第17話 神殿からの脱出

 突然、視界が開けて何もない通路に変わった。目の前の床には動物の絵が描かれたタイルが整然と並んでいる。さきほどのゾンビ達や、最後に見えた虹色に光る怪しげなスライムはどこかに消えてしまったようだ。


「みんな無事?」


 セラが立ち止まって振り返り、みんなの安全を確認する。


「なんとか無事じゃ」


「えうーっ、怖かったあ」


「……とりあえず大丈夫よ」


「セラ、最後に出てきたアレなんなんだよ~、目ん玉がいっぱいあるやつ。

 すっごい気持ち悪いんだけど……」


 最後尾のアキラが、暗い表情で尋ねてくる。


「あの虹色のスライムみたいなモノは、わたしの調べた情報にはなかったわ。

 とりあえずアレのことは後で考えましょう」


 セラもワケがわからないといった顔だ。


「おいお前ら、やつらがいつ仕掛けに気づいて、ここに現れるかわからないんだぞ?

 止まってないで、さっさと走れ!」


 先行しているケイが急いで手招きする。


「ケイの言うとおりよ。さあ、メグも急ぎましょう」


「えうーっ、急ぎましょうって言われても、

 この浮遊盤がついてこないんだよう……」


 セラに手を引かれるが、メグが少しでも歩く速度を上げると、金貨の袋を載せた浮遊盤はたちまち引き離され、ある程度距離が離れるとその場に留まってしまう。

 しかたなく止まる度に浮遊盤を取りに戻るため、メグはゆっくりと歩く速度でしか進むことができない。

 歩きながらメグがまた泣きそうな表情になった。


「とにかくワシらが先行して退路を確保する。みんなはその後についてくるんじゃ」


 そう言ってヤスマとルナは廊下の角まで走っていく。


「お前らも、なるべく早く来いよ」


 ケイもヤスマに呼応し先行する。


 残った三人は仕方なく、ゆっくりと廊下を歩いていく。

 浮遊盤がのんびりと進むのをイライラと眺めながら、アキラはしきりに後ろを振り返り、ゾンビ達が現れていないかを確認した。

 幸いそのままゾンビ達は現れず、三人はなんとか大蛇の死体が転がっている大広間まで到着した。

 大蛇の死体は腐敗が始まっているのか、前よりも死臭がひどくなっている。


「この大蛇もずいぶん昔に倒した気がするわね……」


 セラがメグに合わせて歩きながら感慨深げにつぶやく。


「えうーっ怖かったよぉ。死霊なんてもう二度と見たくないよう……」


 セラの言葉に触発されたのか、メグも嫌な記憶を思い出したようだ。


「だがこの大広間までくれば安心だ。知能の低いゾンビやスライムじゃ、あの魔法の仕掛けには気づかなかったみたいだな。後はこの大通路を戻って外に出るだけさ」


 アキラもようやく、近くに出口が見えてほっとしていた。


 テ・テ・リ・リ…… テ・テ・リ・リ……


 突然、さきほどの鳥の鳴き声に似た奇妙な音が大広間に反響する。


「うわああっ、どこからだ? 廊下の方にはいないぞ」


 アキラが恐怖に引きつった顔であたりを見まわす。


「……シデンくん。そういえばそこの大穴から、この大蛇って這いあがってきたよね?」


 大蛇の死体を指差し、メグがボソリとつぶやく。

 慌ててアキラ達が大穴のほうを見ると、虹色の光る物体が穴の淵に見えているではないか。スライムは今にも上がってきそうにウネウネと激しく動き回っていた。

 思わずセラとアキラは、スライムの中にあるカエルの卵のような無数の目を見つめてしまう。


「……そんなまさか?」


「うわああっ、みんな走れぇっ!」


「待って、待って、待ってよう~」


 恐怖に駆られ、大慌てで走り出すセラとアキラ。

 魔女をひとり置いて、二人とも容赦のない全力疾走である。

 しかたなく二人の後を泣きながらメグが追いかけていく。

 円盤を置いていきそうになるたびに、メグが振り返っては取りに戻る。

 表に出たくないのか出てこれないのか虹色のスライムは穴の淵に顔を覗かせ、身体を変化させながらメグ達を見つめるだけで、それ以上深く追いかけることはしないようだった。


 テ・テ・リ・リ…… テ・テ・リ・リ……


 無人になった大広間からは、あいかわらず不気味な音だけが神殿の大通路までも響き渡る。


「お前ら、遅すぎ! 何やってたんだよ」


 出口で待っていたケイが走って神殿から出てきたセラ達をどやしつける。

 外は暗くなりかけており、すでに遠くの空が赤く染まっていた。

 ヤスマとルナも心配そうに二人を見ていた。


「ん、バーバラはどうした?」


「アレが出たんだ…… アレが!」


「出たのよ…… アレが出たのよ!」


 アキラとセラは息を切らしながら、それだけを繰り返す。完全に恐慌状態だ。


「アレって、さっきのあの変なやつか? 

 おいおい、じゃあバーバラのやつ、やべえじゃねえか……」


 様子のおかしいセラ達を置いて、ケイが光る短剣を取り出し急ぎ大通路の中に走っていく。


「ヤスマは聖女さん達をお願い!」


 話を聞いていたルナも、そう言い残して女盗賊の後を追う。

 ケイが大通路に踏み込むと、奥の方にメグが泣きながら歩いてくるのが見えた。

 メグの後ろには金貨を載せた浮遊盤が浮いているだけで、通路の後方には虹色のスライムの姿はない。


 テ・テ・リ・リ…… テ・テ・リ・リ……


 だが石壁で反響しているのか、小さくなった奇妙な音はケイの耳にも聞こえて来ていた。


「ゾッとする音だ。アキラ達がおかしくなるのも無理はないな」


「みんなひどいよう…… ボクを置いていくなんて……」


 ケイと後ろから追いかけてきたルナを見て、安心したようにメグが泣き止んだ。

 それからメグを挟むように三人で警戒しながら、この神殿の通路から外に出た。

 日も暮れかけているため、みんなは急いで遺跡を離れることにする。


「……ごめんなさい、メグ。本当にごめんなさい」


 正気に戻ったセラが、階段を降りながら必死に女魔術師に謝った。


「いやあ悪かったよメグ。これが恐怖に取りつかれるっていう感覚なのかな?

 もう自分じゃ、どうしようもないんだ」


「今回はしょうがないね。

 ボクだって金貨が無ければ、全力で逃げ出してただろうからね」


 メグはそう言って二人を許してくれた。

 歩きながらも時折うしろを振り返り、金貨の詰まった袋の山を確認しては、口の端を緩ませていた。


「最初の大広間でラパーナくんの言うとおりにボクが大蛇を倒してなかったら

 いったいどうなっていたことか……」


「たしかにあれはメグのおかげだね。あの大蛇と虹色スライムの両方を相手にするなんて、考えただけでぞっとするよ。セラの判断も良かった」


「まあ、それはねえ……」


 前を歩くヤスマとルナに、まさかシナリオを読んでいたなどとは言えないので、セラが曖昧な返事でごまかす。


「おいおい、大蛇を倒したのは、お前じゃなくてオレだろうが?」


 さも自分が倒したかのように自慢するメグに、ケイが物言いをつけた。


「クラッカーくんは最後にちょこっと止めを刺しただけでしょ?

 あの時にはもう、大蛇はほとんど死んでたよ」


「なんだとーっ! 大口を叩くのはこの胸かっ」


 ケイがメグの大きな胸を服の上から両手で鷲摑みにする。


「えうーっ!」


「まあまあ、二人ともケンカしないで。財宝もほとんど持ち出せたし、

 終わりよければすべてよしということで」


 セラがそう言って場を収めると、金貨の山を囲みながらみんなで大笑いする。

 一行はそのまま浮遊盤に袋を載せたまま、旅慣れたルナとヤスマの案内で急ぎ山を降りていく。長い階段を降りると辺りはすっかり暗くなってしまった。

 アキラは炎で、セラとケイはエターナルライトの魔法をかけた武器で辺りを照らす。道案内で先頭にいるルナとヤスマは妖精族のため夜でも物が見えるらしく、照明を持たずに星空の明かりだけで森を目指して荒野を進んでいった。

 暗くなると心配した通り、地面から湧き出てきたかのように次々と、デッド達がパーティを襲ってくる。

 ここはまさに大妖精の伝承にある呪われた土地だった。

 その度にセラが浄化の祈祷を行い、骸骨戦士や動く死体達を消滅させていく。

 その作業をしばらく続けていると、”もうすぐ森よ”とルナが告げてきた。

 森が近くなると、もうさっきまでのようにアンデッド達はほとんど近づいてこなくなった。後方の荒地にゾンビが群れで歩いているのを見かけたメグは、もったいないからと覚えている火炎爆弾ファイアーボンバーを使いたいと言い出した。

 セラも実際の魔法の威力を知りたかったのでメグに火炎爆弾の使用許可を出す。

 メグの杖から発射された火炎爆弾がゾンビの群れに着弾すると、炎が巻き起こり想像以上の爆風と爆音が発生した。まさに爆弾である。

 もちろんゾンビ達は、その凄まじい威力で木っ端みじんに吹き飛ばされた。

 とてつもない破壊力を見てセラは迷宮内では、おいそれと使える魔法ではないことを改めて確信した。

 爆弾の効果もあったのかその後は敵にも遭遇せず、ようやく森に入ったところでキャンプを張った。

 さすがに魔法を覚えるためルナも休憩に入り、ヤスマとアキラとケイの三人が交代で見張りに立つことになった。

 翌朝メグ達が呪文を覚え直し簡素な朝食を終えると、またルナの案内で元来た道を戻っていく。

 金貨を載せた浮遊盤の速度に合わせて森や山を抜けてラターシュの街へと向かう。

 おかげで旅は長くなり、到着には五日もかかってしまった。


「恐竜島の時を思い出すよ、魔法保管鞄に入らないお宝はこうして運んだからね」


「バーバラ油断すんな。街に戻らなきゃ経験値にはならねえ」


 メグが金貨を眺めながら上機嫌で語っているのをケイがあきれた顔で、たしなめる。最後の森を抜けると丘の上から眼下にリースリングの城壁が見えてきた。

 

「ここから3、4kmも歩けばすぐに街に入れるじゃろう」


「さて、ようやくリースリングに着いたわけだけど、ここで問題がひとつあるわ」


 セラがここに来て、いきなりみんなに問いかけてきた。


「問題って? このまま街に入り宝物を冒険者財団ファウンデーション

 鑑定所に出して経験値をもらうだけだろ?」


「ところがそう簡単にはいかないのよ。

 わたし達が黄金の魔像を盗み出したことで、おそらくザナックに警戒されてる。

 ザナックにとってこの魔像は自分の命と同じだからね。

 想像になるけどドレイク司令官に黄金の魔像を持っている人間がいないかどうか、

 調べるように指示をだしてると思うの。

 このまままっすぐ街に入るのは危険じゃないかしら?」


「さすがに冒険者財団ファウンデーションの中は聖域じゃから、

 奴等も乗り込んでは来ないはずだが」


 ヤスマが髭をさすりながら軽く歯を見せた。

 冒険者財団ファウンデーションはガブリエル大陸全域にあり、魔術士大学アカデミー六大神教会アソシエーション戦士連合ユニオンからなる巨大組織である。

 盗賊組合ギルド邪教団ヘルシーなどの非合法組織は財団には公式には所属していないものの取引は行われており、彼らも滅多なことでは冒険者財団に直接手を出してくることはない。

 まさに冒険者財団こそは、セプター帝国をも凌駕する超国家的組織だった。


「じゃあどうするんだ?」


「とにかく金貨を全部この森のどこかに隠して、直接ザナックのいる寺院に向かうしかないわね」


「たしかに俺も財宝を抱えての戦闘は避けたいけど……」


「オレとしては奴と戦う前にここで経験値を稼いでおきたいところなんだがな」


「えう~っ、せっかくベッドで眠れると思ったのに……」


 さらに野宿が続きそうなセラの提案に、ケイ達も不満の声をあげる。


「でもセラの言うとおり、この財宝を抱えたまま街に入れば捕まるかもしれない。

 そうなると苦労して運んできたこの金貨も全部没収されることになるよ?」


「えうーっ、それはイヤだあ。それなら野宿の方がマシだあ」


 メグが金貨の没収と聞いて途端に拒絶反応を示す。

 アキラの提案を聞きながら、ケイは腕組みをしながら考えていた。


「いや、もっといい方法があるぜ。

 こういう大きな街の外にはだいたい盗賊組合ギルドの本部があるんだ。

 さすがに街中でギルドの看板を出すわけにはいかねえ。

 非合法組織だからな。それに盗賊は夜の仕事がメインなんだ。

 城門が閉まってからがオレ達の稼ぎ時だからな」


「お嬢ちゃんひとりで大丈夫か?ワシも行こうか?」


 ヤスマが気をきかせてケイに協力を申し出る。


「なあに心配はいらねえよ。オレが中に入れるようナシをつけてくる。

 ただアキラ、お前はついてこい。ここはオレの所属するギルドじゃねえ。

 オレみたいな可憐な小女一人じゃ、やつらに舐められるからな」


「ああ、いいよ」


「じゃあみんなは、オレが盗賊組合に話をつけてくる間、

 森の中にこの金貨の袋を隠してきてくれ」


「ケイ、わたしはいなくても大丈夫?」


 心配そうにセラもケイを見る。


「おいおい、盗賊組合ギルド聖女セイントを連れていけるわけがないだろ。

 ラパーナはいないほうがいい。

 組合員に警戒されて逆に仕事の話がやりにくくなる」


「それじゃあ待ち合わせはどうするの?」


「そうだなあ……」


 ケイがリースリングの街を眺めると、城壁のそばに飛びぬけて大きい赤い屋根の建物が見えた。


「お前ら、城外のあそこに派手な赤い屋根の建物があるのがわかるか?」


 ケイが建物を指差してみんなに説明する。


「ええ、わかるけど…… あれはなんの建物かしら?」


「なんの店でも建物でもいい。とにかくお互いの仕事が終わったら、

 あそこの前で落ち合おう。

 セラ、あのスラム街に入る時はその胸のホーリーシンボルは閉まっておけ。

 あの場所じゃ目立ちすぎる」


「ありがとうケイ、気をつけるわ」


「それじゃあロードさんも注意してね」


 別れ際にルナが微笑みながら、アキラに軽く手を振る。


「大丈夫ですって、ルナさん。すぐにまた会えますよ」


 アキラもはにかみながらアーヴに手を振って返した。


「こらアキラ、ニヤけてないでさっさと行くぞ!」


 ケイはそう言うとアキラの手を強引に掴む。パーティは二手に分かれ、ケイ達はスラム街へ、セラ達は森の中へ向かうことになった。ケイとアキラは二人で斜面を強引に滑り降り、テントやバラック小屋のある城外の集落へと向かっていく。」

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