【第二章】

変わる二人①


四方木 梓:「おはようござ――」


白城 智:「梓!」


捜査一課のオフィスに入った僕の朝の挨拶は、白城智の声に掻き消された。


四方木 梓:「ど、どうしたんですか?」


白城の大きな声に驚きつつも、用件を聞く。


白城 智:「廃墟ビルで見つかった血痕のDNAと一致する奴が居たんだ!」


この事件が白城との最後の仕事だということを思い出し、急に悲しくなった。


犯人である桑月一は火茂瀬が殺してしまった。


死体が発見されれば、この事件は別のチームに引き継がれる事になっている。


執行人を捕まえる為のチームがあるのだ。


四方木 梓:「徹夜で照合してくれてたんですかね? で、犯人は誰なんですか?」


白城は数枚のプリントがホチキスでとめられたA4紙を渡してきた。


僕は中指でメガネのブリッジを押し上げ、受け取った資料に目を通す。


白城 智:「桑月一。こいつ捕まえるのが俺たちの最後の仕事だ」


白城が扉の前に立つ僕の肩に手を乗せた。


僕は無言で頷いた。


だけど僕たちの本当の最後の仕事は、死体となった桑月が藤山真綾と同じ状態で死亡しているかを確認する事。


僕たちは、もう桑月を捕まえることは出来ないのだ。


頷いた僕の顔は曇っていたと思う。


四方木 梓:「桑月はどこに?」


僕は手にしている桑月一の個人情報欄に目を通す。


白城 智:「刑務所出た後は実家暮らしのはずだ」


四方木 梓:「逮捕状出てますよね? 住所は分かりますし、行きましょう」


無駄足だと解ってはいるが、コートのポケットに入れた愛車の鍵を見せる。


閉めた扉を開け、数分前まで乗っていた愛車に戻ろうとすると、突然デスクの電話が鳴った。


白城 智:「出てくる」


白城は自分のデスクに足早に向かうと、素早く受話器を取った。


白城 智:「白城です。……お、どした? ……えっ……そうか、分かった。すぐ行く」


受話器を戻すと、白城は険しい顔で僕を見た。


白城 智:「亀井かめいが桑月の死体を藤山真綾と同じ現場で見つけた。今すぐ行くぞ」


四方木 梓:「わかりました」


僕たちは急いで車に乗り込み、廃墟ビルへ向かった。


電話の内容は予想通りだった。


亀井威かめいたけるは僕の次に見回りをする事になっていた同期の刑事。


いくら不定期とはいえ、僕との時間が空き過ぎだ。


見回りの時間が不定期なのには理由がある。


内部の人間が執行人だった場合、見回り時刻が決まっていたら、隙を見て執行人が動く可能性があるからだ。


例え内部の人間じゃなかったとしても、警察側の行動を把握されない為に不定期にしている。


それに見回りを担当している人間が誰なのかは誰も知らず、担当している者すら己の前後の人間しか把握できていない。


順番こそ決まっているものの、誰が見回りを何時から何時までしているかなんて、大腹警部しか知らないはずだ。


……それを利用してサボったな、あいつ。


白城 智:「最後の仕事なのに捕まえられなかったな。犯人解ったのに……桑月を殺したのは100%執行人だろ? 何で俺たちより先に犯人が解るのんだよ」


助手席に座った白城は流れる車窓を見つめながら、悲しそうにボヤいた。


四方木 梓:「内部の人間なら犯人が解ってすぐ行動するでしょうが、今のところ執行人は僕たちが犯人の情報を探している間に殺しています。強いて言うなら鑑識とかですかね?」


トンネルに入り、オレンジ色のライトが車内をチカチカと照らす。


白城 智:「鑑識ねぇ……。ってかさぁ刑事の俺が言うのもおかしいけど、執行人なんて捕まえなくていいと思うんだよね。女一人殺したって犯人が死刑になるわけじゃないし。間違った世の中に訴えてるんじゃないのかなって思うんだ」


何も知らなければ執行人に対して、そんな考え方もあるのか。


執行人である僕はそんな理由で犯人を殺してなんかいない。


コピーキャットである火茂瀬の動機は、その考えに近いが僕は違う。


四方木 梓:「でも訴えるなら、他の方法にしてもらわないと素直に応援出来ませんよ。殺しちゃ犯人と同じですからね」


白城 智:「執行人も犯人も捕まえられんのかなぁ……」


白城が溜め息をつく。


長いトンネルを抜け、眩しい太陽の光が射す。


車内のネガティブな空気を浄化してくれるようだ。


四方木 梓:「さぁ着きましたよ。桑月が藤山真綾と同じ死に方かどうか確認するのが最後の仕事です」


車から降り、まだ助手席に座っている白城に声を掛ける。


白城は車内に溜め息を残して、車を降りた。


白城 智:「ふぅ……。いつまでも、うだうだ言ってたってしょうがないか。刑事である以上、捕まえることが仕事だからな。わりぃ。梓と犯人捕まえられないからって、カッコ悪い所見せちゃったな」


白城は気不味そうに頭をガシガシ掻きながら車のドアを閉めた。


四方木 梓:「僕も同じ気持です。……すごく悔しいですから」


黄色いテープをくぐり、2人並びながら無言で階段を上り、騒がしい4階へ向かった。


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