第31話 魔法の攻防





「戯言をいう娘だ。すぐさま、ひっ捕らえてくれようぞ」


 ロス王が、兵士に向かって、合図を送る。近衛兵数人がトランポリンを捕らえようとするが、トランポリンは踊るように兵士の腕をすり抜ける。


 そして、振り返ったところに、魔法の杖を振ると兵士の体は吹き飛ばされる。


「構わん、矢を射れ」


 ヨ―サが弓隊へ叫ぶと、躊躇なく、トランポリンに向かって矢が放たれる。だが、トランポリンが魔法の杖を揮うと矢は空中で止まり、ポトリと地面へと落ちた。


「おのれ」


 ミターナがムキになり、魔法の杖を揮う。


 トランポリンの体が一瞬、硬直するが、「フンッ」と気合を込めると、ミターナの魔法を吹き飛ばした。


 すると今度はトランポリンがミターナに向けて、魔法の杖を揮うと、ミターナは玉座の背もたれに体を打ち付けて、背を反らせ、うめき声を上げて気絶する。


「本物の……魔法使い?」


 ロス王は、隣のミターナを見つめ、つぶやくと、玉座から腰を浮かせた。


 玉座の間にエントラントの行商人、グルムングと仲間たちが姿を現す。その中にはトランポリンの父親と紹介された男も混じっている。


「なるほど、昨日、庭であった時、何か不自然さを感じていたんだ」


 ビンデが、トランポリンの父親に気づいて、頷く。


「お前はお父さんと紹介した男より、少し前を歩いていた。再開したばかりの娘にしては、ずいぶんと態度がでかいと感じていたんだ。気付くべきだった」


「フフフッ、本当に、早く気付くべきだったわね」


「あたしゃ、知ってたよ」


 セッツが言った。


「ウソッ」


 ヤーニャがつぶやく。


「本当さ。コンチからカンザスまで来たにしては着ているモノが綺麗すぎた。もっとデティールに凝らないとね」


「フンッ、嫌なババア」


 トランポリンは顔をしかめた。


「でも、まあいいわ。あなたたちには邪魔されたけど、許してあげる。ロス王ともども処刑されるんだし、御気の毒さま。捕えちゃって」


 トランポリンはグルムングに向かって合図を送る。


「へへへっ。本来なら、昨夜のクーデターで訳なく国を乗っ取れたはずなのにな。どうも調子が狂ちゃうね」


 グルムングが、部下を連れてロス王たちの元へ近づいて行く。


「ノースランドよ。お主との約束は守る、必ずな。何よりも大切なことは先祖を敬うことと、男の約束である、とサウズ・スバートの格言にある。そちも十分、そのことを知っているだろう?」


 力説するロス王に、ビンデは飽きれて、鼻を鳴らす。


「ミターナよ、彼らに魔法の道具を返してあげなさい」


「……は、はいぃ」


 ミターナは背中をさすりながら立ち上がり、渋々、魔法の杖と指輪を床へと投げ捨てた。力なく落ちた道具は、玉座のすぐ下の階段を転がり落ち、そして止まった。


「もっと丁寧に扱え」


 セッツが怒る。


「道具に敬意を払いなさい。でないと道具に愛されないぞよ」


「うるさい、さっさとそいつらをやっつけなさい」


 ミターナはヒステリックに叫んだ。


 そこへ玉座に上がったグルムングたちが、二人を縛り上げた。


「なあ、トランポリン。俺は別に誰が王だろうと関係ない。食べていけるだけの仕事と仕事が終わった後に飲むラク酒さえあればいい。むしろ、現状を引き起こしている国王はいなくてもいいと思っている。だから、好きにやればいいさ。俺たちを解放してくれ」


「フンッ、そう言って、油断させるつもりなのは分かっている。その手には乗らん」


 トランポリンは鼻を鳴らした。


「違うって。トランポリンがもし王家の血を引いているのなら、ロス王と交代して、サウズ・スバートを引っぱっていけばいいって、言ってんの。そうすれば、ノースランド家の役目も果たすことになるし、文句は無いってことさ。このまま俺たち四人を解放してくれれば、その後はもう関与しない、約束する」


 ビンデは手を挙げて、ポーズをとる。


「フンッ、さっきから何を言っている?お前たちを見逃すと思っているのか。先祖の仇と言っておるだろう。ガンツこそ、ダズを捕らえた張本人だぞ」


 トランポリンはビンデたちに近づいて行く。


「それと、この世界に、魔法使いは私一人でいい」


「なら、わしじゃよ」


 セッツが立ち上がると、ロープが床にはらりと落ちた。


「気をつけて。彼女が使うのは魔法武術よ。三百年前の戦争時、ル・バード国が得意とした戦闘スタイル」


 ヤーニャが小声でいった。


「へえ、よく知っているね」


 トランポリンが感心した。次の瞬間、トランポリンは大きく宙を飛んで、床に落ちた魔法の道具の所へ着地した。


「でも、だからって、どうにもできないでしょう?魔法武術はおろか、相手がおばあさんなんて、あなたたちはどうしたの?」


 トランポリンは、取り出したハンカチに、杖と指輪を包んで懐に仕舞った。


「フッ、ル・バード国は戦争に敗れたんだよ。そんな事も知らないのね?」


 セッツが言った。


「減らず口だけでは勝てないわよ」


 トランポリンは三人に向かって、走り出した。すると、ビンデはリターの背中を肩で押した。


「逃げろ」


「はい」


 リターは頷き、立ち上がった。


 セッツが徐に懐の中からハンカチを取り出して、向かってくるトランポリンに向けて投げた。ハンカチは空中で大きく広がりトランポリンの視界を遮る。


 トランポリンが、ハンカチを払いのけるように魔法の杖を揮うが動かない。仕方ないので左に避けて回避しようとしたが、同じようにハンカチが動く。


「めんどくさい」


 トランポリンは魔法の杖を突きさすように先端を向けると、衝撃波のような物がでて、ハンカチに大きな穴が開いて、ポトリと床に落ちる。


 その隙にビンデがヤーニャの縄を後ろ手で解き、代わりにヤーニャはビンデの縄を解いた。


「さて、どうする?」


 ビンデはヤーニャに聞いた。


「……」


「よし、二手に分かれて、法道具を奪い返そう」


 ヤーニャがトランポリンの前に立ち、ビンデはゆっくりと死角に回りながら、近づいて行く。


 ヤーニャは懐から大事そうに一冊のバイブルサイズの本を取り出した。


 そして、本を開き、口の中でごにょごにょと何かを呟いている。すると本の中から絵で描いた甲冑の兵士が姿を現した。


 墨で描いたような兵士はトランポリンに向かって剣を振り下ろした。


「子供だましね」


 鼻で笑って、剣を杖で薙ぎ払おうとした時、トランポリンは何かを感じで腕を引っ込めて、剣を避けるように床を回転した。


 兵士の剣がトランポリンの髪の毛をかすめ、切れた毛が宙に舞う。


「クッ」


 トランポリンは表情を変え、ヤーニャを睨んだ。


 ヤーニャは微笑した。


 トランポリンは立ち上がり、服についた埃を払う。そして、じっと、兵士を見つめる。


 描かれた兵士は再び剣を揮うがトランポリンはその剣をよけ、手をかざすとそこから水が出て、兵士の体にかかる。すると、水のかかった部分が溶けて無くなり、兵士はくの字に折れ曲がって倒れた。


 トランポリンは素早くヤーニャに突進していき、手にしていた本を蹴り飛ばした。


「あっ……」


 すると本が灰になって消え、ヤーニャは衝撃で後ろに後ずさる。


「所詮、子供だまし」


「子供のお前にはちょうどいいんじゃないか」


 ビンデの声がした。


 すぐ横で声がして、トランポリンは咄嗟に腕を払った。その拍子にトランポリンの懐に仕舞ってあったマントが空中に舞って、魔法の杖と指輪が床に落ちた。


 トランポリンはすぐ横に立っていたビンデに拳や蹴りを放って構えを取った。


 ビンデが頬に手をあてて立ち上がった。


「ってぇ……まぐれで蹴りが当たったよ」


「卑怯な、隠れていたのか?」


「いや、お前が気づかなかっただけだろ」


 床に落ちたマントに向かって、トランポリンが突進する。つかさず、ビンデがマントを蹴飛ばすと、杖が飛び出て二手に別れ、杖は玉座の階段に当たって止まった。


 ビンデは床に落ちた指輪を拾い上げて、右手の薬指に嵌めた。


「さあ、これで五分五分だ」


 そう言いながら、ビンデは周囲を見回す。


「ジョウダン」


 トランポリンがビンデに向かっていく。


 ビンデは指輪を擦り、トランポリンに向かって構えをとる。


 トランポリンは間合いを計っていたが、不意に杖を揮うとビンデに衝撃が走り、床に飛ばされる。


「弱くない?」


「油断しただけだ」


 トランポリンは尚も攻撃を加えるとビンデは衝撃を体に受け、またしても床を転がる。


「フンッ」


 トランポリンが鼻を鳴らす。ビンデは息を切らしながら微笑んだ。


「あなたもしかして、魔法が使えないんじゃないの?」


「はは、まさか。使えるさ。何言ってるの?」


「じゃあ、反撃してみなさいよ」


「いや、子供相手ってのが、少し引っかかっているだけ。いい子だから、戦うのはよして、話あおう」


「バカじゃないの?子供だろうが何だろうが、殺されかけているのよ。本気で来なよ」


「ハハハハッ」


 ビンデは、乾いた笑い声をあげる。


「やはり使えないのね」


 見下すような目を向けて、トランポリンはビンデに近づく。


「可愛くないな。ろくな大人になれないぞ」


「いいわ。国王になるんだから、どんな大人でも問題ない」


「その考えは国民が苦労する」


「私の魔法があれば、何だって出来る」


「魔法はそこまで万能じゃない。むしろ、諸刃の剣。だから、歴史から消えたんだ」


「消えてないじゃない」


 トランポリンは渾身の一撃をビンデに向けて放った。


「ビンデ」


 ヤーニャがビンデの前にマントを投げた。


 ビンデはそれを広げて、盾のように構えた。


「無駄よ」


 だが、衝撃波はマントを貫き、向こうの景色が見える穴が開いた。


 両手でマントを掴むビンデの頭の部分が消えていた。


「あはははッ、頭が消えて無くなった」


 トランポリンが弾かれたように笑った。


「バアーッ」


 ビンデが穴から顔を出す。


「ビンデ」


 ヤーニャが安堵の声を漏らす。


 トランポリンが苦々しい顔をする。その時であった。玉座の間に解放された革命軍の兵士がなだれ込んできた。

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