第28話 気を抜いたら駄目だよ

 切り落とされた黒瘴こくしょう狼の頭がゴトリと落ちる。しかし、その断面には紅の炎が纏わりついているためか、血は吹き出ない。


 そしてそれを為したのは、ローズだ。炎を纏わせた“ブレイブドライグ”を構えている。


「ローズ、どうしてここにっ?」

「一緒に戦うって言ったでしょ! 子供たちが逃げられるまでの時間は私とホムラ君、二人で稼ぐの! 隣は任せたわよ!」


 ローズはニィッと笑い、ギラギラと闘志を燃やす黄金の瞳で僕を射抜く。その眩しさに、僕は頬を緩ませた。


「二人で最強だったね。なら、時間を稼ぐどころか、ヴィクトリアさんが来るまでに倒しちゃおうよ!」

「いいわね、それ!」


 軽口を叩きあいながら、僕とローズは黒瘴こくしょう狼たちへと剣を向けた。


「ガキどもがッ! お前たち、全力で暴れなさい! 壊しつくすのよ!!」

「「アオォオオン!!」」

「シャアアアッ!」


 黒瘴こくしょう狼二体と黒瘴こくしょう獅子が咆えれば、百を超える雷と炎の矢が四方八方へと放たれた。


「ホムラ君、私の後ろに!」


 走りながらローズが〝竜鱗〟を発動し、雷と炎の矢を防ぐ。だが、四方八方に放たれたそれらは、ショッピングモールの壁を、柱を、天井を打ち抜き、破壊した。


 瓦礫が落ちてくる。黒瘴こくしょう狼たちはショッピングモールを破壊するつもりだ。子供たちがまだ逃げきれていないのに、それは困る。


 その瓦礫を避けながら、ローズと僕は黒瘴こくしょう狼たちへと駆けだす。


「アナタたちの相手は私たちよっ!」

「よそ見しないで!」


 僕は“焔月”を、ローズは“ブレイブドライグ”を振るう。黒瘴こくしょう狼たちは、ショッピングモールの破壊を中断し、僕たちの攻撃を避けて距離を取った。


 ローズがそのまま黒瘴こくしょう狼たちへと連撃を繰り出し。


「≪刹那の栄光オーバー・クロック≫」


 僕も黒瘴こくしょう狼たちに連撃を与えるとみせかけて、ほんの一瞬、出力を五パーセントほどまでに抑えて≪刹那の栄光オーバー・クロック≫を発動し、セラムたちの背後に回った。


「面倒だから眠ってて」

「いつの間にッ!?」

「なっ!?」


 鞘に納めたまま“焔月”を振るい、セラムとアラムを気絶させる。テレポートの力も黒瘴獣こくしょうじゅうたちを支配する精神操作の力も厄介だからね。


 用意していた紐で二人を縛り上げ、ショッピングモールの隅に放り投げておく。


 そして〝瞬光駆動フラッシュドライブ〟で一気に距離をつめ、黒瘴こくしょう獅子の爪撃を防いだローズの背後を狙った黒瘴こくしょう狼二体の爪撃をいなす。


 本格的な戦いが始まる。


「グッ」

「ホムラ君っ!」

「大丈夫! 僕を信じて!」


 黒瘴こくしょう狼二体と黒瘴こくしょう獅子一体。合計三体の攻撃を僕が全ていなす。ヘイトを集め、攻撃を躱して流す。戦況を誘導していく。


 薄氷を履むが如く、少しでもミスれば僕の命の灯はかき消える。されど、僕には鼠人族が無数の失敗と命の果てに積み上げた技術がある。そしてローズがいる。


 だから、僕の命の灯は決して消えない。高だかDランクとCランクの黒瘴獣こくしょうじゅう如きの攻撃など、全てさばききり、誘導してみせる!


「シッ」

「「ガルッ!?」」


 挟む込むように攻撃してきた黒瘴こくしょう狼に、僕はニィッと笑いて“鬼鈴”を鳴らし“焔月”で攻撃を逸らす。


 黒瘴こくしょう狼の攻撃の向きベクトルを少し変え、両者を衝突させようとする。


 流石は身体能力の高い黒瘴こくしょう狼。衝突する直前で踏みとどまるが、隙が生まれた。


「ハアァアア!!」

「「ガァアアっ!?」」


 〝竜翼〟で飛翔するローズはグッと“ブレイブドライグ”を握りしめ、煌々と燃え上がる炎を纏わせる。


 そして黒瘴こくしょう狼たちに“ブレイブドライグ”を振り下ろす。致命傷は避けたが、黒瘴こくしょう狼二体は傷を負った。


 ≪刹那の栄光オーバー・クロック≫を使わない限り、僕の“焔月”では黒瘴こくしょう狼たちに致命傷を与えられない。


 霊力が足りないからだ。


 けど、ローズは違う。


 〝竜翼〟による最高飛翔速度は秒速二百メートルを超える。そこに摂氏二千度を優に超える≪イグニス≫の炎と、ここ一ヵ月で急激に成長した剛の剣技、そしてAランクの霊力が加わる。


 Dランクの黒瘴こくしょう狼はもちろん、Cランクの黒瘴こくしょう獅子でも致命傷を負う可能性さえあるのだ。


「ホムラ君!」

「ローズ!」


 ローズと共闘するのは今日が初めてであるがゆえに、最初はちょっとぎこちなかった。危ない場面も多かった。


 けれど、僕たちは一ヵ月以上も一緒に鍛錬を続けてきた。互いの剣と異能を知り、互いの強みと弱みを知ってきた。


 言葉一つで、互いに意志疎通ができるほど。いや、言葉すらもいらない。


 一撃、一秒を重ねるごとに、僕たちの連携は高まっていく。僕たちの強さを想像以上に引き出すことができる。


「シャア!!」

「灰鉄流――木葉流し」


 まるで時速百キロメートルを超える自動車のよう。その黒瘴こくしょう獅子の速く重く鋭い爪撃は、しかし僕の前では木葉のように軽い。


 手首を捻り、“焔月”を爪撃に滑らせれば、冗談のように攻撃が横へと逸れていく。黒瘴こくしょう獅子は体勢を崩す。


 “焔月”を納刀しながら黒瘴こくしょう獅子の横を〝瞬光駆動フラッシュドライブ〟で駆け抜け、飛翔しているローズへ極太の雷を放とうとした二体の黒瘴こくしょう狼の前に踏み込み。


「灰鉄流――烈風斬」

「「ガゥウウァア!!」」


 周りの空気を絡めとるように抜刀し、その衝撃波を黒瘴こくしょう狼二体に叩きつける。威力自体は低いものの、その衝撃波は三メートルの巨体を浮かせるほど。


 一体の黒瘴こくしょう狼はギリギリ耐えたが、もう一体の黒瘴こくしょう狼は空中へと吹き飛ぶ。


「紅蓮流奥義――覇竜斬はりゅうざんッッ!!」


 その進行方向に待ち構えていたローズが、炎を纏わせた“ブレイブドライグ”を大きく振り下ろす。


 両断、とはいかなかったものの、黒瘴こくしょう狼の胸が大きく切り裂かれ、血を噴き上げながら倒れる。心臓はもう動かない。


 二体目、撃破。


「ガウッ!!」

「チッ」


 黒瘴こくしょう狼が雷を纏って僕に襲い掛かる。そのスピードもだけど、動きが厄介だ。まるで、僕とローズを引き離すように、攻撃してくる。


 それと同時に、黒瘴こくしょう獅子が大きく咆え、飛翔するローズに向かって炎のなみを放つ。


「シャアアアア!!」

「喰らいなさい、〝炎竜の大顎ドライグファング〟!!」


 ローズは“レーヴァテイン”の≪イグニス≫で二本の大きな牙を持った炎の竜のあぎと、〝炎竜の大顎ドライグファング〟を作り出し、炎の浪を食らいつくさせた。


 そのまま〝炎竜の大顎ドライグファング〟は黒瘴こくしょう獅子へと襲い掛かる。


 黒瘴こくしょう獅子は慌てることなく、もう一度炎を浪を生み出して放つ。その炎は先ほどとは違い、黒い。黒瘴気こくしょうきが大量に込められているのだろう。


 だからその威力は先ほどと比べ物にならない。


「シャアアアアア!!」

「ここ一ヵ月、≪イグニス≫の鍛錬も重ねてたのよ!!」


 炎の浪と〝炎竜の大顎ドライグファング〟がぶつかり、拮抗。黒炎と紅炎がせめぎ合う。


 それを横目に僕は雷を纏った黒瘴こくしょう狼に向かって“焔月”を投げる。


「セイッ!」

「ガウッ!?」


 まさか僕が“焔月”を投げるとは思っていなかったのだろう。驚きと警戒から、黒瘴こくしょう狼は必要以上に大きく回避行動をとった。


 残念。前足で叩き落とせばよかったのに。


「炎は我が手に! 〝炎妃の威光フレイムエンプレス〟!!」

「シャアゥ!?」


 ローズがそう叫べば、〝炎竜の大顎ドライグファング〟が倍に大きくなり、黒炎の浪を飲みこむ。そして黒炎を纏った。


「轟かせなさい――」


 黒炎を纏った炎の竜の顎は大きく口を開け、膨大な炎を口元に集める。


 その炎は高温故に、空気を燃やし熱膨張が音速を超えた事によって強力な衝撃波を生み出し、その衝撃波が更に衝撃波を生む。


 その生まれた衝撃波を炎で絡めとり。


「〝炎竜の咆哮ドライグデトネーション〟!!」

「ガゥウウァアッッ!?!?」


 まるで竜のブレスのような極太の火炎を、大きく回避行動をとって隙を晒す黒瘴こくしょう狼へと放った。


 黒瘴こくしょう狼は消し炭にされて消える。肉体すら残らないほどの威力だった。


「グッ」


 〝竜翼〟が消えローズは落ちる。どうにか受け身を取ったようだけど、霊力が尽きているせいか、それとも落下の痛みのせいか、ローズは起き上がらない。


「ふぅ」


 僕は駆け寄りたい衝動を抑え、“焔月”を納刀し深呼吸した。


「シャア……」


 主に自分たちに攻撃をしていたのがローズだったがために、そして黒瘴こくしょう狼を消し炭にした〝炎竜の咆哮ドライグデトネーション〟の威力を見てしまったがために、黒瘴こくしょう獅子はローズが倒れた事で気を抜いてしまっていた。


 僕の存在も忘れて。


「≪刹那の栄光オーバー・クロック≫」


 ローズが作り出したこのチャンスを無駄にするな! 全てをこの時に懸けろ!


 今出せる最大出力の十パーセントを……いや! それ以上の出力で! 黒瘴こくしょう竜の翼を斬った時を思い出せ!


 あの時、僕は最大出力を超えたはずだ! 音よりももっと速く駆けたはずだ!!


「ハァアア!!」

「!?」


 黒瘴こくしょう獅子が慌てて眼前に炎の壁を作り出すが、そんなの無意味だ。


 音速を優に超え、刹那に踏み込んだ僕は抜刀し。


「灰鉄流奥義――雷斬ッ!!」


 炎の壁ごと、黒瘴こくしょう獅子の胸を、肉を、骨を、心臓を切り裂いた。


「シャ……」


 黒瘴こくしょう獅子は血しぶきを噴き上げ、同時に僕が音速を超えたことによって発生した衝撃波ソニックブームによって吹き飛び、ショッピングモールの壁にぶつかった。


 落ちる。動かない。……絶命したのだろう。


 それを確認したと同時に“焔月”が消え、僕も倒れこんだ。歩くのもままならないのか、ローズが這うように僕の隣へと寄る。


「だ、大丈夫っ?」

「……大丈夫。それよりそっちこそ大丈夫?」

「足が動かないけど、大丈夫よ」

「それ、大丈夫じゃないと思うんだけど」


 僕とローズはどうにか互いで互いを支えて、上半身だけ起こした。


「ひっ」


 ローズが僕を見て悲鳴をあげた。


「どうしたの?」

「うでが、右腕が……」

「右腕?」


 僕は自分の右腕を見やった。グニャリと曲がっていた。あまりの事態に僕はキョトンとしてしまい、左手で右腕を触る。


「……なんか、結べそう」

「む、結べそうじゃないわよ!? 何してるのっ!? いいから治療を……ってその霊力がもうないわ! ああ、どうすれば!」

「お、おちついて。痛みはないし、“鬼鈴”でどうにかなると思う――」


 青ざめパニックになるローズを落ち着かせようとしたその時。


「ガアアアッ!!」

「ローズ!?」


 渦の様な黒の門が突如として現れ、そこから黒瘴こくしょう狼が一体現れ、襲い掛かってくる。


 僕とローズはすぐに反応できない。疲労や霊力が尽きていることもあるが、先ほどのやり取りで気が抜けてしまったのだ。


 それでもどうにか僕は力を振り絞ってローズに覆いかぶさり、黒瘴こくしょう狼の爪撃を背中で受け止めようとした瞬間。


「……後輩に何してる?」

「ガウゥアアア!!」


 周りから数十もの巨大な氷柱が突き出して、黒瘴こくしょう狼を串刺しにしたのだ。


 そしてそれを為したのは。


「……二人とも、大丈夫?」


 丸眼鏡をかけた鼠人族の少女だった。同時に物凄い激痛が襲ってきて、一瞬で気絶してしまったのだった。

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