手掛かり①



四方木 梓:「なぁ……火茂瀬」


僕は火茂瀬の顔と同じ高さの、空気である部分を見つめる。


火茂瀬 真斗:「なんスか? 梓さん」


いや……これは嘘だ、幻だ。


そんなはずはない。


四方木 梓:「お前の隣……何か居るか?」


僕には今、が見える。


殺された高世奈々美が見えるのだ。


火茂瀬 真斗:「居ますよ?」


四方木 梓:「っ!?」


火茂瀬 真斗:「あれ、梓さん見えるんスか?」


火茂瀬は目を丸くして僕の目を見る。


四方木 梓:「か、完璧じゃないが、透けて……見える」


目を擦っても高世が見える。


火茂瀬 真斗:「多分、俺の霊力が移ってるんじゃないスかね?」


半透明の高世から視線を外すと、辺りには彼女と同じ様な半透明の幽霊たちが浮遊していた。


四方木 梓:「他にも見える……」


僕の前を通り過ぎた幽霊と目が合った。


四方木 梓:「っ……」


暗くても青白い半透明の幽霊はよく見える。


四方木 梓:「火茂瀬……お前、いつからこういうの見えてるんだ?」


目的地に向かいながら僕は辺りを見回す。


火茂瀬 真斗:「いつから? ……ん〜ガキの頃からっスかね」


四方木 梓:「怖いとか思わなかったのか?」


後ろを向くと子猫の幽霊が僕の後を付いて来ている。


可愛いと思ったのは、ほんの一瞬で、子猫に両目が無い事に気が付き、背筋がゾワッとした。


火茂瀬 真斗:「俺には見えるのが普通だったんで、怖いとか思った事は無いっスね。まぁ、たまに追いかけて来たりするのが居たけど、恐怖よりも“何で俺だけ?”っていう疑問ばっかでしたよ」


火茂瀬は立ち止まると、僕の後を付いて歩いていた子猫を抱き上げた。


火茂瀬が頭を撫でると生きている子猫と同じ様に高い声で鳴いた。


火茂瀬 真斗:「梓さん、怖いっスか?」


四方木 梓:「いや、怖くはない。ただ見えているのが不思議で少し動揺しているだけだ」


火茂瀬は子猫を地面に降ろす。


子猫は高い声で再び鳴くと、僕らに背を向けた。


子猫の歩く後ろ姿に手を振ると、僕らも再び歩き始めた。


僕にも幽霊が見えるようになった。


もしかしたら萌を見つける事が出来るかもしれない。


……いや、死んだなんて考えたくはない。


萌はきっと何処かで生きている。


四方木 梓:「なぁ、火茂瀬。その紙袋には何が入ってるんだ? 」


復讐をする時、火茂瀬はいつも手ぶらだった事を思い出し、珍しく茶色い紙袋を持っていたので気になっていた。


火茂瀬 真斗:「これは……内緒ッス」


持って来ているという事は、復讐に使うものだろうか?


茶色い紙袋に視線を落とすが、ホチキスで止められていて中身は見えなかった。


もったいぶる必要は無いと思ったが、中身に興味があるわけではないので、深くは追及せず、歩き続けた。


火茂瀬 真斗:「お、もう来てる」


火茂瀬の声で高世が殺されたパーキングエリアに1人の男が立っているのに気付く。


文月奏だ。


今夜は執行人として文月を殺す。


パーキングエリアに入ると高世は操るのを止め、結界を張った。


文月 奏:「ここは……」


文月は辺りを見回し、僕たちに気付く。


文月 奏:「お前ら誰だッ……あ! あん時のホ――」


四方木 梓:「黙れ」


僕はホモと言われる前に麻酔銃を左胸に撃ち込んだ。


火茂瀬 真斗:「……あ、梓さん。殺す勢いっスね」


四方木 梓:「侮辱罪で処刑してやる」


火茂瀬 真斗:「(マ、マジなやつだッ!)」


僕と火茂瀬で倒れた文月を引きずり、フェンスの所まで連れて行く。


両手首をフェンスに固定する為に、文月のシャツに手を伸ばす。


高世は巫女装束を破かれたからだ。


火茂瀬 真斗:「梓さん。これ着せましょ?」


そう言って僕の作業の手を止めた火茂瀬は巫女装束を持っていた。


火茂瀬の足元には茶色い紙袋が口を開けて、無造作に置かれている。


四方木 梓:「……お前、内緒って、それのことだったのか」


火茂瀬 真斗:「アキバで買ってきました!」


僕にもその考えはあったが、必要がないので実行しなかった。


殺人の手口を模倣する事が重要であり、僕にとって服装は重要ではなかったからだ。


四方木 梓:「はぁ……急いで着せるぞ」


僕が文月の服を脱がせると、火茂瀬が素早くコスプレ用の巫女装束を着させた。


そして高世が殺される時と同じ状況にする為に胸元をはだけさせ、袴の裾を裂き、その切れ端で両手首をフェンスに固定した。


十字架に張り付けにされたイエスのようだ。


火茂瀬 真斗:「……やっぱ萌えませんね」


四方木 梓:「は?」


眉を寄せて火茂瀬の顔を見つめる。


火茂瀬 真斗:「いや、男のってあるし銀髪でも萌えるかなぁって思ったんスけどね……ダメでした」


わざわざコスプレ用の巫女装束を買ってきた動機は、正確に現場を再現するつもりだけでは無かったようだ。


真顔の火茂瀬に、僕の眉間のシワは深くなる。


四方木 梓:「気持ち悪いな」


火茂瀬 真斗:「そうっスね」


四方木 梓:「お前のことだ」


火茂瀬 真斗:「えッ!?」


火茂瀬が驚いているのを無視して、僕は弓矢の準備を始めた。


弓は僕が学生の頃に弓道をしていたので、文月を殺害するためだけに実家から持って来たものだった。


矢は高世の遺留品から一本くすねてきたもの。


復讐する事になった時のために、回収した遺留品の矢の本数を一本少なく書類に書いて提出していたので、一本減っても書類に不備はないので問題ない。


火茂瀬 真斗:「梓さん、出来るんですか?」


四方木 梓:「母親に言われて少しやってたくらいだから五段だけどな」


弓道には全日本弓道同盟が定める、段級位は5級から1級および初段から十段まである。


僕は複数の地方連盟の合同で行われる審査までしかしていない。


もう少し頑張れば、その上の全日本連盟が主催する審査にも出れたのだが、僕は弓道に興味が無かったため、五段でやめにした。


四方木 梓:「久々だが、まぁ問題は無いだろう」


弓の弦を引き、欠陥が無いか確認する。


自分の腕より、学生時代に使用していた弓の方が心配だったが大丈夫そうだ。


火茂瀬は僕の視界の隅に停まる車に寄り掛かり、見物客気取りである。


弓に矢を引っ掛け、的である文月の額を狙う。


弓の軋む音と僕らの呼吸の音だけが静かな空間に流れる。


文月 奏:「うぅ……」


狙いを定めていると、文月が目を覚ました。


文月は半開きの目で辺りを見回し、体が動かないのに気付いて、自分の体を見下ろす。


文月 奏:「えっ……!?」


見覚えがあるからだろう、顔が一気に青白くなった。


文月がようやく顔を上げ、僕らを見た。


瞬間、僕は弦を放す。


僕はこの瞬間を待っていたのだ。


勢い良く放たれた矢は真っ直ぐ文月に襲い掛かり、狙い通りの額に刺さった。


ぐしゃっ


不気味な音は耳ではなく、矢を放った両手に響いてきた気がした。


四方木 梓:「ふぅ……」


終わった、と僕も火茂瀬も肩の力を抜く。


文月 奏:「――俺は殺してない!! 本当だッ! 殺してない!! だ、だから殺さないでくれッ!!」


四方木 梓:「え?」


火茂瀬 真斗:「は?」


僕と火茂瀬の驚きの声が重なった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る