第27話魔石が盗まれる
リピは、家事が出来る。
幼少期は魔石宝飾職人だった老人の世話をしていたので当然なのだろうが、家事炊事を手際よくおこなう姿には感心してしまう。
俺と枕を共にすることになっても主人の食事はいつも用意しているし、朝も鶏より早く起きて掃除を筆頭とする家事を全て終らせている。
正直、いつ休んでいるのか分からない。
さすがに三日三晩の徹夜の際は、全ての体力を注文されたアクセサリーに注いでいた。あの状況でもいつもの仕事をこなせていたら、俺はリピであっても化け物だと思っていただろう。
「手早く作れる軽食ですが、すみません」
そう断ってから出されたのは、サンドイッチと紅茶だ。今日は一日がかりの仕事があるから、素早く食べられるものをと考えて作ってくれたのだろう。
男所帯だから腹持ちを考えて、サンドイッチの具は溢れんばかりに挟まれていた。
中身は卵やトマトにハム、レタスといったもので、彩りも綺麗だ。卵だけは茹でたものを潰したものではなくて、厚焼き玉子になっていた。サンドイッチではあまり見ない具なので、過去の主の好みなのだろうか。
俺たちの着席を待ってから、リピも椅子に座る。
本来ならば、奴隷は許しがなければ主人とテーブルを共にしない。これも田舎の奴隷では考えられないだろう。
都会は土地代が高いので、奴隷だけを収容するような小屋は作れない。生活スペースが離せなくなれば、食事の場所も同じになるのは自然なことだ。
食事の時間を別にする場合もあるが、いつもユーザリはリピと共に食事をとっていた。
リピの他の主人も同じなのだろうか。そのときに思い浮かんだのは、リピの最初の主人のことだった。
「そういえば……リピに魔石の加工技術を教えた人って、どういうお爺さんだったんだ?」
家族を寄せ付けない偏屈な老人だったと聞いたような気がする。
俺の質問に、ユーザリはサンドイッチを喉につまらせた。紅茶で必至に流し込んでいる。
おかしな反応だったが、ユーザリは俺がいない時にリピに最初の主に聞いたのだろうか。そんなに偏屈老人は変人だったのだろうか。
リピが笑顔になったので、変な趣味で人を困らせるような人間ではないのだろう。偏屈というだけで扱いやすく辛いではあっただろうが。
「モーゼルという方ですよ。僕は知らなかったのですが、ご主人様によると凄い方だったらしいです。あっ。料理や家事については、そこの娘さんに習いました」
俺は、無言でユーザリの方を見た。
モーゼルは、宝飾業界に詳しくない俺でも知っている名前だ。かつては、様々なコンクールで賞を受賞したという職人である。
なお、ファナのために用意した指輪もモーゼルの作品だった。その金でリピを買ったのだから、運命というよりは宿命じみたものを感じる。まるで、モーゼルの幽霊が、リピにもっと作品を作れといっているかのようだ。
「そういうことか。リピの技術が凄いはずだ……」
有名人の元にいたというのは、普通ならば信じられない話だ。
嘘だと思われたって、仕方がないであろう。リピの人並み外れた技術を知っているからこそ、信じられるのだ。
「エルフっていうのは器用な種族だっていうし、習得も早かったんだろうな。モーゼルは厳しくて弟子のほとんどは逃げ出したって、話もあるくらいなのに」
ぼそり、とユーザリは呟く。
なんとなく老人になってから偏屈になったと思っていたが、その前から頑固だったようだ。幼いリピに逃げ場のないこともあっただろうが、よくも最後まで世話が出来たものである。
そんな会話をしつつ、俺たちは手早く食事を終えた。
ユーザリは、名残惜しそうに紅茶を飲んでいる。仕事に戻りたくないという考えが読めた。単純な作業に、ちょっと飽きてきているのかもしれない。
「ごっ、御主人様。魔石がっ、魔石が!!」
リピの血相を変えた声が、外から聞こえてくる。ユーザリと違って張り切ったリピは、俺たちの目が離れた隙に外に出てしまったらしい。
またもやリピから目を離してしまったことを俺は後悔したが、今は何よりもリピの安全だ。大声をだすほどのことがあったのだから。
俺とユーザリも慌てて外に出れば、木箱に入っていたはずの魔石が撒き散らされていた。
「選別のやり直し……」
リピはがっくりと肩を落とすが、そこは問題ではなかった。作業をしていたユーザリとリピには、大問題であろう。なにせ、あの地道な作業を再度やることになるのだ。
俺から見て、一番大切なことは違う。
魔石の見張っていたはずのゴブリンの血を引いた奴隷の姿がなくなっている。ということは魔石に関して言えば、奴隷が関わっていると言うことだ。
「いや、あの奴隷がいなくなった方が問題だろ!」
俺の怒鳴り声に、茫然自失となっていたユーザリがはっとする。
「アザリ、一緒に周辺を探してくれ。リピは少しずつでいいから、なかに魔石を入れといてくれ!!」
散らばった魔石を集めるより、いなくなった奴隷をいなくなった奴隷を探すのが先決だ。ユーザリは、俺たちにそのように指示をだした。
「原石でも魔石は高いんだぞ。盗まれてたまるか!」
高価な原料を盗まれた商人ユーザリの怒りは深い。魔石は数ではなく重さで購入しているようだが、だからこそ文字通り玉石混合で判別が必要なのだろう。
だからこそ、アクセサリーに使えるような魔石を盗まれた可能性が高いことが悔しくてたまらないのだろう。
田舎の奴隷に魔石の良し悪しなど分からないだろうと言いたいところだが、残念ながら主が魔石に関わる仕事をしている以上は目利きは出来るだろう。品質ごとに魔石は分けられていたし、高額な物を探すことだって簡単だったはずだ。
さらに言えば、魔石の入った箱をひっくり返したのは数を誤魔化すものだろう。
「お気をつけてください!」
魔石を広い初めたリピは、俺たちを見送ってくれた。リピを一人にすることに不安がなかったわけではないが、今は緊急事態だ。
「主人が命じて盗んだと思っているのか?」
俺の言葉に、ユーザリは「違う」と答えた。
「主人が関わっているなら、旅の道中で魔石を盗むはずだ。奴隷が単独でやったんだろう」
ユーザリは理路整然としていた。頭に血が登っている割には冷静である。
「魔石は原石でも高いんだ。あの主人とは長い付き合いだから、奴隷もしっかりしていると思ったのに!」
やはり、奴隷の主人とは付き合いが長かったようだ。それ故に、相手の手持ちの奴隷に裏切られたのが悔しいのだろう。
「まずは聞き込みだ。あいつは目立つから、どこに逃げたのかはすぐに分かるはずだ」
ユーザリの言う通りだ。逃げた奴隷はゴブリンの血を引いているのが一目で分かる姿であったし、服を着替える程度では人混みに紛れることも出来ないだろう。
道行く人々に奴隷の特徴を告げて、俺たちはあいつの跡を追った。目立つ容姿の奴隷だったので、どこに逃げていったのかを聞き出すのは簡単なことだ。
聞き込みをしていて分かったことだが、奴隷は顔も隠さずに逃げているようだ。隠すようなものも持っていないということは魔石を盗んだことは突発的な犯行ということなのだろうか。
奴隷の処罰は基本的には主人が決めのが通例だ。しかし、犯罪となれば警察が出てくる。奴隷に対する処罰は重く、ちょっとしたことでも首をはねられることだってあった。
なのに、どうして盗みなんてしたのだろうか。
「まさか……。俺の言葉が原因ってことはないよな」
俺は、青くなった。
ユーザリとリピがいない時に、奴隷に余計な一言を言った。
『おい、リピには手を出すなよ。あいつは、お前とは違うんだからな』
その一言で、頭に血が登ったのだろうか。
殺されても良いと思うほどに怒って、魔石を盗んでしまったのだろうか。
「俺の……。俺のせいかもしれない。俺が余計なことを言ったからで」
あんなことを言わなければ良かった。
言わなければ、奴隷は盗みを働かなかったかもしれない。警官に捕まれば、あいつは殺されるかもしれないのに。
「アゼリ……」
ユーザリは、驚いたような顔をした。
やはり、俺の言葉が余計だったのだろうか。
「奴隷は警察には突き出さない。主に任せる。それで、良いだろ。……お前は、昔から変なところで義理堅いよな」
ユーザリは、変なことを言い出した。
「義理堅い?いや、普通だろ」
俺は、凡人だ。
特別に優しいとか力が強いとかはない。
義理堅いだなんて、もっと特別な人間が言われるべきだろう。
「だって俺が酔っ払ったら、家に送ってくれるだよ。それを見越して、俺は財布に鍵を入れてるんだぞ」
ユーザリの告白を聞いた俺は、顔を引きつらせた。財布と鍵を一緒になくすから止めろと言っているのに、あれも業とだったらしい。
次に飲みに行くときは、ユーザリは置いて帰ることにしよう。
「それに、ただの酔っぱらいにリピを譲ってくれただろ。リピがいなかったら、俺は他人を愛しようだなんて思えなかった。リピとお前は、すごい奴なんだよ」
俺は、息を呑んだ。
この友人は、何を言っているのだろうか。
リピを譲ったのは、ユーザリが傷心であったからだ。それに、リピは酷い酔っぱらいの相手をするためにやって来た。店側の思惑を駄目にするほどに、俺が子供ではない。
言動からリピが、酔っぱらいをあしらい慣れているのは分かっていた。だから、リピに全て任せてしまおうとしたわけだ。
あの頃の俺は、ユーザリが夜を楽しんでしまえば立ち直ると思っていた。俺が単純だったのだ。
「譲ってない。お前が間髪入れずにリピ買い取ったんだろ」
過去の自分にも苛立って、意趣返しのつもりでユーザリに皮肉を返してしまった。ユーザリは気がついていないようだったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます