第22話 試着室にて

 昼食で出たゴミやトレーなどを片し、僕たちはショッピングモールをぶらついていた。


 ローズがふとマチルダに尋ねる。


「ところでドルミール。そのバレッタどうしたのよ? 学校を出るときはつけてなかったわよね」

「ああ、これですの?」


 マチルダは綺麗な金髪をハーフアップに纏めるシンプルな黒のバレッタに触れた。


「アナタたちを待っている間にバーニーさんに買ってもらったんですの」

「へぇ、そうなの」


 マチルダはニヤリと笑うローズを睨む。


「何を勘違いしているか知りませんが、違いますわよ。ただのお礼ですわ。お礼」

「お礼?」


 僕はバーニーの方を見る。バーニーは頭をかき、ぶっきらぼうに言う。


「メトーデ小聖域で助けられた礼なんだ」

「メトーデ小聖域って、ヘーレン先生についていった」

「そうだ。それで少し暇ができたから街をぶらついていたんだが、この顔だろ? ちょっとトラブルに巻き込まれて警察にお世話になりそうになってな。んで、マチルダに助けられて事なきを得たんだ」


 確かにバーニーは悪人面だからね。しかも巨漢だし。


 ショッピングモールを行き交う人たちの半数近くがバーニーとすれ違う時体を少しだけ縮こまらせているし、初対面だと怖がられてしまうのだろう。とても気のいいやつなのに。


「そうだったの。大変だったわね」


 ローズがマチルダを一瞥し、楽しそうに笑いながらバーニーに尋ねる。


「ところで、バレッタはバーニー君が選んだのかしら?」

「……まぁ。好きなのを選んでって言われてな」


 バーニーが遠い目をした。


 あぁ。一番面倒なパターンだ、それ。


 兄ちゃんもよく言っていたけど、女の子の『好きにしていい』は信用してはいけないのだ。


 ホノカがそうだ。誕生日とかで欲しい物を聞くと大抵僕の好きに選んでいいと答えるのだ。けど、額面通りに受け取って僕の好きに選ぶと怒る。一週間くらい口を聞いてもらえなくなるほど、不機嫌になる。


 マチルダもその例に漏れないだろう。


 僕はバーニーの背中をポンポンと叩いた。


「大変だったでしょ」

「まぁな。すげぇ悩んだ」


 疲れたように頷いたバーニーは、けれどふっと頬を緩めた。


「けど、気に入ってもらったっぽいから悩んだかいはあった。良かったぜ」

「……へぇ」

「……あら」


 僕とローズは、嬉しさを隠すように金髪を人差し指でクルクルと回しているマチルダを見やった。


 僕たちの視線に気が付いたのだろう。マチルダはこほんっと咳ばらいをする。


「こほん! それより、お二人ともスマホは無事買えたんですの?」

「え、うん。買えたよ、ほら」


 話を逸らしたなとは思ったけど、追求するのは野暮なので、僕はポケットからスマホを取り出してマチルダに見せる。ローズもだ。


 マチルダがニヤリと笑う。


「ヴァレリア、チュウ太郎・・・・・のスマホカバーが貰えて良かったですわね? ずっと前から欲しがってましたものね」

「え、ええ」

「ところで、ホムラさんとのツーショット写真はないんですの?」

「ッ! やっぱり写真のこと知ってて黙ってたわね!」

「あら、なんのことかしら? チュウ太郎のスマホカバーが欲しかったんですのよね?」


 ニヤニヤと楽しそうに笑うマチルダにローズがとびかかる。キャットファイトを始めてしまった。


 バーニーが首を傾げる。


「なんであんな怒ってるんだ?」

「あぁ……ええっとね」


 僕はローズがチュウ太郎のスマホカバーが欲しがっていた事やペア契約の事を説明する。


「だから、ツーショットの事を教えず、友人とはいえ僕と恋人として写真を撮る状況を作ったことに怒ってるんだよ」

「……お前はアホだな」

「理不尽にアホ呼ばわりされた。酷い」

「理不尽じゃねぇよ。普通にアホだよ、お前」


 バーニーが呆れた目を僕に向けてくる。酷い。


「まぁ、いいや。それよりスマホってどんな感じなんだ?」

「ふふん。凄いよ!」


 通行人の邪魔になるのでちょうど近くにあったベンチに移動し、僕はスマホの画面をバーニーに見せる。


「こんな風に指で操作できるし、ネットにも簡単に繋げられるし凄いよ! 携帯と違っていくつもアプリが開けたりするし、ゲームもいっぱいできる!」

「ほう。それで?」

「他には性能のいいカメラも搭載されてるし、クラウドサービスもあるし、しかもガラケーに保存してあった写真の解像度とかも高く出来たりするんだよ!」


 写真アプリを開き、壊れたガラケーから復元してもらった写真の一つをタップし、加工アプリを起動させる。


 すると、古ぼけた写真が綺麗になる。


「おお、確かにすげぇな。昔の写真とか、綺麗にできるのか」

「うん。自動で補正を入れてくれるんだって。しかもかなり精度が高いんだよ」


 僕は兄ちゃんとホノカが写った写真を見て、頬を緩ませる。子供用のガラケーで撮ったが故に解像度がかなり低かったその写真は、まるで最新カメラで撮ったかのように綺麗になっていた。


 古いのは古いので思い出がつまっていて味があるけど、綺麗な方もいい。


「ところで、その写真の男性と少女は誰ですの? ホムラさんの地元の方?」


 いつの間にかキャットファイトを止めて、僕のスマホを覗いていたマチルダが首を傾げた。


「僕の兄と妹だよ」

「え、けど、その二人は」

丸耳ヒューマン族だね」


 マチルダが困惑した表情を浮かべる。ローズが「もしかして」と言う。


「ホムラくんのご両親って異種族婚なのかしら? 丸耳ヒューマン族と鼠人族の」

「いや、違うよ。父さんも母さんも鼠人族だよ」


 困惑するローズとマチルダに、僕は説明する。


「僕の両親はもういないんだ」

「「ッ」」


 二人とも息を飲み、気遣うように僕に、悲しみと申し訳なさが混じった表情を向けた。僕はそれに苦笑しながら、続ける。


「だから、今は親戚の家にお世話になってるんだ。つまり正確には二人は義兄と義妹だね。だけど、小さい頃から一緒に過ごしてきたし、本当の兄妹きょうだいなんだ。義父とうさんも義母かあさんも第二の両親だと思ってる」


 向こうも、遠い親戚の、しかも異種族の僕を息子として大切に想ってくれている。愛してくれている。僕の方がそれを認めるのにちょっと時間はかかったけれども。


 僕はローズたちに微笑んだ。


「だから、二人とも気にしないで」

「……ええ、そうね。ごめんなさい」

「……辛気臭い顔をして申し訳ないですわ」

「大丈夫。ありがとうね」


 ローズが黙っていたバーニーの方を見やった。


「ところでバーニー君は知っていたの?」

「ああ、まぁな。コイツの机の上に家族写真が飾られててな。それで聞いたんだ」

「……暗くて気づかなかったわ」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、なんでもないわ」


 そういえば、ローズが部屋に来たことはバーニーにも言ってなかった。いや、言えるわけないんだけど。


 

 Φ



 僕たちはショッピングモールのお店をいくつも回った。


 当然高校生である僕たちのお小遣いでは買える物は少なく、大抵は冷やかすだけだったが、ホームセンターにあったバールのような物だけは衝動買いしてしまった。


 だって、僕が好きな漫画の主人公がバールのようなものを武器として使っているのだ。夜な夜なしている厨二ごっこ遊びに使えるかと思い、買ってしまった。


 また、初めてゲームセンターで遊んだ。特にコインゲームはとても面白く、またやりたいと思った。来週また来ようかな。


 そして今、僕たちは都会では有名な服屋にいる。ローズたちが服を買いたいと言ったためだ。


「ホムラ君。これはどうかしら?」

「……」


 試着室のカーテンが開き、ローズが姿を見せる。黒のニットに薄手の深緑のカーディガン、黒のスラックスズボンを着ていた。


 呆然とする。


「ホムラ君? ねぇ、ホムラ君っ?」

「……はっ。ええっと、何?」

「何って、これを見てどう思ったか聞いてるのだけれどもっ?」


 ローズの姿に目を奪われていた僕は我に返り、慌てて感想を言う。


「あ、ローズがとっても綺麗だなって思ったよ」

「ッ! そ、そうじゃなくて、服の感想よ! 似合ってるかしらっ?」

「あ、そうだよね、服の感想だよね! ええっと、とっても似合ってるよ! 大人っぽくておしゃれっていうか、凄く良い!」

「そ、そう……」


 慌てて思ったことを口にすれば、ローズは少し頬を赤くして俯く。


 恥ずかしくなる。っというか、『凄く良い!』って何っ? 何目線なのっ?


「……じゃあ、また着替えるから、次も服の感想お願いね」

「う、うん」


 次もあるんだ。……今度は変な事を口走らないようにしないと。


 カーテン一枚の向こう側でローズが着替えている状況に緊張しながら、僕は少しだけ周りを見渡す。数人の女性客が試着室に出たり入ったりしていた。男性客はいない。


 そして一人の女性客と目があってしまい、僕は慌て視線を逸らして俯く。


「はぁ」


 ……せめてバーニーがいれば心強かったのに。マチルダと共に先に男性エリアの方に行ったバーニーを思い、僕は溜息を吐いた。


 すると、試着室のカーテンの向こう側からローズの声が聞こえてきた。


「……ごめんなさい。私の服を見てもつまらないわよね。今すぐ制服に着替えるわ」


 溜息で勘違いさせてしまった。僕は慌てる。

 

「ち、違うよ! つまらなくないって! いろんな服を着ているローズを見るのは、その、楽しいし。ただ、その、肩身が狭いなって思っただけなんだよ」

「肩身が狭い?」

「地元の服屋じゃ試着室なんて無かったし、こう、女性が多い試着室に男一人でいるのが、ちょっと……」


 自分で言ってて情けなくなる。


「で、でも、だからってローズが気を遣う必要はないから! さっきも言ったけど、とても楽しいから!」

「なら、良かったわ。……ところで、ホムラ君。どうしてアルクス聖霊騎士学校に来たのかしら?」

「……どういう事?」


 唐突なローズの質問に僕は先ほどの恥ずかしさを忘れ、首を傾げる。


「別に変な意味はないわ。ただ、昼食時に『アルクス聖域に来てよかった!』って言ってたでしょ? つまりそれってここに来る以外の選択肢もあったわけよね。例えば、ホムラ君の地元に近いノイトラール聖霊騎士学校とか、もっと言えば地元の聖霊騎士団に就職するとか。ホムラ君の実力なら可能でしょう?」


 それは本当に何気ない疑問なのだろう。だから、それっぽい答えを返すべきなのだ。普通は。


 けど、ローズ相手にそれは違うと直感的に感じた。試着室のカーテンを挟んだ状況だけど、いやそんな今だからこそ言えるのかなと思った。


「色々と理由はあるんだよ。兄ちゃんに勧められたとか、最新の訓練カリキュラムや施設が揃ってるとか。あと都会に行きたかったってのもあるんだ」


 僕は静かに息を吸った。


「けど、一番の理由は鼠人族の呪いを解く手がかりを探しに来たんだ」

「……呪い?」

「そう、呪い。≪刹那の栄光オーバー・クロック≫っていう呪いだよ」


 カーテンの向こう側でローズが息を飲む音が聞こえたのだった。

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