえばさっき、ファイターのオレンジさんが森に入っていったな……」

「ファイ、ター?」

「おう、魔物が出たとか言ってな。そうか、オレンジさんに助けてもらったのか……」

父親はそれなら安心だというような顔をしていた。

「おじさん、かっこよかった、ファイターって何!?」

急に目を輝かせて質問してきた赤に対し、父親が

「ファイターか、そりゃあかっこいい職業さ。魔物をこう、剣で……」

説明し始めたところを

「やめてちょうだい、この子がそんな危険な職業を目指したらどうするの」

と、母親が制した。

子どものことが心配なのは、母親の性であろうか。しかし、そんな母親の心配をよそに赤は強く心に誓っていた。

(いつかオレンジさんみたいなかっこいいファイターになる!)


しかし、現実は残酷である。

冒険者学校のファイタークラスに入り、修行を始めた赤であったが、剣術の腕は決して悪くはない。体力も、厚口までついた。ただ……大変な脳筋であった。

同級生はまともな冒険者になったり、剣術教室の師範になっていたりしていたが、赤は

「お前は絶対1人で冒険に出るな、絶対だぞ」

と卒業の時に念を押され、さらに

「おう! 伝説の0点青年!」

「そのあだ名やめてくださいよレモン先輩……」

そう、剣術教室師範の筆記試験で0点をとったと、悪い意味で伝説になっているくらい勉強が苦手なのだ。

どんなに体力があろうと、剣の腕がよかろうと、頭がからっきしでは魔物に突撃していって大怪我をして帰ってくるのがオチだ。

「いいじゃねえか、ここならお前の体力活かせるぞ」

レモン先輩に言われたものの、さっきの有様である。

「レモン先輩、俺がどれだけ頭悪いかわかってます? ただ力があるだけじゃ仕事にならないんです、さっきも親方にめっちゃどやされてたの見たでしょ……」

「自慢げに言うことでもないがな、まあ仕事なんて続けてりゃそのうち覚える。大丈夫だ!」

バシバシと肩を叩いてレモン先輩が言っているのもろくに頭に入っていない、赤はひたすら

(あー! 剣振り回して暴れてぇ!)

と思っていた。


「……点火! はい、火つきましたよ。次は何をします?」

「じゃあ灯りをお願いしようかしら」

「承知しました。……発光!」

ところ変わってこちらはマジシャンのキュリアス イリディセントの仕事場だ。今日は一般家庭で雑務をしていた。

マジシャン、と言っても手品師ではない。この世界のマジシャンは魔術師のことを指す。

赤の幼馴染で、冒険者学校ではマジシャンクラスで勉強をしていた。しかし、イリディセントはどちらかというと研究者気質で、冒険よりも魔法理論や歴史の本を読んでいる方が好きだった。魔力もそこまで高いわけでもなく、体力に至っては55kg、色上質で言うなら薄口相当。つまり10歳の時の赤と同程度だ。

なので、どこかのパーティーに入って戦うことはなく、街の便利屋さんのようになっていた。そもそも、冒険者学校に入ったのも赤が受験するから、というだけで本来なら研究者として勉強できる学力なら充分すぎるほどあった。どれだけの魔法学の専門学校から声がかかったことか。

(はぁ……やっぱり魔法の学校行って研究してた方がよかったなぁ……)

研究者の給料も決して高いとはいえず、他の国で研究をするような者も多かったが、それでも雑用ばかりしているくらいなら好きな研究をしたかったというのが本音のところだ。

(人の役に立つのも悪くはないけど、好きなことで役に立ちたかったなぁ)

と、ため息の毎日なのだった。


そして冒険者ギルドでは、凄腕ヒーラーと噂の青年がいた。ベルクール スノーホワイト、体力は95kg。

「はい、もう傷はきっちり治りましたからね。ただ、あまり無茶はなさらないように」

「ありがとうございます!」

「一歩間違えば致命傷でしたよ、お仲間が連れ帰ってきてくれてよかったですね」

口ではこんなことを言っているが、内心では

(こいつ、僕が治せませんって言ったらどんな顔したんだろうな……くくっ)

などと思っている、ちょっとサイコ気味な性格であった。また、あまりにも凄腕凄腕ともてはやされていたので、多少自分に酔っている風でもあった。

(もっと無茶苦茶な大怪我した冒険者が来ないものかねぇ。僕の力がどれだけ通用するか試してみたいものだよ)

調子に乗っていると火傷するぞ、とつっこみたくなるくらい増長していた。


「はいよっと開いた!」

こちらには鍵をなくした極度のドジの奥さんの前で、こちらは鮮やかに家の鍵を開けてみせるシーフ、コミックポップ チェリーだ。体力は90kg、しかしシーフなだけあり身軽であった。

「奥さん、また合鍵職人のところ行かなきゃいけないじゃないですか……今月いくつめですか?」

チェリーの問いかけに奥さんは呑気に

「えーと、10……11? 少なくとも2桁だったはずねえ」

などと答えていた。

はぁ、とため息をつき、

「まあおいらとしては仕事があるのは有難いですけど……旦那さんに怒られませんか?」

と問うも奥さんは

「んー、もう呆れられてる!」

とこれまた呑気に言うのであった。

「じゃあおいらは帰りますけど……何か対策した方がいいですよ……」

正直チェリーは飽き飽きしていた。

家の扉の鍵や開かなくなった金庫、そんなものばかり開錠していたからだ。

(もっとなんていうか、宝箱の鍵とかさ……そういうのを開けたいんだよ僕は。とはいえ僕1人でダンジョンに行くのは無謀だしなあ)


ある日、現状に不満を抱いていた青年たちの日々が大きく変わる出来事が起きた。

ギルドの掲示板にでかでかと、

「魔王討伐」

とはりだされたのだ。

当然赤が食いつかないわけがない。

「お、俺これぜってー行く! ……でも1人で冒険行くなって言われてるしな……っと、ちょうどいいところに! おーい、イリディセント!」

あまりに大声で呼ばれたので跳ね上がらんばかりに驚きながらイリディセントは赤の元に向かった。

「なあ、これ! 魔王討伐! 行こうぜ!」

「え、でも僕、家に帰って魔法理論の本を……」

「俺1人じゃ冒険行かせてもらえねーんだよ! 頼む! 後生だから! お前頭いいだろ! お前となら行かせてもらえるかもしれねーから!」

あまりにも必死に頼みこまれ、嫌だ、とは言えなくなってしまった。しかし。

「あのさあ、こういう冒険ってヒーラーとかいるんじゃないの? 僕、怪我の治療できないよ? 包帯の巻き方すら学校では教わってないんだし……」

「あー……」

赤ががっくりと肩を落としていると、後ろから声がした。

「ヒーラーが、ご入用かな?」

「おうっ!? 誰だあんた?」

「僕はベルクール スノーホワイトさ、スノーホワイトと呼んでくれ。この辺りではなかなか名の通ったヒーラーだと思っていたが……そうか知られていなかったか」

どうせ俺は冒険に出てねえからな、と赤は多少の腹立ちは覚えたが、この際だ。頼まない手はない。

「俺はファイターの色上質紙 赤。赤でいいよ。こいつはキュリアス イリディセント。マジシャンだ。あんたみたいな凄腕ヒーラーがいてくれたら心強いんだが……」

うまいことおだてて引きずり込んでしまおう、などとない頭を使って赤は考えた。

「構わないけど……条件がある」

「なんだ? 金ならないぞ。俺は日雇いの肉体労働者だからな」

ちちち、と顔の前で指を振り、スノーホワイトは答えた。

「盛大に怪我をしてくれ!」

赤とイリディセントは、2人揃って

「……は?」

とつい間抜け面で聞き返してしまう。

「僕はね、自分がどれだけひどい怪我を治せるのか、その力を試したいんだよ! なので是非とも盛大に怪我をしてほしい!」

高らかに宣言され、

「おい、こいつやばくないか……?」

「いや、でも力借りないと赤、冒険行けないよ?」

ひそひそと言い合いつつも覚悟を決めたようだ。

「交渉成立だ。よろしく頼む」

赤とスノーホワイトはかたく握手を交わした。


さて、その夜3人は酒場で作戦会議をしていた。

「ファイター、マジシャン、ヒーラーと揃ったのはいいが、もしダンジョンで罠でもあったらどうする?」

「シーフが必要なんじゃないかな‥‥でもそんな心当たりはないな、他クラスとの交流はあまりなかったから」

「それはお前がずっと図書館で本読んでたからだろ、とはいえ俺にも心当たりはない」

胸を張る赤にスノーホワイトは半ば呆れていたが、

「僕のところにもシーフは来たことがないね、彼らは無謀なことをしないから大怪我をすることがない」

思案に暮れる表情を作った。

その様子をちらちらと横目で見ている青年がいる。

「なんだあいつ? やたらこっち見てるけど……」

「僕ノンケなんだけど……」

「いや、そういうことではなさそうだよ、ちょっと待っていればきっと……」

ものの1分するかしないかといううちに、青年は3人に声をかけてきた。

「すんません、そちらさん冒険者のパーティの方で?」

「ほら。そうだよ、僕たちはファイター、マジシャン、ヒーラーのパーティーだが…‥君は?」

「ああ神様! 仏様! ご先祖様! なんということだ!」

なんだこいつ、という顔を3人に向けられ、はっ、と気づいたように青年は自己紹介を始めた。

「おいらね、シーフのコミックポップ チェリーってんですけど、最近家やら金庫やらの鍵開けばっかで飽き飽きしてたんすよ。ここらでね、ドカンとでかいお宝でもぶち当て……えーと」

相変わらずの怪訝そうな顔に、あー……と呟いた後、こほん、と咳払いし

「もしよかったら、罠の類はおいらに任せてくれませんかね? 一応ちゃんと学校は出てるんで。次席で」

次席という言葉にスノーホワイトはプライドを刺激されたようにふぅん、と答えた後

「僕は主席だが、まあ僕たちもちょうどシーフを必要とし……」

「ありがてえ!」

マウントを取られたことも意に介さず、チェリーはスノーホワイトの手を取り握りしめた。

「君、人の話を……」

「聞いてましたよ主席なんですよね! すごいっすよ! それより結成祝いしませんか!? 酒なら奢るんで! もう大変なドジの奥さんのおかげで今月稼ぎいいんすよ!」

それより、と言われ顔をひきつらせつつスノーホワイトは

「有難く、いただこうか」

極めて冷静を装いながら答えた。

かくて、大変ご都合主義的に流れるようにパーティーは結成された。

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