第22話

        26.日曜日午後6時


 園田和人の泊まっている部屋を覗いてみたら、昨夜以上におびえていた。もうじき、完全な夜となる。日暮れは人の心を不安にさせるのかもしれない。まさしく、彼にとっては黄昏なのだ。

 かける声もみつからなかったので、長山は挨拶のようにうなずくと、そのまま扉を閉めた。

 コールセンターにもどろうと廊下を進んだ。もうあの部屋にいても出番はない。だが、彼のことがある。せめて、この建物内にいてあげなければ、という使命感があった。

 歩き出して何歩目だっただろうか、竹宮翔子から電話がかかってきた。これから話があるから、最上階の部屋に来てほしい──という内容だった。なにごとだろう。彼女は、第四の行方不明事件を追っている。そのことで、なにか発見があったのだろうか?

 最上階には、久我と竹宮翔子のほかに、杉村遙の姿もあった。

「話というのは?」

 広すぎる部屋の窓際にあるソファに腰を下ろした。三人も、同じように座っている。長山の前に、翔子、左手に久我、右側に遙が座っていた。四人で四方を囲んでいることになる。

「第四の事件がわかりました」

 翔子が口火を切った。

「わかった?」

「犯人です」

 まさかの言葉に、長山は戸惑った。

「これを見てください」

 翔子は、四人の中央にあるガラス製のテーブルに、数枚の写真をのせた。長山は、その一枚を手に取った。

「これは?」

「サンホウ商会という会社です。池袋にあります」

 雑居ビルの外観が写っていた。べつの一枚には、人物が写っている。男性。それに、女性の写真もあった。

「そっちの写真は、高橋清彦という男です。女性は、三船洋子。ほかにも女性社員が数名います。一人は、山根康代という名前だとわかってますけど、あとの氏名はわかっていません」

「この人……」

 写真を眼にした遙に、反応があった。

「知ってますよね?」

「はい……こっちの人も」

 三船洋子と、山根康代という女性だった。

「あとこの人も」

 べつの一人にも覚えがあるようだ。

「この会社には、詐欺の容疑があります。むかしの名前は、サンレイ商事」

「サンレイ商事!?」

 長山にも記憶があった。

「マスコミにも取り上げられていた」

 だが、警察は逮捕までいけなかった。噂では十年以上にわたり、詐欺行為を繰り返していたという。投資詐欺、ねずみ講、リフォーム詐欺、その他もろもろ──まさしく詐欺の総合商社だった。振り込め詐欺のたぐいにまで手を出していたという話すらあった。

 摘発までいたらなかったのは、警視庁捜査二課にとって、汚点ともいえる不名誉だった。

 サンレイ商事が問題化したのは、たしか五年ほど前──。

「いまは、池袋にいるのか……」

 マスコミにまで取り上げられると、彼らは会社をたたんで姿を消した。ほとぼりが冷めるのを待っていたということか。

「ヤツらは、いまも?」

「たぶん、そうだと思いますけど……まだ実際に詐欺被害は出ていないそうです」

「で、ヤツらが犯人だというんですか? 行方不明事件の?」

「そうです」

 翔子の声に、迷いはなかった。そうかもしれない──そうだと思います──普通なら、そんな表現をつかうところだ。断言したところをみると、確固たる自信があるのだ。

「森元貞和さんは、お金に困っていた。奥様……遙さんのお母さんは、心臓移植を必要としていました」

 そのセリフに、長山は大きく驚いた。

「杉村さんが!?」

 杉村遙が、行方不明になった男性の娘?

 うなずきながら翔子の話を聞いているところをみると、本当にそういうことらしい。だから彼女まで、ここに呼ばれているのだ。

 母親は病気で亡くなり、父親は行方不明……そのような話は公園で聞いていた。それがまさか第四の事件の関係者だったとは、さすがに想像すらできなかった。

「サンレイ商事は、そこに眼をつけた。どういうふうに誘ったのかわかりませんが、彼らは森元さんを仲間に引き入れた。そして、なにかでトラブルが起きたんだと思います。もしかしたら、森元さんは詐欺だということを知らなかったのかもしれない。それで犯人たちと揉めたのかも……」

 その部分は自信がないのか、声が少し小さくなっていた。

「では、森元貞和さんは、いまどこに?」

 それを訊いたのは、久我だった。

「どこかにいます。埋められているか、沈められているのか……」

 その予想は残酷だった。翔子自身も言いたくはなかったはずだ。そして、遙にとっても聞きたくはないことだった……。

「証拠は、あるんですか?」

 それも、久我の言葉だ。長山も、同じことを質問するつもりでいた。

「証拠はありません。でも……」

「でも?」

「森元貞和さんをみつければ……おのずと答えは出るはずです」

「どうやってみつけるんですか?」

「あなたは知ってるはずです……久我さん」

 長山は息をのみながら、久我の表情をうかがった。

 やはり、いつものポーカーフェイスは崩れていない。

「ぼくが、事件に関係してると?」

「わたしは、いまだにあなたの犯人説も捨ててはいません」

 翔子の瞳は、本気だった。

 久我を疑うところまで考えていたのか……。

 長山は思った。いまの彼女の顔つきは、刑事のそれだ。警察官でない彼女は、さながら本物のジャーナリストといったところだ。最初に見たときは、世間知らずのお嬢さんでしかなかった。わずかの期間で、彼女はとてつもなく成長した。事件を解決させた以外に、この懸賞金制度の功績があるとすれば、それは本物のジャーナリストを一人誕生させたことだろう。

「久我さんは、杉村さんを知っていたはずです」

「さあ。あのときもお答えしたが、ぼくにはなんのことやら」

 久我は、とぼけたように答えた。遙のほうは、どうだろう?

「わたしは、ここで初めて会いました」

「杉村さんは、そうなんでしょう。久我さんの家に訪問したとき、きっと久我さん本人は、杉村さんたちの前には現れていないんです……でも杉村さんたちのことは、どこからか見ていた。たとえば、部屋の二階から」

 ふふ、と久我が笑みをもらした。

 その反応をひもとくと、図星なのではないだろうか。

「だから杉村さんのことも知っていたし、森元貞和さんや、お母さん役のサンレイ商事の女性のことも知っていた。そして詐欺被害にあい、両親と妹さんが心中して、あなたは復讐を考えたんです」

 どこまで的を射ているのだろうか?

 長山には、ただその推理を聞いていることしかできなかった。

「きっと、サンレイ商事のことをつきとめたんでしょう。警察にもまだマークされるまえのことです」

 当時の久我は、まだ高校生だったはずだ。

 そんな子供が、組織的詐欺グループを一人で……。

「久我さんが、もし復讐するなら、それは森元貞和さんではないはずです。社長の高橋清彦ではないでしょうか?」

 挑むように翔子は、久我をみつめた。

「あなたは、社長を殺そうとしていた。その隙をうかがっていたのかもしれない。しかしさきに、高橋清彦たちのほうが森元さんに手をかけた」

 緊張感が、二人のあいだに走った。

「あなたは、知っている……森元さんが、どこに眠っているのか」

 久我の表情は、変わらない。

「復讐するのなら、いまじゃないですか!? 彼らに裁きをうけさせるために!」

 翔子は迫った。だが長山は気づいていた。この推理の盲点だ。翔子の言うとおりだったとしたら、久我はいままで復讐相手である詐欺グループを告発しなかったことになる。

 それがなぜなのかを言い当てなければ、この推理は成立しない。

「どうしてぼくはいままで、その犯行を黙っていたんですか? それこそ、復讐するのはそのときでよかった」

 先回りして、久我が問いかけた。

 翔子は立ち上がった。

 右手を大きくあげて、杉村遙を指さした。

「彼女です! あなたは、自分の復讐よりも、彼女の復讐を選んだ」

 遙が、その言葉に呼応するように、久我を見た。

「父親の無念をいつか彼女に晴らさせるために、あえて黙っていた……ちがいますか!?」

「ふふ、ははははっ!」

 久我が堪えきれずに、笑い声をたてた。

「おかしくない!」

「いや、おかしいよ」

「本当のことを言ってください! 当時のあなたは、将来自分がこんな大金持ちになるなんてことは夢にも思っていなかったでしょう……でも、この世のすべてのことを達成できるほどの財産を、あなたは手に入れた。日本にもどってきたばかりの杉村さんを巻き込んで、あなたは彼女に復讐の機会と、懸賞金を残すことを考えた」

 荒唐無稽な部分も多いが、おおむね筋は通っている。

 久我は、サンレイ商事の犯行を目撃していて、どこに行方不明者がいるのかを知っているのだろうか!?

 もし、埋められているのだとしたら……。

「社長の男……高橋清彦の所有している土地は、どこかにないか?」

 長山は、二人に口を挟んだ。

「あるにはあるんですけど……古びたアパートが一棟」

 座りながら、翔子は答えた。長山の質問で、少し熱が冷めたようだ。

「むかしからある建物を買い取ったようで、どこにもそんな場所はありません」

 そんな場所──という表現は、遙に気をつかったのだ。

「各部屋には人が住んでいて、社長は賃料を受け取ってます」

 つまり、通常のアパート経営をしていることになる。そんなところで、重要な犯罪をおこなったとは考えづらい。

「会社名義の土地は?」

 翔子は、首を横に振った。

「サンレイ商事……サンホウ商会のことは、先輩の梶谷さんがずっと追っているんです。高橋清彦や会社の所有物と資産は、あらかた調べています」

 もちろん、隠し口座や名義を偽っての土地所有などは調べてもわからないだろう。さがすといっても、砂漠のなかから一粒のダイヤモンドをみつけるようなものだ。警察組織の力をフルに使ったとしても、はたしてどれぐらいの時間がかかるのか……。

 当然、所有などしていない見知らぬ土地に投棄していることも考えなければならない。そうだとしたら、砂漠どころか、大宇宙のなかから、たった一つの六等星をさがすようなものだ。

「でも、わたしはみつけてみせます!」

 不可能だ──。

 これまでの長山ならば、そう言っていたかもしれない。この財団に出向となって、久我や翔子と知り合ったいまとなっては、どうしてもそう口にすることはできなかった。

 解明不可能と思われた未解決事件を二件解決させ、一件もその目処をたたせたのだ。

 彼女の必死さを見ていると、どんなことでも実現できると信じていた若いころを思い出す。

 胸が熱くなった。

「私も協力しよう……」

 それだけを、彼女に告げた。それぐらいしか、かける言葉はなかった。

「やはり、浅い」

 久我が、唐突につぶやいた。なにを意味するものなのか?

「言ったはずですよ、もっと深く潜らなければ……と」

 翔子は、そんな久我を睨んでいた。

「たった一人で、よくやった。それは認めよう」

「つきとめられなければ、意味はありません!」

「ご褒美だ。ヒントをあげよう」

 バカにされたと思ったのか、翔子の眼光が鋭さを増した。

「首謀者が、社長とはかぎらない」

「え!?」

 言われてハッとした。それは、翔子も同じだったようだ。

「……三船、洋子……」

 久我は、それまでよりも楽しげに笑みを浮かべていた。

 翔子は、再び立ち上がった。

「わたし、梶谷さんに調べてもらいます! 三船洋子の所有している土地はないか!」

「だったら、うちの井上も使え」

 長山は、助言した。

「行方不明事件は『事件』と断定されていないから、ほかとはちがって本庁は動いていない。管轄は、まだうちの署だ」

 正式には、もう長山の所属する警察署ではないが、あえてそう言った。

「井上のことは知ってるな?」

「はい! いろいろ協力してもらってますから、連絡先も知ってます!」

 翔子が、第四の事件解決に向かって動き出した。

「あ、あの!」

 飛び出していこうとした翔子を、遙が呼び止めた。

「父を……どうか父をさがしだしてください! お願いします!」

 立ち上がって、頭を下げていた。

 翔子もそれに応えるように頭を下げて、最上階から出ていった。

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