第20話 葛藤
「そろそろ撮影に行く時間だから…」
お姉さん―—
店の外まで見送る天に、
ずっと心に秘めていたことを打ち明けられたことには安堵を覚えたが、同時に「これからどうしたいのか」という疑問を抱え込むことになった。
お姉さんに相談したのは、体が変わってしまった直後で、どうしたら良いのか分からずに切羽詰まっていた時。あの時、すぐに男に戻れていたら、こんなにも労力を費やすことはなかっただろう。
あれからほんの数週間とはいえ、たくさんのことを学び、女性らしく生きられるようになってきた。
男に戻りたい?
今更…。
いや、本当は男なんだ。
男としてやりたいこともあったはずだ。
あれ、やりたいことってなんだろう?
ゲーム、バイクに乗ること、恋人を作る、将来はWEBデザインの仕事に就く…。
それは男じゃないとできないこと?
「
テーブルの上を片付けている最中に、カップを持ったまま動きを止めていたため、カフェの店長——
「えっ?」
「心ここにあらず、という感じだけど」
「すみません。大丈夫です」
夕刻。
アルバイトを終え、天はマンションの自室に戻っていた。大丈夫とは言ったものの、心の揺れはそう簡単に解決するものではない。
自分は一体、何者なのか?
気付けば、メイクをしたり、アクセサリーを選んでみたり、スカートを履いてみたりと、お洒落を楽しんでいる自分がいる。擬態した女装とは違う。女性であることの華やかさを楽しんでいる気持ちがある。
女性ならではの厄介で面倒な事柄もあるが、この姿だから生活に支障をきたすような事も起きていない。
だけど、そうであるならば、”男である必要性を見出すことができなくなってしまった”ということだろうか。
薄暗くなった部屋でスマホのランプが明るく光っている。
気付かぬうちにSNSでメッセージが届いていたようだ。
千晴はIT系国家資格の講習会が終わったという報告だった。
「初級だから余裕、余裕!」とは言ってたけれど、休み時間もPCに向かって勉強している姿をよく見かける。以前、親がシングルマザーで、年の離れた弟もいるから、自分が頑張らないといけない、なんて笑いながらさらっと話していた。入学したばかりなのに卒業後のことまで見据えて、目標に向かって頑張っている姿は見習うべき点がある。
「これは、誰だろう?」
もう1件のメッセージを開いてみる。
「んんっ?」
この馴れ馴れしい文章は…。
吉野? 吉野に連絡先を教えたかな…?
新川景子のサイン色紙を持った吉野と六ッ川の写真が添えられていた。
よく見ると、サインと共にメッセージも書いてある。
”All the world's a stage, And all the men and women merely players.”
シェイクスピアの舞台のセリフだったかな?
「この世は舞台、人は皆ただの役者」か。お姉さんらしい。
吉野からのSNSによると、新川景子から天へ伝えて欲しいと託されたことがある。カフェへ戻ったけれど、すでに帰った後だったため、
その言葉は―—
”自分が背負っているものの価値を見極めよう”
背負っているもの、か…。
部屋に置かれた姿見に映る自身を見る。
変化には不安が伴うもの。適応に苦労し、悩むのは当然。
だからこそ自分を見詰め直し、変化するための機会と前向きに捉えるべき。
置かれた現状で生きていくしかない。
それは自分だけではなく、誰もが同じなのではないか。
そういうことだよね、お姉さん。
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