第三話   私を追放したら後悔しますよ? 

 本来、〈防国姫〉が王宮の最上階にある結界部屋に数ヶ月間もこもるということはない。


 ある一定の魔力を魔力水晶石に与えておけば、それだけで国の主要都市の魔力水晶版に力が流れて風邪や軽めの流行り病ぐらいは防げていたからだ。


 ところが数ヶ月前に、異国からたまにやってくるキャラバンの人間たちから変な噂を聞いた。


 何でも異国では大量の〈魔素〉を浴びた人間たちが狂人化する病気が流行しているという。


 この話を詳しく聞いた瞬間、私の背中に凄まじい戦慄が走った。


 かつて王宮内の蔵書室で古今東西の病気について調べたことがあったときに、その〈魔素〉による狂人化に似た病気が記された書物を読んだことがあったからだ。


 まるで違法な薬物や植物によって人間性が凶暴化するような現象に始まり、その現象がもっと酷くなると信じがたいことに人間が魔物化することもあるという。


 そんな恐ろしい病気がカスケード王国からそう遠く離れていない国で流行を始めたという。


 当然のことながら、私はその話を聞いた日にすぐさま魔力水晶石に与える力を増大させた。


 病気は治療に当たるよりも、予防することが最善の方法なのだ。


 普段の私は魔力水晶石に魔力を与える日以外は、王宮内の医療施設や王都の病院を回って病気の知識や治療方法の研究などにも励んでいた。


 私の防病魔法も完全無欠ではない。


 しかし私の知識や経験が高まるにつれて、私の防病魔法の力が増幅するのも体感として感じていた。


 その普段からの努力と数ヶ月間も結界部屋に閉じこもって力を使い続けたことで、その噂を聞いた数ヶ月が経った今でもこのカスケード王国で「普通の人間が狂人化する」という現象が流行ったという噂は流れていない。


「アメリア、今さらそんな顔をしても無駄だぞ」


 私が「普通の人間の狂人化」について考えていたとき、アントンさまはふんと鼻を鳴らした。


「ここにいるミーシャはお前が結界部屋に閉じこもっている間、お前と同じ防病魔法を発現したのだ。ならば、お前みたいなデカ女はもう用無しだ。そもそも、僕はお前みたいな男を見下すような女は大っ嫌いだったんだ。どうせ僕と話しているときでも、内心は僕をチビでデブな男だと散々馬鹿にしていたんだろう」


 このとき、私はアントンさまが何を言っているのか理解できなかった。


 私はこれまで一度たりとも男性を見下したことなどなかった。


 ましてや、アントンさまをチビでデブな男などと馬鹿に思ったこともない。


 確かにアントンさまはミーシャと同じく身長は150センチほどと低い。


 体重は80キロを軽く超えていて、同じ17歳の男性よりもふくよかなほうだろう。


 だが、私は他人を身長や体格で判断などはしない。


 医療施設での数多の診察や治療により、人は見かけによらないことを知っていたからだ。


「誤解です、アントンさま。私はアントンさまをそのように思ったことは一度たりとも――」


 ありません、と答えようとしたときだった。


「うるさい、何にせよ僕はお前との婚約を破棄する! そして次の〈防国姫〉はこのミーシャ・フィンドラルに決めたのだ! わかったら、とっとと荷物をまとめてこの王宮から出て行け! 僕との婚約がなくなった以上、お前みたいな病気のことしか頭にないデカ女をこの王宮に留めておく理由はない!」


 これには私もさすがに反論した。


「ですが、アントンさま。幼少の頃から力を発現して〈防国姫〉になるべく勉学に励んできた私と違って、ミーシャには〈防国姫〉としての知識も経験もありません。せめてミーシャに今の私の知識や経験を伝える時間を与えてはくださいませんか?」


 いきなり婚約破棄されたこともショックだったが、それ以上に心配なのはこの国の未来のことだ。


〈防国姫〉の力が最大限に発揮されなければ、もしも「普通の人間が狂人化」するような奇病が国全体に流行してしまったときに取り返しがつかない事態になる。


 今は私のことよりも、この国に生きる人たちの未来を病気から守ることが最優先だ。


 そのためには、不本意だがミーシャに〈防国姫〉としての役割をまっとうしてもらう必要があった。


 しかし――。


「そんな時間など必要ない。お前ができたことなど、ここにいるミーシャならすぐにお前以上にできるようになるはずだ。彼女の優秀さはこの僕が保証する」


 だから、とアントンさまは私に人差し指を突きつけた。


「さっさと出て行け! お前のような男を見下ろすようなデカ女の顔など金輪際見たくもない!」


 私が呆気に取られていると、ミーシャは満面の笑みを浮かべた。


「大丈夫ですよ、お姉さま。わたしならすぐにお姉さま以上の〈防国姫〉になってみせます。だから安心してこの王宮から出て行ってくださいね……そうそう、お父さまが言っていましたが、〈防国姫〉として必要なくなったお姉さまはフィンドラル家の面汚しなので実家に帰ってくるなとのことです。でも、優秀なお姉さまのことですから、どこにいてもきっと平気ですよ」


 けらけらと笑うミーシャ。


 そんな2人に対して、私はもう何を言っても無駄だと悟った。


「……わかりました。そこまで言うのなら出て行きます。ですが、何の引継ぎもなしに私を追放したら後悔しますよ?」


「はあ? そんなことあるはずないだろ。いいから明日中には荷物をまとめて出て行け」


 そうして私は、次の日の朝に王宮から追放されたのだった。

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