第25話 混乱に乗じて




 勢いで謎の男たちについてきてしまったリターは、王宮の奥へと進むにしたがって冷静になっていき、二階へ上がる階段が見えた所で立ち止まった。


 階段の前に見張りの兵士がいたからだ。やはり引き返そうかと思った時、背後から足音が近づいて来た。


「えっ?」


 リターは周囲を見回し、柱の陰に隠れた。


 黒装束の一団がリターを素通りして、階段の前に立つ見張りに話かける。


「こっちは完了した。宮殿内にもう憲兵は残っていない」


 黒装束の一人が言った。


「上も静かになった。恐らく、作戦は成功したようだ」


 見張りが答える。


「油断はするな。まだ何が起こるか、分からんからな」


「当然だ」


 二人の話し声が響いて、よく聞こえてくる。


「なんか、とんでもないことが起こっているみたい」


 リターは柱の陰から出て、引き返そうとした。だが、その目の前に黒装束の男が立っていた。


「お前、ここで何をしている?」


「いえ、私は……」


 言い淀むリターに、黒装束の男が掴みかかった。



  *        *        *



 王の間はすでに掌握されており、王の前に二人の男が近づいていく。


「ロス王、随分あっけないもんですね」


 そう言ったのは軍事防衛大臣のセンスである。その後ろにはアムストロングが鋭い眼光で周囲を見回している。


「センス、アムストロング……貴様たち、どういう了見だ?」


 ロス王は詰め寄ろうとしたが、武装した兵士たちの剣を突きつけられ引き下がった。


「そんな悠長だから、あなたは王位を失う事となる」


「何だと?」


「我々はあなたを王座から引きずり下ろし、新たな国を創る為に立ち上がったのです。そうしなければ、いずれ、この国はあなたや愚かな連中によって滅ぼされてしまう」


 アムストロングはテラスから下の貴賓席を見下ろした。貴賓席も武装した兵士に制圧されていた。


「ふ、ふざけるな。そんな馬鹿なことができるわけが……余を王座から下ろして、新たな国を創る?そんなことが出来るわけがない」


 ロス王は一段の中にいるエントラント人の行商人グルムングに気付いた。


「グルムングきさままでが……おのれ、エントラント人め」


「それだけではない。我らの後ろには、ユアル・サリナスが付いている」


 センスが言った。


「ユ、ユアル・サリナス……きさまらぁ」


「売国奴たち、許しません」


 ミターナが叫んだ。



  *       *       *



「心配するな、俺たちは国軍の者だ。これは国の為にやっている。逆らわなければ、一般市民には手出ししない」


 黒装束の覆面を取った若い兵士が縄を掛けた役者たちに訴えている。


「なんか、妙な事になったな?」


 舞台から下ろされ、役者たちと一塊にされたビンデが周囲を見回してつぶやいた。


「反乱が起きたようね。自業自得だけど」


 ビンデの後ろの何もないところからヤーニャの囁くような声がする。


「ヤツら、このまま、俺たちを素直に解放してくれると思う?」


「……どうかしら?保証はないわ」


「だよね。だったら、指輪を取り返して逃げるが勝ちだよな。国王がどうなろうと知ったことじゃないし、だいたい、殺されかけたわけだし……」


「いいえ、それはダメ」


 ヤーニャにしては珍しく、きっぱりと言い切った。


「何で?」


 ヤーニャはビンデの耳元に近づき話し始めた。


「……ホントに?」


 話を聞き終え、ビンデは驚きの声を上げた。


「間違いないわ」


「うーんっ……そうかぁ」


 ヤーニャの言葉にビンデは低く唸った。


 ビンデの指輪を盗んだ警備兵は武器を奪われ、黒装束の男たちに縛られてビンデのすぐそばにいた。


「何はともあれ、指輪を取り返さんとな」


 近くでは怯えた役者たちを、黒装束の男たちは手荒く扱っている。見張りの黒装束は三人である。


「ねえ」


 ビンデは見張りの一人に話かけた。


「あんたたち、国の為に立ち上がったんでしょ?だったら、僕たちは解放してくれるんだよね?」


 すると黒装束の男は鼻で笑って、「ああ」と頷いた。


「ルーカス」


 ビンデは傍らのルーカスに話かけた。ルーカスもまたロープで縛られている。


「ルーカスって呼んでいいだろ?……この三人、やっつけること出来る?」


 するとルーカスはニヤリと微笑んだ。


「しかし、敵が多すぎる。全ては難しい。せめて地下の仲間たちがいれば、この人数でも戦える」


「いや、とりあえずこの三人だけで大丈夫。やってくれる?」


「訳ない」


 縄でぐるぐる巻きにされたルーカスは突如として立ち上がったことで、三人は慌てた。


「キサマ、勝手に立ち上がるな」


 取り押さえようと来た男たちに対し、ルーカスは足一本で、瞬く間に三人を倒してしまった。


 その間、ビンデはヤーニャに縄を解いてもらい、指輪を盗んだ兵士の元に行き、指輪を取り返した。


「このやろ。死ぬところだったんだぞ」


 兵士の頭を叩いて、ビンデは指輪を右手の薬指に嵌めた。


 騒ぎを聞きつけて、他の黒装束数人が向かってくる。


「来るぞ」


 役者たちが叫ぶ。


「大丈夫」


 ビンデは指輪を嵌めた手をかざす。すると眩い光が周囲に放たれ、その場にいた全員が目を閉じる。


「ルーカス、一緒に来てくれ。王様と話があるから」


 目が眩んだルーカスをビンデが腕をとり、引っ張っていく。


「ビンデ、私が連れていく」


 ヤーニャの声がして、その場から二人は姿を消した。

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