第27話 戦争終結からの領地へ直帰
あれからロドロアの降伏は恙無く受け入れられ、サンダーツ以外は被害無しで戦争を終結することが出来た。
他の町や村も同様に降伏に同意するという旨の手紙が届き、もう戦いは起きないだろうというところまで漕ぎつけ漸く帰れる状態へとなった。
兵も大半は帰ったし、住人もハンターも何事もなく無事。
想定していた中でも最も被害が少ないという状況に収まって深く安堵を覚えた。
後はルシータちゃんを保護してあげればいいだけだ。
そう思って彼女に視線を向ければ、とことことエメリアーナの方へと歩き寄っていた。
「エメリアお姉ちゃん……」
「どうしたの、シータ」
ギュッと服を掴んで見上げるルシータをニマニマと嬉しそうに見下ろすエメリアーナ。
お姉ちゃんと呼ばれるのが嬉しいらしい。いつの間にか愛称で呼ぶ様になっていた。
だが、続く言葉に笑みが消える。
「お爺様、どうしても死ななきゃダメなの……?」
悲し気に問うルシータに何と返して良いのかわからずこちらに助けを求める視線を向けるエメリアーナ。
仕方ない、と僕は彼女の前で屈み視線を合わせた。
「ルシータ、よく聞くんだ。納得なんて出来ないだろうが知っておいて欲しい」
と、この国の法律には家の全員が負う程に重い罪というものがある事を説明した。
ルシータの父親がその重い罪を犯してキミのお爺様に押し付けた。
キミは未成年だから罪に問われないだけなのだ、と。
「リヒト!? まだ小さい子になんて話してんのよ!!」
キッと睨みつけられるが、ルシータは背丈は低めだがそれほど幼くはない。
エメリアーナの一つ下だ。もう十分教えていく年齢である。
侯爵家の娘なので習っているかもしれないが、そういう事をしてしまえば実際にそうなるという事も知って貰うべきだ。
「本人の為を想うならこういうのは早めに教えていくべきだ。
ロドロア候が教えきれなかったからこそルシータのお父さんは間違いを犯したんだ」
「そっか……やっぱり悪いのお父様なんだ」と険のある瞳をのぞかせるルシータ。
「ああ。だがキミのお爺様はとても立派な人だよ。子育てには向いてなかったみたいだけどね」
「それはわかります。お爺様、子供に甘々なので……
よくお姉様に苛められた時お爺様が助けてくれたけど、お爺様はお姉様も可愛いから叱れないって。私はお父様とお母様に一杯叱られるのに……」
やはり、ちゃんと見ているな。
黙って観察してばかりの子だけど、表情はコロコロ変わる。
それ故にしっかり相手を見ている事が窺えた。
父親が罪人なのだと告げるのは少し不安があったが、ルシータの顔を見る限り『やっぱりか』程度な面持ちだった。
お爺様が立派だと言えば誇らしそうにしていたので、彼女の中ではそういう評価なのだろう。
「今度からは僕らがルシータを助けるからな。キミのお爺様との話は聞いていただろ?」
もう何度か伝えているが、やっぱり不安そうな視線を返された。
だが、もうロドロア候や分家の者たちは罪人として皇都へと連れていかれてしまっている。
早く受け入れて貰えないとお互いに負担になってしまうから距離を詰めたいところだ。
「うん……いいの?」と、恐る恐る見上げる彼女に返事を返そうとしたら横入りされて言葉が止まる。
「いいに決まってるでしょ! 私はシータのお姉ちゃんだもの!!」
と、ギュっと抱きしめるエメリアーナにルシータも安心した様に身を委ねる。
僕もそんな彼女に「僕にも頼っていいんだからな」と優しく告げた。
こうして僕らはルシータを連れてハインフィードへと帰還したのであった。
墓守という立ち位置を盾に使い、領地防衛の為と直接領地へと戻ってきた僕らをリーエルが先頭に立って出迎えてくれた。
「リヒト様ぁぁぁぁ!」と、顔を合わせて早々に飛びついてくるリーエルを抱き止め、僕も彼女をギュッと抱きしめる。
「ただいま、リーエル。会いたかった」
「私もですぅぅ」と、抱き着く力を強めて身を預けるリーエル。
そんな彼女を抱いたままにルシータの事を紹介する。
「この子はルシータ・ロドロア。侯爵の最後の願いとして託され面倒を見る事を了承した。
その、ハインフィード家の養子に入れられたら嬉しいんだけど……ダメかな?」
「その、問題が無いなら全然構いませんが……ってリヒト様がそう言うなら大丈夫ですよね」
と、何故か何でも完璧に熟すと勘違いしているリーエル。だが、これは流石に聞いてある。
サイレス候も、降伏の条件でもあったならばもう間違い無いと言っていたので大丈夫と頷く。
「ふふふ、ではルシータちゃんはうちの子ですね。
私はリーエル・ハインフィードです。宜しくお願いしますね」
ニコニコとパーフェクトスマイルを決めて屈んでルシータに話しかける。
「シータ、聞きなさい! 私のお姉様よ! 凄いでしょ!?」
「お姉ちゃんのお姉ちゃん?」
「そうですよぉ。リーエルお姉ちゃんです」
二人は両側からルシータの手を繋いで中へと案内する。
先ずは旅の疲れを癒そうとお風呂に入り、まだ早いがそのまま晩ご飯にした。
それと同時に何があったのかを全て隠さずに話しミリアリア嬢やカール、ハインフィードの者にも全員にルシータの境遇を知って貰った。
まあミリアリア嬢には言う必要は無いが、サイレス候に明かしているので隠す必要も無い。
「事後報告ですまないが、家の名で誓い自立するまでは僕が生活の補助をすると決めた。
もうリーエルには許可を貰っている。その理由は先ほど説明した通りだ。
皆も良くして上げてくれると嬉しい」
そう伝えれば、彼女への同情からか戦争の早期終結という理由からか、誰も異論のある顔は見せなかった。
皆ルシータにニコニコと笑みを浮かべて自己紹介を行った後、ミリアリア嬢が口を開いた。
「あれ、という事は私、もしかして皇太子妃確定なのですか……?」
と、ミリアリア嬢が戦功の状況を知りそう口にする。
「うん。サンダーツは僕らで崩壊させたら勝手に帰ったみたいだしもう間違いないんじゃない。
あれっ、もしかして余計なお世話だった?」
「いいえ! ありがとうございます!
ふふふ、権威とお金はあるのだから商会の運用とかなら簡単にやれそうね……」
何やらミリアリア嬢の淑女感が薄れていっている気がするが、こちらの都合を通して喜んでもらえたなら何よりだ。
「アリアちゃんもやっぱり楽しめたみたいで、私たちも結構頑張ったんですよ?」
そうしてリーエルからお仕事の進捗を報告され、それがかなり長時間に渡った。
というのも途中ミリアリア嬢が補足を入れ、それにリーエルが補足を入れてキャッキャするので中々進まないのである。
それでもやった仕事量はかなりもの。
道の舗装はもう殆ど手放しでいけるくらいだそうで、銭湯の方ももう運用可能状態。
次は闘技場。というか多目的ホールの様なものを作る為の計画に動き出しているという新規の話を聞いた。
多目的ホールならいろんな人に興味を持って貰えるので色々な商会長と話して知恵を貰ったりしつつ詰めている状態なのだとか。
領地の活性化という名目での事なので安く借し出す予定であったり、広告塔としても使える様にと考えている為か、商会長たちも乗り気な所が多いそうだ。
舗装作業の人員募集もかなり人が集まっていて、普通に給与も良いのに毎日タダで美味しい外食の様な飯が食えると僕の商会の賄い部隊が凄い好評らしい。
次は学校を作りたいと思っているそうだが、こっちは教師の当てが無く困っているそうだ。
カールからは衛兵の方もある程度は許せるレベルになってきたと報告を受けた。
人を増やしつつ衛兵内の罪人の検挙を行った様だ。
身内が続々と捕まった事で漸く自分たちも捕まるということを理解し始めたらしい。
後は僕の商会の瓶製造の業務用魔道具の増設が完了したところだとか。
そっちはまだ人員が居ないらしいのでこれからだ。
「ただ、すみません。貧民街の方は殆ど進んでないんですよね……」
「いや、無理に急ぐ必要は無いよ。そっちは元々僕担当だしね。騎士団の方は大丈夫?」
と、尋ねたが、遠征直後に出てそれほど経ってないので特に何も無いそうだ。
「がはは! 出立前にみっちりやりましたからなぁ!
遠征はもう少し後でしょうからその時また減らしてきますのでお任せくだされ!」
「いや、戦争に出たんだから休んでよ。休暇とご褒美も出すからさ」
「はぁ? そんなに休みばっかり与えられても困るんだけど!?」
と、こちらに強い視線を向けるエメリアーナ。
ええぇ、戦争帰りに休みを与えようとして文句を言われましても……
まあ、キミらにとっては不完全燃焼だったのもわかるけども。
「どちらにしても報酬は出すし、休みも欲しければ取って。無理しないようにね。
あと、学校の方なんだけど、最初から高度な事をやろうとしなくていいよ。
一般的に使うレベルの文字と算術は普通にできる人が居るでしょ?
あとは法律や歴史、地理程度ならばリーエルが教本作って誰かに読ませればいいだけだから」
「えっ!? 教本を私が作るのですか!?」と驚くリーエルだが、実際彼女の作る書類はもう教科書以上の丁寧さなのだ。
それならば読み聞かせるだけでも十分意味があるほどだ。
まあ、現存する教本を買ってもいいのだが、大切な教育機関のもの。
より理解し易い書き方ができる者が作る方が妥当と言える。
「いや、普通に教本に書いてある事を理解しやすい様に書き直してくれればいいだけだよ。
ゆっくり時間を掛けていいんだから三冊程度ならそれほど大変じゃないでしょ?」
彼女の書き上げる速度は尋常じゃない。
舗装事業の方が落ち着きを見せた今、時間は普通に取れるだろう。
教本で覚えた知識を本に纏めるのは権利関係で文句は言われないから元を作ってしまえば写本させればいい。
今は領地改革に時間を多く取れる程に人が居る。
カールたちが育ててくれてもいる人材が育ってきているので先を見ても心配が無い状態だ。
「あっ、内容は学院の教本から持ってくればいいだけでしたね。
確かに。学院の教師も基本的には黒板に書いて読んで聞かせるだけですものね……」
むふぅ、と鼻息荒く頑張るぞのポーズをしているので、無理しないでよと言い聞かせる。
「それと、そろそろ回復薬の方を売りに出そうと思う。
そっちを軌道に乗せれば商会の金で商売を増やせるから、出資も無くなるし勝手にやって貰える様になれば楽だしね」
「えっ……それでよろしいんですの?」と問うミリアリア嬢。
「いやいや、普通は領民が自分で商会を立ち上げて商売するものだよ?
今回、僕らは町の活性化を目的に出資して案を出しただけの話。
だから走り出して成功したら自分たちで広げていって貰わないとね」
影の商会長は僕なので幾らでも指示を出せる立場にはいるが、薬そのものはハインフィード家から卸すことにしているので、金銭的にも儲けが分けられている。
だから彼らも瓶作りや薬草栽培で得た利益ならば僕に遠慮する必要はないのだ。
瓶作成や詰め替え、配送などの儲けも商会のものでいい。
レイヒムを商会長にしているので、大本を齎した報いにもなるし丁度いい。
後払いだった金貨三十枚は支払ったとはいえ、それじゃ全然足りないくらいだったからな。
「ああ、なるほど……?」と勝手にやって貰うというスタンスで広がるのでしょうか、と疑問を浮かべながらの納得を見せていた。
確かに何処の町も実際既存の物ばかりだから新しい物ってなると難しそうだな。
既存の物はもう大抵あるし、何か新しい事をといきなり言っても厳しいのかもしれない。
外国とか回って色々見てくると参考になりそうだ。
うん、そこは追々考えよう。
「そろそろ景気の方も上がってきてくれるといいんだけど……
そっちは回復薬を売り出して暫くしないとダメかな?」
と、カールに問いかける。
「そうですね。大勢に給与を出して数か月は経ってますから、多少は上がっている筈ですがまだ体感するほどではないでしょう。
ただ、回復薬の売り出しが軌道に乗ればまず間違いありませんね」
そう言って彼は珍しくニヤリと笑う。
心配していた教会の件は、薬効を抑えた上で国で権利も支えて貰える事になり、ある程度の安心を持てるようになったことで『これは面白い事になりそうです』と珍しくもカールが楽しそうに皮算用して遊んでいたくらいだからな。
「あの、少し話は変わるのですが……リヒトさんはどうやってそこまで学ばれたのですか?」
と、ミリアリア嬢が問いかけ、興味深そうに皆からの視線を受けた。
「いや、グランデの書庫と王都の図書館の本かな。めぼしいのは殆ど読んだよ。
あとはカールとかうちの家令とかもう話しているだけで勉強になるから、その環境かな?」
「ふふ、その程度の環境でそこまで行けるのはリヒト様くらいですがね」
確かに……強い目的意識が無いとそれほど頭に入らないかもな。
僕が最初に学ぼうと強く思ったのは母上に泣きながら謝られたからだし。
病気の体に生んでしまってごめんなさい、と。
母を泣かせたくない、病をどうにか治したい、と強いモチベーションになったんだよな。
そうした強い目的意識があると、普通に読むんじゃなくて読みながら考える様になる。
正しいのか、間違いなのか、応用は、発展は、それが何かしら治療に繋がらないか、と。
そうした考えを持っていると、歴史の本を読んで発明の発想が出たりする時もあるくらいに考え方が広がる。
「とまあ、そんな感じ。怪我の功名だね。
魔力も増えたし、過負荷膨張も結果的に見ると悪い事ばかりでもなかったな」
ふわぁぁ、と心ここに在らずと言わんばかりの気の抜けた声がリーエルから響く。
「少し安心しましたわ。研鑽をし続けた努力の結果であれば納得ですもの」
と、ミリアリア嬢が微笑み頷く。自分も頑張ろうと。
「そ、そう言えば学院には何時から戻ればいいんだろう……
論功行賞とやらもいつやるのか気になるしなぁ」
何故か持ち上げられまくるので頑張って話題を変えてみると、戦争の労いなら半年以内で調整してくる筈だとカールが言う。
あまり待たせると、力の無い領地はそれだけで借金という形で圧迫されるからだそうだ。
今回は被害が少ないから凡そ大丈夫とはいえ、それでも臣下から今後の目安にはされるので大変でも慣例に沿うだろうとのこと。
「リヒト様の現状を想えば復学もそれほど急ぐ必要もありません。
戦争に出た、というだけでも英雄的立ち位置になり易いくらいですから」
「あぁぁ……そうなのか。
注目された時に良い思い出が無いからか、どうしても面倒に感じるな。
貴族的にとってはそれも仕事だし宜しくないのはわかっているんだけど」
そうカールに返せば「勿体ないのでこれを機に直しましょう」と克服を促され何故かリーエルやエメリアーナまでそれに乗っかって賛成の意を示す。
「まあ、できるだけ、ね……
そうだ! ライアン殿、武器防具は足りてる? 古いのはもう捨ててくれた?」
「えっ!? 捨てるんですかい!? そうなると流石に足りやせんが……」
「よし、買おう! 言っておくけどあれは使いすぎだからね?
買い直すのも自分たちでやる必要は無いんだからね!?
確かにポンポン買い換えられる物じゃないけど、新兵も続々と増えている事だし先輩としてカッコイイ恰好しとこう」
そう言って新たに百セット買う事にした。
前回の見積もりと同じだからほぼ仕事は無い。
そうして話しているとカールが言い難そうに口を開いた。
「えー、まだ一応余裕はありますが、このペースで使うと近いうちに予算が尽きます」
「ああ、そうか。バンバン使えたのはリーエルたちが頑張って節約したのを家令の方から取り返してバーンと金が入ってきたからだもんな。
わかった。装備の発注は必要な物なのでするが、そろそろ融資関係はやめておこうか」
うん、稼ぎの火種は作れている。
というか回復薬の製造、販売を広げていくだけで大丈夫だろう。あれは領地の利権として扱っていい状態まで持っていけたからな。
ただ、絶対にこけないなんて保証はないので見込みでの借り入れなどはするべきじゃない。
当面は手掛けたもので稼ぎを上げていく形だな。
ああ、いや……僕らは商人じゃなかった。
税収を待てばそれで済むか。大分増えるだろうからな。
そう話を纏めて長くなりすぎた夕食後のいつもの報告会を終了したのだが……
「あっ、最後に一つ宜しいですか。
ご当主様からお手紙が来ておりますのでそれには目を通しておいてくださいね」
と、カールから声が掛かり何やらソワソワした様子を見せるリーエル。
何だろうか、と執務室に向かい父上からの手紙を手に取る。
目を通していくと、婚約披露パーティーはまだしないのか、という催促の手紙だった。
あっ……そうだった。
病気が治った事は僕が立ち位置を確立するまで隠す、的な感じで話が流れていたんだったな。
確かにもう必要ない。治った事など大々的に広まっている。
一応、陛下の名指しだから貴族院の登録は終わっているが、リーエルの為にもやらなきゃな。
まあ僕も『リーエルは僕の婚約者だ』とちゃんとお披露目したいし。
そう思っていると、ちらちらと扉の陰からリーエルがこちらを伺っている。
そうか。
ここに置いてあって封が切られていたんだからリーエルも見てるよな。
「あぁ! 早く父上に手紙を返さなきゃなぁ! 手紙書くのが得意な人いないかなぁ?」
と、わざとらしく言えばちょこちょこと入ってきて執務机にちょこんと座るリーエル。
「お披露目、しようね?」
「はいっ!」
そう一言返すだけで、スラスラスラっと凄い速さで手紙が出来上がっていく。
いつ見ても本当に早いな、と感心しているとあっという間に「できました!」と声が返る。
それを一緒に確認して畳んで封筒に仕舞い、僕の魔法印で蝋印を押し手紙差出の箱に入れる。
「ダンスも、練習しなきゃね?」と、膝を付いてリーエルの手を取る。
「あっ……私、そっちの練習してません」
「あはは、大丈夫。僕もだから。だからさ……一杯、しようね?」
と、手を取ったまま立ち上がり腰を引き寄せて密着し、顔を近づけて囁く様に告げてみる。
「は、はいぃ……練習も楽しみです」
と、真っ赤な顔で上目遣いで見上げるリーエルが可愛すぎて離れられず、踊るでもなく長いこと僕らは片手を背に片手を繋いで密着し続けた。
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