プロローグ

  


  


 今から三百年前、この世界には魔法という概念があった。 


 ムーア大陸に三つの国(サウス国、スウ国、ル・バード国)があり、隣り合った国々は長い間、魔法の力を使い、互いにけん制し、覇権を争っていた。 


 だが、その戦いは一人の王の出現によって終りをむかえる。 


 サウス国の王、ガリアロス・ネス。彼は竜を退治した事もある伝説の勇者であった。 


 彼の率いるサウス国軍は、争いの絶えなかった三つの国を二年で、制圧してしまった。 


 ネス王は三つの国を一つにまとめ、新しい国を創り、名をサウズ・スバートと改めた。 


 以来、三百年間、サウズ・スバートは世界一の大国として、他の大陸に対しても絶大な影響を与えて君臨してきたのだが……それも、三百年も経つと様々な変化が起こるモノだ。 


 まず、ネス王自ら、魔法の使用を禁止した。


 平和になったこの世界にもはや魔法の必要性はないという理由からである。魔法を使用した者は罪に問われ、刑罰を受けたことで、やがて、人々の体から魔法が消えた。 


 次に国政にほころびが現れ始めた。元々、争っていた三つの国を一つにしたのだ。様々な問題が三百年間続き、今も根源に横たわる。 


 更に、歴代の王たちの中に、問題がある王が出てきたことで、追い打ちをかける。 


 悪政で国民を苦しめ、自分の欲望を満たすことを第一とする王が現れたのだ。現在のガリアロス・ロス王は、正にその典型であった。 


「我がサウズ・スバートの民よ、ガリアロス十八世である」 


 首都、グララルン・ラードにある王宮のテラスから、ロス国王が、年次の挨拶をする。 


 テラスからは、サウズ・スバートの街並を一望でき、その下に、王の広場と言われる噴水に石畳の広場があり、聴衆がロス王の年次の挨拶のため集まっていた。 


「こうして皆と新年を迎えられたことを大変に嬉しく思う」 


 本来なら、歓声が上がるはずだが、群衆は疲れた表情を浮かべ、国王の挨拶を聞いている。 


「……さて、新たな年となり、めでたい中で、こんなことは言いたくないが、昨年の国内生産率の低下は、前年度の二十五パーセントに及び、サウズ・スバートの財政を逼迫させている。その要因の一つは、八月に起きた豪雨の影響により、ミナス川が氾濫し、テッドの町に甚大な被害をもたらした。また、その後の日照り続きで農作物が軒並みやられてしまった事が影響している」 


「……」 


「更に、輸出入においても、豪雨でソルトロードのいたる所で川の氾濫があり、橋が流され、エントラントとの貿易に支障をきたした事が、大きなマイナスとなっている」 


「ふざけんな」 


 誰かが小声でつぶやいた。 


「このように、災害に見舞われたことが大きいが、サウズ・スバートの財政難は、それだけではない。これも偏に皆の向上心、問題意識の欠如が原因ではないかと、余は考えておる」 


「てめぇだろ。問題なのは」 


「余は大変、遺憾なのだ、民衆よ」 


 王は首を振って、嘆きを表現している。 


 脇には王妃、ガリアロス・ミターナが、後ろには宰相のウェス・ドムスン、その他大臣などが控えている。


 周囲を、武装した兵士が、更に王の広場の民衆の前にも槍を持った兵士が警護に当たる。その兵士の中の一人が先ほどから、小声でブツブツと批判を繰り返していたのだった。 


「お前の悪政のせいで、どれだけの人々が苦しんできたと思っているんだ……」 


「おい」 


 隣の兵士が小声で窘める。 


「……だが、智を持たぬ者たちに、いくら言葉を重ねても時間の無駄というもの。そこで今年は二つの簡単な政策を用意した」 


 また王が、余計なことを言いださないかと聴衆たちの間から、ざわめきが起こる。 


「一つは、増税だ。今までも徴税はしてきたが、余りに税収が少なすぎることに気付いた。よって、今年より、新たに税金を取る品を増やす。特に国民の愛飲するラク酒に対しては、今までの五割増しの税を徴収することとした」 


 群衆たちからどよめきが起こる。 


「なぜ、ラク酒か?それもこれも皆の者がラク酒を飲みすぎて、国民本来の労働の義務を怠っていると判断したからだ。これは一つの戒めでもある」 


 王妃、ミターナが微笑みを湛えて頷く。 


「なんだよ、そりゃあ……」 


 人をかき分けて、酔っ払いが前へ出てきた。 


「それなら、あんた自ら節制しろよ。毎晩、毎晩、酒宴を開いているのをみんなは知っているんだぜ」 


 民衆が、固唾を飲んで見守っていると、兵士たちが一斉に酔っ払いに飛び掛かり、瞬く間に取り押さえて、連れて行ってしまった。 


「皆の不満も分かるが、これは決定じゃ」 


 王はその騒ぎを平然と見下ろしながら続ける。 


「それともう一つ……」 


 群衆が王の言葉を聞き入る。 


「今年は、デートラインの開拓事業に更に力を入れて進めていく。デートラインが開通すれば、国に多大な恩恵を得ることができる」 


 それには、民衆どころかの兵士たちにも動揺が広がった。 


「デートライン開拓はサウズ・スバート建国以来の悲願であり、これにより、得る利益は計り知れない。長年の調査により、デートラインのある地点では、珍しい鉱物が取れることも分かったし、更に、あの地を開拓して、人が住めるようにすれば、多くの資源を手にすることができ、国も潤う。それにあの地を放っておくのは先祖の努力を無にすることでもあり、サウズ・スバートの威厳を失うことにも繋がる。よって、今年はデートラインへ向け、更に兵を派遣し、開拓を行っていく」 


 兵士の中から、明らかな不満の空気が漂っていた。 


「それに伴い、今年から徴兵年数の改正を行う。今までは男子十五から三十までの間で、五年間が徴兵期間であったが、今年からは、男子十四から四十までの間で十年間を徴兵期間とする。更に自発的に参加したい者、老若男女問わず、志願者は大歓迎である。以上、二つの主な改正により、国内財政の再建をしていこうと思う。尚、細かい決まりは後程、会報によって、知らせるのでそのつもりでいるように」 


 群衆は混乱せんばかりに狼狽えていた。 


「おい、全員に知らせるんだ。今夜、例の場所に集まり、決起集会を行う」 


 兵士の一人が呟いた。 



  *       *       *


  

 サウズ・スバートの首都グララルン・ラードの夜は賑やかである。 


 特にこの日は王の年始の挨拶があり、それを肴に酔っ払いたちが好き放題、騒いででいた。しかも誰も止める者がいなければ、不満はとめどなく溢れ、エスカレートしていく。 


「……王は、国民をまるで奴隷か何かだと思っていやがるんじゃないのか?自分が楽をして、楽しむために国民が貧困に喘いでも構わないと思っているんだ」 


「その通り。毎年、ろくでもない政策で国民が苦しんでいる事をまるで分かっちゃいない。頭にくるぜ」 


 この夜は、街の酒場のいたる所でこのような酔っ払いの愚痴大会が開かれ、常連ばかり集まるここ『ギザのマスターの店』でも客同士が大声を張り上げて盛り上がっていた。 


「大体、なんだって、デートラインにこだわるんだ?あんな所、開拓しても誰も住めやしないじゃないか。猛獣や猛毒をもつ生物が、うじゃうじゃいるってのに」 


 髭をはやした大男がジョッキ片手にがなり立てる。 


「毎年、百人隊を編成して、精鋭たちがデートラインに挑むが、生きて帰ってくるのは半分にも満たないんだ。兵士は犬死さ」 


 隣の席の細身の男も加わる。 


「いつだったか、百人隊が誰も帰ってこなかった時もあったよな」 


「あれは夏だったからな。それも酷い猛暑で、みんな熱さと食中毒にやられてしまったんだってな」 


「危険の割に見返りが少ない。兵士は死ににいくようなもんさ。若いのによ」 


「うちの息子は今年、兵役を終えるはずだったのにあと五年延長だとよ」 


 カウンターの席の禿げた男がうな垂れる。 


「四十までは徴兵されるらしいぜ。例えずいぶん前に兵役を終えたとしても」 


「よかった、俺、今四十一」 


 肥った男が額の汗を拭う。 


「しかし、そこまでしてなんだってデートラインにこだわるんだ?」 


 またその質問が出る。 


「ああ、しかもデートラインの更に奥には竜の巣があるという。デートラインでは、何度も竜の姿が目撃されていたという噂もある。そんな所にいったい誰が住むというのだ?」 


「あれは建前さ」 


 そのとき、カウンターに一人で飲んでいた男が話しに割り込んできた。 


「あんた、何か知ってるのかい?」 


 大男が聞いた。 


「本当の目的は、キッカ石なんだよ」 


 男は物知り顔で言った。 


「キッカ石?あの幻の宝石って言われる?七色に輝く宝石か!」 


「そう。あれを王妃が欲しがっているからさ。だもんで国王は毎年のようにデートラインに兵を差し向けるのさ。しかも、デートラインにいる猛獣を捕まえてきて、奴隷と闘わせるという余興もしているらしい」 


「あんた、よく知っているな」 


 デブの男が感心する。 


「行商をしていて、宮中に知り合いがいるんだよ。内情をちょこちょこ、教えてもらっているんだ」 


 男は小声で言った。 


「ちょっと、小便……」 


 細身の男が周囲を気にしながら席を立った。 


「とにかく、王宮では毎晩、酒宴が開かれ、そこでは拳闘士たちの闘いや、外国から珍しい見世物がやってきては、王族たちを楽しませているらしい……」 


 突然、ドアが開き、兵士たちが『ギザのマスターの店』になだれ込んできた。 


「動くな。反逆罪の疑いがある。店の中にいる者は全員、取り調べを受けてもらう」 


 兵士たちの後ろに隠れて、先ほど出て行った細身の男が覗き込んでいた。 


 この日から、グララルン・ラードのいたる所で、兵による弾圧が行いはじめた。

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