黒ギャル、漫画喫茶に住む

カビ

第1話 漫画喫茶に住む

「ここか‥‥‥」


その漫画喫茶は、駅から近いが分かりづらい場所にあった。ちなみに、人生初の来店だ。

壁がヤニで汚れて灰色になっているエントランスを抜けて、エレベーターに乗る。


「えっと、7階か」


エレベーターの階数が表示されているボタンには、漫画喫茶の他には6階のカラオケ以外の店は入っていないらしい。2〜5階はなんのスペースなのかは、社会経験が乏しい男子高校生の俺には見当もつかない。


エレベーターが7階に辿り着く。

受付には、金髪ピアスのお兄さんが立っている。しかし、表情は柔らかいので怖くはない。


「いらっしゃいませ」


笑顔で迎えてくれたので、少しだけ緊張がほどける。


「えっと‥‥‥DXの3番の部屋の客に呼ばれたんですが、入っても良いですか?」

「かしこまりました」


真緒に呼び出された時は、「DXってなんぞや」と思ったが、料金表を見たら、スタンダードとDXと分かれていて、DXの料金が少し高い。たぶん、スタンダードより豪華な部屋なんだろう。


お金は退店時に払うらしく、伝票と鍵を受け取り、DXの3番に向かう。あの金持ちの娘は、俺の分の料金も払ってくれるらしい。


扉を、一応ノックする。鍵があるとはいえ、女子がいる部屋に予告もなしに入る度胸はない。


コンコン。


「お。どうぞー」


中からハスキーな声が漏れて、鍵が空いた。まだ名乗ってもいないのに解錠してしまう危機感のなさに軽く心配しながら、「赤井、入ります」と、職員室に入るようなテンションで中に入る。


「お疲れー」


ヘッドホンを手にしながらこちらに視線を向ける真緒は、いわゆるギャルだった。


しかも、黒ギャルだ。


何が「しかも」なんだと突っ込まれると、俺の性癖の話をしなければならないから割愛する。


褐色の肌に、銀髪のショートヘア。いかにもミニスカートを履いていそうな雰囲気はあるが、残念ながらジャージだ。

ちょっと前まで、信じられないほど短い丈のスカートを履いていたのだが、今はしっかりと足を守っている。まあ、風邪をひくリスクが下がったのは良かった。うん。良かったんだ。


「いらっしゃい。いらっしゃい。ちょっと一緒にいてくれや」


笑顔で隣のスペースをポンポン叩く真緒は笑顔だ。

良かった。

やっぱり、こいつは笑顔が似合う。


<……ウチって、死んだ方がいいのかな>


半年前の、涙さえ浮かべないでそう呟いた真緒の目は、目の前の俺も見えていなかった。

でも、今は俺を見ていてくれている。

\



「漫画喫茶ほど、居心地のいいところはない」


真緒が名言風に言う。


「そうなん?」

「そうだよ。漫画はもちろん、ネットも見れる。注文すれば、美味しい料理も運ばれてくるし、飲み物なんか飲み放題。パラダイスだよ」


確かに。

俺達のような若造からしたら、高いホテルよりも、漫画喫茶の方がワクワクする。


しかし、それは一泊やら二泊やらの話だ。

目新しいことは、稀にあるから珍しく感じる。

この不良ギャルときたら、もう2ヶ月近く漫画喫茶を利用し続けている。


「この漫画知ってる?たぶん赤井も好きだと思うよ」


そう言って渡してきたのは、俺達が生まれる前に連載していたであろう作品。

俺も漫画好きを公言しているが、読むのは、今やっている作品に偏ってくる。それだけでも膨大な量だから当然だ。


このギャル、ちょっと前まで『進撃の巨人』と『闇金ウシジマくん』くらいしか読んでなかったのに、こんなところまで手を広めているとは。


「ハッハー。不登校の時間セレブぶりを舐めるなよ?」

「良いなぁ」


自虐には、軽く返す。

それは、友達の関係を続ける上での礼儀みたいなものだ。


それから、真緒おすすめの漫画を読んだ。

‥‥‥面白いじゃねーか。


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