第三十話  アントン・カスケードの愚行 ⑤ 

「非常にマズいことになりました」


 部屋に入ってくるなり、顔面を蒼白にさせた宰相がそう言った。


 しかし、僕は宰相を無視して仕事を続ける。


 時刻は昼過ぎ――。


 僕は執務室で嫌々ながらも書類に目を通していた。


 辺境の各地域からの魔力水晶石に関して記された書類である。


 正直なところ、これ以上にマズイことなんてない。


 僕のところに来る辺境からの報告書は増えるばかりだ。


「あのう……陛下?」


 僕が無視していたからだろう。


 宰相は困ったような顔で声をかけてくる。


 やれやれ、と僕は書類から目を外した。


「……で? 何が非常にマズイことなんだ?」


 僕は大きく伸びをしながらたずねる。

 

「王都中の魔力水晶石が異常な状態になっております」


 これには僕も表情を引き締めざるを得なかった。


「それは確かな情報なのか?」


 宰相は大きくうなずいた。


「間違いありません。現在、魔力水晶石を管理している教会の人間たちは上を下への大騒ぎです」


「具体的に何が起きた?」


 キッと睨みつけると、宰相はおずおずとした態度で話し始める。


「何でも各神殿で魔力水晶石を管理していた神官たちが不調を訴えているとのこと。それも数人どころではありません。その数は全部で100人を超えているとのことです」


 僕は大きく目を見開き、椅子から飛び上がるように立ち上がった。


「そ、それは本当なのか!」


「はい……ですが」


 宰相は両目を泳がせながら言葉を続ける。


「その神官たちの異常はどんな治療を施しても一向に回復する気配がないと報告がありました。つきましては〈防国姫〉さま直々の治療を受けたいと……」


 ダメだ、と僕は宰相の言葉をさえぎった。


「今のミーシャは辺境の魔力水晶石へも魔力を流すため、結界部屋に閉じこもっている。その行為は何人だろうと妨げてはならん」


「お言葉ですが、陛下。王都の魔力水晶石に異常が出ているということは、辺境にある魔力水晶石がどうなっているかなど素人でもわかります。下手をすれば辺境の地域は誤作動を起こした魔力水晶石により、未曽有の被害が出ているかと存じます……それに」


 宰相はおそるおそる言葉を紡ぐ。


「教会側はミーシャさまではなく、アメリアさまに神官たちを診てもらいたいと言ってきまして……」


「な、なぜそこでアメリアの名前が出てくる!」


 俺はバンッと机を叩いた。


 一方の宰相は落ち着かない態度を取るばかりだ。


 だが、その態度からは何を言いたいのか理解できる。


「宰相、要するに貴様が言いたいことはこういうことか? 今回の出来事はすべてミーシャの力不足によるものであり、やはり〈防国姫〉はアメリアでしか務められない。そんなアメリアと婚約破棄して王宮から追放させた僕は、掛け値なしの愚王だと!」


「め、滅相もありません!」


 宰相は慌てて土下座をすると、床に額がつくほど頭を下げる。


「私はただ教会側からそのような嘆願があっただけと報告したまででございます。そしてミーシャさまのお力も疑っておりませんし、陛下の行動は間違ってなかったと私は確信しております」


 ふん、と僕は鼻息を荒げた。


「わかればいい。だったら、そんな教会側の嘆願など無視しろ。わけのわからん状態になった神官たちなど自分たちで何とかしろとな。代わりに魔術技師庁からそれなりの魔術技師を派遣してやれ」


 はっ、と宰相が了解したときだ。


 突然、侍女がノックもせずに部屋に飛び込んできた。


 僕と宰相は驚いて侍女に顔を向ける。


「ぶ、無礼者め! ノックもせずに国王の執務室に入るなど言語道断だぞ!」


「申し訳ございません! ですが、早急に陛下にお伝えしたいことがありまして」


 その侍女の態度に僕は眉根を寄せた。


 まさか、王宮を揺るがすような何かとんでもないことが起こったのだろうか。


 僕は「よし、簡潔に話せ」と侍女に言い放った。


 すると侍女は大きく頭を下げながら答える。


「ミーシャさまが結界部屋でお倒れになられました」

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