目隠しを解いて



山梨から2時間以上掛けて東京へ帰ってきた。


お茶をして帰るつもりが夕食もご馳走になってしまったので、日は既に落ちていた。


山梨を出た時に火茂瀬に電話をしたのだが、出なかったので22時くらいには家に行けるとメールをしておいた。


だが、東京へ帰ってきても返信がない。


何処かへ出掛けているのだろうか。


まだ歌姫と居るのだろうか。


社会人として約束を忘れる様な男ではないと思っているので、返信は来ないが火茂瀬の家に向かうことにした。


目的地が近付くにつれて、嫌な予感が膨らんでいく。


もしかしたら警察だということがバレて、捕まってしまったのではないか。


火茂瀬が家に居なかったらBARに向かおう。


四方木 梓:「……電話しておくか」


火茂瀬の住む高層マンションの前に到着したので、もう一度電話を掛けてみた。


四方木 梓:「……やっぱり出ないか」


電話を切ろうと、耳からスマホを離すと、どこからか着信音が聞こえてきた。


“終了”とタッチすると、その着信音も消えた。


火茂瀬が近くに居るのだと確信する。


火茂瀬に電話を掛け直し、車を降りる。


何処かで鳴り始める着信音。


音が動いている。


スマホが鳴り続けているのに出ないなんて怪しい。


僕は車から離れ、着信音を頼りに火茂瀬を探し始める。


マンションのエントランスホールから聞こえる着信音を頼りに敷地内を歩く。


だが、近付いたエントランスホールには見当たらなかった。


耳をよく澄まし、どこで鳴っているのか確認する。


辺りを見回していると、花壇の所に座っている人影を見つけた。


話しかけようと口を開いたが、よく見ると人ではなく、鎖に繋がれた霊だった。


地縛霊なのだろうか。


目が合っているあの霊には近づいてはいけないという事は良く解る。


目を逸らし、火茂瀬を探す。


後ろから視線を感じるが気にしないでエントランスホールから離れる。


霊:「おい、アンタ」


声をかけられてしまうのは何となく予想が付いていた。


返事をする代わりに振り返る。


霊は僕を見つめていた。


霊:「アンタ、誰探してんだ?」


四方木 梓:「……このマンションに住んでいる火茂瀬という男だ。知ってるか?」


数m離れた距離で話す。


霊:「あぁ。あの兄ちゃんならアンタが来るほんの少し前に、ここを出てあっちに行ったよ」


霊は駐車場を指差した。


四方木 梓:「そうか、ありがと。それじゃぁ僕は急いでいるから失礼するよ」


霊に頭を下げて住居者専用駐車場に向かう。


電話を鳴らしながら辺りを見回す。


近付く音。


暗い駐車場の中でゆらゆら光るスマホの画面を見つけた。


火茂瀬は鳴り続けているスマホを手にしているのに出ようとしない。


バイクにゆっくり向かう火茂瀬に駆け寄った。


四方木 梓:「おい、火茂瀬」


背後から近付き、肩に手を置く。


火茂瀬 真斗:「……し……で……い」


ぼそぼそと何を言っているのか聞き取れない。


四方木 梓:「は?」


火茂瀬 真斗:「邪魔しないで……下さいッ!!」


火茂瀬は振り返り様に僕を突き飛ばし、ナイフを振り上げた。


四方木 梓:「おい、火茂瀬!! 何のマネだ!!」


振り下ろしたナイフは、身を守った僕の腕に当たった。


コートのお陰で怪我はしなかったが、火茂瀬が本気なのだと理解する。


四方木 梓:「いい加減にしろ!!」


再び向かって来たナイフを叩き落とし、火茂瀬の左頬に拳を入れた。


火茂瀬は勢い良くアスファルトの地面に倒れた。


殴った右手が痛い。


痛い右手をさすりながら火茂瀬の様子を眺めていると、むくっと起き上がった。


咄嗟に身構えるが、こちらを見る火茂瀬はマヌケな顔をしていた。


火茂瀬 真斗:「……イタッ!!」


涙目の火茂瀬は左頬に手を当てながら僕を見上げる。


火茂瀬 真斗:「梓さんッ!? 何で俺の事殴るんスか!?」


四方木 梓:「…… 可能性はあるな」


僕はひとつ、予想していたことがある。


火茂瀬 真斗:「可能性って何スか!? ……うわ、血ぃ出てるッ!」


火茂瀬は僕の言葉に疑問を浮かべながらも、口内が切れている事に騒いでいる。


四方木 梓:「火茂瀬、もしかしたらお前、催眠術をかけられていたのかもしれないぞ」


口の端から垂れている血を拭う火茂瀬の手が止まる。


火茂瀬 真斗:「……さい、みんじゅつ?」


四方木 梓:「まぁ……お前の話も詳しく聞きたいし、とりあえず予定通り上がらせてもらえるか?」


現状を理解していない火茂瀬の腕を掴んで無理やり立たせて来た道を戻る。


火茂瀬の居場所を教えてくれた花壇の霊に頭を下げてから、僕たちはマンションのエントランスホールに入った。


火茂瀬 真斗:「コーヒー切らしてて紅茶しか無いんスけど」


湯気の立ち昇るストレートティーを出してくれた。


安い市販の紅茶だ。


四方木 梓:「ありがとう」


熱いうちにストレートティーを一口啜る。


やはり、紗栄子さんと一緒に飲んだ紅茶の方が美味しかった。


火茂瀬 真斗:「梓さん、すいません。ナイフなんて向けて……」


申し訳なさそうに頭を下げる。


怪我はしていないし、切られたのはコートだけなので問題はなかった。


ただこのコートは萌が行方不明なる前に紗栄子さんから送られてきたもので、萌のお父さんの会社の商品だった。


着られなくなってしまったのは残念だが、火茂瀬の意思で切り掛かったわけではないので弁償してもらうつもりはない。


四方木 梓:「催眠術にかけられていたんだから仕方ない」


僕は住居者専用駐車場で火茂瀬を見た時から、予想が確信に近付いていた。


四方木 梓:「歌姫から貰ったカード。香水の匂いだと思っていたが、一瞬クラッとして、引っかかったんだ。様子の変わった火茂瀬を見てその香りが催眠薬だと確信したよ」


歌姫の待つ2階の部屋には、その香りが充満しているに違いない。


催眠術にかける事で、殺人を犯す仕事を簡単に引き受けさせ、殺人まで誘導していたのだ。


恐ろしい薬である。


僕たちは犯人を殺すことで、知らない間に証拠隠滅をしてしまっていたようだ。


四方木 梓:「昨夜の記憶はあるか?」


『自分でも何で引き受けたか分からねぇんだ……飲んでたせいか記憶が曖昧で』


文月は催眠術に掛かったまま死んだせいで、殺人未遂の記憶はあっても引き受ける前までの記憶が無かった。


催眠術が解けた火茂瀬なら、 詳しい状況を思い出せるかもしれない。


火茂瀬 真斗:「昨日は……」


火茂瀬は目を閉じ、唸りながら記憶を探る。



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