第10話 リターの災難

 



 馬車はアーケード状の門を通過して、王宮の一階入り口の階段の前で停まった。


 まず、苦虫を噛み潰したような表情のビンデが、飛び出るように降りてきた。続いてトランポリンとヤーニャが、その後にセッツがキャビンの足掛けと地面の段差を気にしながら、杖を付き、ヤーニャに介添えされて、ゆっくりと降りてくる。


 セッツが降りきった後、アルフレドが軽快に降りてきて、四人を追い抜き、階段の前に立った。


「こちらへどうぞ」


 ビンデはイラつきを歩き方に表すように、肩をいからせてアルフレドを抜き去る。


 しかし、すぐに後ろを振り返った。杖をついた母とそれに寄り添うように歩く姉とトランポリンがゆっくりと階段を登っていたからだ。


 傍らを多くの市民が抜きさっていく。 ビンデは鼻を鳴らして立ち止まった。


「おや……」


 一歩一歩、確かめるように歩くセッツが、ふと何かを感じ取り、顔を上げ、立ち止まった。


「どうかした?」


 ヤーニャが聞く。


「ん?いや、こんな所にあったよ。私の杖」


 セッツはヤーニャを見上げ、微笑んだ。


「杖?」


 ヤーニャは母の手に持つ杖を見た。


 階段を登り切り、母に歩調を合わせながら、ゆっくりと王宮の中に入って行くと、入口のすぐ先に検閲の仕切りがあり、市民が並び、兵士のチェックを受けているのが見えた。


 ビンデは「またかよ」と後ろを振り返ったが、いつの間にかアルフレドの姿が消えていた。


 ビンデたち親子は、そこでも先ほどと同じような質問をされた。


「まったく、なんて使者だ」


 ビンデは、全く役にたたないアルフレドに憤慨しながら検閲を通過した。


 検閲を通過すると、市民の様々な手続きをする役所があり、多くの市民でごった返していた。ビンデたちはどこへ行っていいのか分からず、キョロキョロしていると、


「こちらです」


 受付の前にアルフレドが立っていた。


「あんたねえ……」


「トランポリンさんとはここでお別れです。兵士の面会はこの奥になっていますから」


 ビンデが詰め寄ろうとすると、アルフレドはクルリと背中を向けて、奥を見た。そこでトランポリンは案内に任せて、別れることとなった。


「ありがとうございました」


 トランポリンは大きな声で挨拶をして、頭を下げた。


「元気でな」


「はい」


「じゃあね」


 ヤーニャも挨拶を交わしたが、セッツは何も言わず、別の方を見ていた。


「こちらです」


 トランポリンを見送ると、アルフレドが三人を促すように声を掛けた。


「一階は市民の公的手続きをする所です。二階から先が来賓などを取り扱う部署となっていますので」


「階段……」


 役所の受付の先にある階段を見上げてから、ビンデは後ろを振り返った。母と姉がきょとんとした顔でビンデを見ている。アルフレドは構わず先を歩いて、階段を登って行く。


 鼻を鳴らしてビンデは言った。


「母さん、おぶって行くから」


「すまないねえ」


「いいさ。さっきみたいに待ってる方が疲れるから」


 ビンデはセッツを背負い、長い階段を登っていく。


 その様子を柱の陰に隠れ、上から覗き込む王妃ミターナの姿があった。


「あれが、ノースランド家の者たちか?」


 隣にいるラントアールに聞く。


「恐らく……」


 ラントアールは震えるように頷く。


「王家の血を引いているのではないのか?なんだあの身なりは?只の庶民……いや、それ以下ではないか」


 ミターナはビンデたちの余所行きの服を見て、顔をしかめた。


「三百年も経てば、王家の血も薄れてしまうものなのでしょう……」


「フンッ、情けない。我がユースタリング家は今も、親戚一同、貴族として立派に暮らしておるというのに。やはり犯罪者の血筋というモノなのかな?」


 ラントアールは苦笑で返した。


 ユースタリング家は代々、王家に上手く取り入って、今の地位を手に入れた。した事といえば、王家に変わり、汚れ仕事をしたり、他の貴族や役職に就く者を蹴落とす為の裏工作である。その一族の末裔が、ノースランド家に対し、犯罪者呼ばわりは無いものである、と考えたからである。


「なんともみすぼらしい」


「左様で……」


「それで、劇は完成したのか、パミンに聞いてきたか?」


 ミターナは後ろに立つ執事に聞いた。


「それが、まだのようで……」


 執事もまたラントアール同様、白髪の老人である。


「遅いっ……それでは、パミンの劇が無くては、わらわのシナリオ通り、事が進まないではないか」


 ミターナはドレスをひるがえし、階段に背を向けた。


「では、あの者たち、今宵はいかだ致しましょう?」


「放っておけ。劇が完成し次第、会うことにする。王宮からは絶対に出すな。勘づかれて逃げられたら台無しだ。せっかくの余興、殿下も楽しみにされておる」


「御意」


「それと逐一、奴らを見張っておけ。盗人のような恰好をしておる。何かしでかすかもしれんのでな。しかし、何をしても捕えてはならんぞ。全ては余興の時にまとめて罰するでな」


「かしこまりました」


 執事は深々と頭を下げ、王妃を見送り、王妃がいなくなると、後ろにいた家来に指示を与える。その様子にラントアールは首を小さく振って、鼻を鳴らした。



  *       *        *



 リターは疲弊していた。


 王宮に入ったのは、正午ごろ。そこから、まず受付に行き、氏名、年齢、住所。何の用で王宮を訪ねたか理由を書き提出。多くの市民と同じように待たされること一時間。ようやくお呼びがかかり、要件を聞かれると、すぐに「それは嘆願書の部署へと行くように」と言われる。


 一階の奥にある嘆願書の部署に行くと、そこでも市民が大勢待っていた。一番最後に並び、また氏名、年齢、住所を書かされ、それと一緒に嘆願書を役人に手渡すと、待つように言われる。


 数十人の王への訴えを持つ者が、木の座り心地の悪い椅子に座り、順番を待っている。


 ここまで来ると、もはやあきらめの境地であった。それでも段々と人が減っていき、ようやくリターの番になった。


「次っ」


 役人に呼ばれて部屋に入っていくと、机の前に座った目つきの悪い役人がジロりとリターを一瞥した。


「パムル・リター?」


「はい」


「オーブンのラク酒製造会社の組合の代表者……?」


 役人は嘆願書とリターを交互に見ながら話す。


「はい」


「訴えは、ラク酒の製造、並びに販売に関する税収の減額だな?」


「はい……」


 リターは緊張して頷く。


「増税は、今年から導入された国王肝いりの納税の改正である。よって、ちょっとやそっとでは翻らん案件である」


「そこを何とか、国王様に直訴を願えないでしょうか?」


 ようやく、ここまでたどり着けた思いから、リターは目を潤ませ懇願した。


「ゴホンッ。まあ、本来なら即却下とするところであるが、そなたの頼み方一つで上へ通す事は出来なくもない」


 役人は意味深な視線をリターに向ける。


 リターは、ハンドバックの中から封筒を取り出し、役人の前に差し出した。


「これでお願いできないでしょうか?」


 出発の時、組合長はじめ酒造会社の主人たちが見送りに来て、リターに四つの封筒を手渡した。


「一つはあんたの旅費、残りは役人に手渡す賄賂だ。持っていくといい」


 組合長が言った。


「賄賂ですか?」


 リターは嫌悪感を含んだ声を上げた。


 それをくみ取って、組合長は付け足すように言った。


「国王がああだからな。役人もきっと腐っておる。持っていった方が確実じゃ」


 組合長のいう通りであった。役人に封筒を手渡すと、素早く懐に仕舞いこみ、用紙にハンコを押してリターに手渡した。


「これを持って、二階の接見審査室に行くといい」


「ありがとうございます」


 リターは礼をいい、部屋を後にした。


 意気揚々と案内に従い二階に上がり、接見審査室の前に行くと、そこでも多くの人々が並んで順番を待っていた。


 リターは一気に疲れが増した。


「おい、審査を受ける者か?」


 廊下に立つ兵士に呼び止められた。


「はい」


「今日は恐らく無理だと思うが、とりあえず控室で待つように」


 と廊下の先の方を指さされた。


「えっ?ここではないんですか?」


「そうだ。他にも接見の審査を待つ者は大勢いる。控室で順番が来るまで待つんだ」


 兵士の言葉に、リターは大きなため息を付いて、ドレスの裾を引きずるようにしながら控室に向かった。

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