第13話 邪神の神殿2

 ケイが意気揚々と三つの石棺のまわりを調べると、どうやら中央の石棺にだけ何か仕掛けがありそうなのがわかった。

 石棺の中にはどれも金貨や銀貨などが敷き詰められており、宝石やペンダント、短剣、杖、王冠などの宝飾品も入っている。


「外の2つの石棺に入った財宝は好きなだけ取れるが、中央の奴をどうするかだな。

 困ったことに中央の箱が他の2つよりも財宝の数が多いんだ。

 何か罠が仕掛けてあるのはわかるが、それがどうやって作動する罠なのかがわからない」


 ケイが腕を組んで困った表情をする。


「記憶ではたしか重さで起動する罠だったと思うんだけど……」


 セラがまわりに聞こえないよう、こっそり小声でケイに耳打ちする。

 その情報を聞いてケイはもう一度、中央の石棺の仕掛けを調べ始めた。


「なるほど…… 押すと上下に少し動くのか。罠の種類まではわからないが、

 どうやらある一定以上重さが軽くなると

 どこかに仕掛けられた罠が作動するみたいだ。中央のやつは大物だけ持ち帰れば

 罠を作動させずに済みそうだな」


 二つの石棺からは金貨以上の財宝を全部、中央からは宝石・宝飾品のみを抜き取って大袋に入れ、セラとメグ、そしてヤスマの持つ魔法保管鞄ホールドバッグに3つに分けて収納する。


「これでここの財宝は良しっ、と。思ったよりいい収入になりそうだわ。

 財宝の分配はギルドに持ち帰ってからね」


「えうー、もったいないよう。中央の分も白金貨ぐらいは持って行っても

 大丈夫じゃないかな?」


 そうボヤキながら、メグは中央の石棺の中から目を皿のようにして見つけ出した白金貨を数枚つまみ上げる。


「まったくお前はせこい奴だな。中央の奴はどのぐらい重さが軽くなると

 罠が作動するのかわからないから硬貨には手を出すなって言ってんだろうが!」


「じゃあせめて外の2つの箱の半金貨だけでも持ち帰ろうよ~。

 金貨の半分も価値があるのにもったいないよう」


「いいかげんにしろっ! 迷宮のお宝はこれだけじゃないんだ。

 奥にもっとあるかもしれないんだから、そんな細かいのまで集めてたら、

 大物が持ち帰れなくなるだろうが」


「えうーっ」


「さあ、こいつがこれ以上金貨をあさらないようにさっさと石棺の蓋を元に戻すぞ。

 アキラも手伝えっ」


 ケイはアキラと二人で蓋を持ち上げ、三つの石棺の蓋をすべて元通りに戻す。

 これで一見すると宝物が荒らされたようには見えないはずだ。

 外の壊れた石像鬼や、残っているミイラの死体を見れば侵入者が来たのは、まるわかりだがこの際そういう細かいことは考えない。

 作業の間、メグは半べそをかきながら二人の様子を見つめているだけだった。


「この大広間の両側にも通路が続いておるぞ。邪神の石像のまわりにはとくに価値のある物や仕掛けは無さそうじゃ。

 さて左右どちらの通路を進むかね?」


 ヤスマとルナが先ほどまで調べていたこの大広間の調査報告をする。


「ヤスマさん、まずは左に進みましょう。そっちに邪神官達の休憩室があると思うわ」


 通路に罠や敵がいないことを確信しているセラは、光るメイスで廊下を照らしながら一人だけ先に歩き始める。

 左の通路を少し進むと壁につきあたり、そこからが左右のT字路になっている。

 左右のT字路の先には、それぞれ金属製っぽい扉が見える。

 右の通路の扉には金無垢の表面に小さな宝石が飾られていて、少し豪華な仕様になっているようだ。


「おっ、右の扉のほうがなんか立派だな? いかにもお宝があるって感じだ」


 ケイが手をこすり合わせながら、右の通路の扉を調べようと近づく。


「ケイ、そっちはたぶん罠の部屋よ。だからよく調べれば安っぽい造りのはず。

 わたしが調べたいのはこっち」


 セラは右の扉には興味も示さず、さっさと左側の扉の前へと進んだ。

 左の方にはいかにも頑丈そうな鋼鉄製の扉がはまっている。

 扉の上部には赤い大きな宝石がひとつ嵌められており、宝石の下には神聖文字が書かれていた。


「え~と、これは教会がよく使う神聖語みたいね。

 ”この扉を通る者はセトの忠実な証を見せよ”

 忠実な証って……なんのことかしら?」


 セラは神聖文字を読み上げながら考えをめぐらす。 


(そうだ、思い出したぞ。

 この扉を開けるにはセトの紋章の聖印が必要だった。

 先に北の寺院に行けば手に入ったかもしれないな。

 行く順番を変えると、こういう問題も起きるのか……)


 仕方なくセラは扉についているレバー式のノブを動かしてみるが、ノブはガタガタと音を立てるだけで何かに引っかかってビクともしない。

 レバーの下を見ると、そこにはまわりに錆びの付いた大きな鍵穴が空いていた。

 セラは鍵穴を眺めながら、ケイに声をかける。


「ケイ、ちょっとこっちも調べてくれない?」


 ケイは安っぽいと言われた右の扉が気になって一人で調べていた。

 だが声をかけられると、そそくさとした動作でセラのそばに戻ってくる。


「たしかにラパーナの言う通りだった。

 表面の金は塗装で鉄の扉に薄く塗ってあるだけで錆が浮いていてボロボロ。

 はめられている宝石も小さいうえ、水晶やトルコ石などの安物ばかりだ。

 鍵も初心者の練習用かと思うほど単純でチャチな奴だぜ。

 あんな安普請チープな造りだと、まともな宝の保管庫とは思えねえ。

 ラパーナの言うとおり、あの部屋は罠かもな」


 ケイが先ほど調べた扉の不備をぶちまける。

 それからセラに調べるように指示された左の扉の調査にかかった。


「う~ん、この鍵はなんか怪しいな。

 一見、普通のシリンダー錠に見えるが中に不自然な突起物が見える」


 ケイはエターナルライトの魔法をかけた短剣で照らしながら、慎重に鍵穴の様子を探る。

 調べているうちに、ケイの表情がだんだんと険しい表情へと変わっていった。


「……おそらくこの鍵は罠だな。

 鍵で開けようと中に何か入れるとシリンダーが動いて、

 鍵を抜いた時に鍵穴から針が飛び出してくる仕掛けになっているようだ。

 おそらく針には猛毒が塗ってあるだろう。気づかずにピッキングしていたら、

 オレも危なかったかもな……」


「じゃあ、どうするんだ。あきらめてさっきの大広間に戻り、

 右の通路を進むか?」


 ケイの言葉を聞いて、アキラが怒ったようにセラに問いかけた。


「正攻法で開かないのなら仕方がないわね。ここには重要な物があるはずだから、

 こういう時こそ魔法を使いましょう。

 メグ、開錠オープンロックの魔法をお願い」


「えうーっ、1回分しか覚えてないのに、ここで使っても大丈夫なの?

 ボクとしてはできれば宝箱に使いたいんだけど……」


「いざとなれば呪文巻物スクロールの予備もあるし、

 ここは必要だから、ぜひ使ってちょうだい」


 セラが手を合わせてお願いする。


「ラパーナくんがそう言うなら仕方がないね……」


 メグが鼻の穴を膨らませて自慢げに答える。

 それから杖で魔法陣を描きながら開錠の呪文を唱えると、杖から光が出て扉に付いた宝石に向かって飛んでいく。


 すると宝石が赤く光りガチャガチャと歯車が回る音がして、最後にガチャリという大きな音がひとつ聞こえた。


「これで開いたと思うよ……」


「メグありがとう。さあ、中を確認するわよ」


 セラがドアノブをまわし重い扉を体で押こむように開けると、中には赤い絨毯が敷かれている石畳の部屋になっていた。

 中央には大きなテーブルと布張りの椅子が6つ置かれている。

 天井には水晶でできた豪華なシャンデリアがぶら下がっており、部屋の中を明るく照らしていた。


「この奥にも部屋があるぞ?」


 さらに奥の部屋は寝室なのか、天蓋付きの立派なベッドが6つ並べて置かれていた。セラが奥に進むと、隅に引き出しの付いた机がひとつあった。


「たぶん、お目当ての物はこの中ね。鍵がかかってないといいけど……」


 そう言ってセラが引き出しを開けようと取手を引くが、やはり引っかかって開けることはできない。

 よく見るとこの取っ手の下にも小さな鍵穴がついている。


「ケイ悪いんだけど、これも試してくれない?」


 セラは苦笑しながら盗賊のケイに、もう一度お願いをした。


「やれやれ、またか? さすがのオレも面倒になってきたぜ……」 


 悪態をつきながらもケイは、道具を取りだし鍵穴に差し込んでいつものように作業する。


「この大きさなら構造は単純なはずだ……」


 ちょっと手を動かすとカチリと小さな音がして、ケイは終わりとばかりに道具を引き抜いた。


「なんだ、楽勝だった。それじゃあ中身を確認させてもらうか」


 ケイが引き出しを開けると、中には羊皮紙にかかれた手紙が数枚と、神聖語で書かれた呪文巻物が2枚入っていた。

 他には重しのように宝石細工の小箱がひとつ、紙の上に載っている。

 ケイは羊皮紙を手に取ると、さっそくとばかりに手紙に目を通した。


「これも神聖語かな?  ちょっと読んでみるぞ……」


” ザナックへ

 皇帝はブルゴーニュへの攻略を急いでいる。

 まずは計画通り、リースリングの北にセトの寺院を作れ。

 それから我の用意した混乱薬をエゴン王に飲ませるのだ。

 これは特別製ゆえに既存の魔法では治すことはできないはずだ。

 正気に戻す必要がある場合に備え、解毒薬をひとつだけ送っておく。

 貴重な薬ゆえ慎重に扱うように。

 この任務にあたり、そなたには旧き神々より与えられた不死の秘術を施す。

 これによりそなたは魂と肉体を分離することになる。

 魂の入った宝石がそなたの近くにない限り、あらゆる攻撃から無敵になるだろう。

 そなたの魂の宝石はセトの神殿の奥にて死霊に守らせるゆえ、安心して任務にあたるべし。

                    マスターアモン ”        


                                     


「おいおい、なんか凄い謀略っぽいことが書いてあるみたいだぞ。

 セラはどう思う?」


 手紙を読みあげたケイが慌ててセラに羊皮紙を見せる。


「これはおそらくカナン帝国が関わっている証拠になるわね。

 でもこの黒幕っぽいアモンっていったい誰なのかしら?

 わたしの記憶にはない人物だわ」


 セラはE&Eのエルダールーン世界の設定にない人物の名前を聞いて戸惑った様子を見せた。

 この世界での皇帝といえば、西のセプター帝国を長年支配するセプター王家の”ダイバー・セプター13世”、もしくは北の蛇人間(サ-ペントマン)が支配する邪悪なカナン帝国の皇帝”バーキン・バルドール”の二人だ。

 セプター帝国はブルゴーニュ王国と同盟を結んでおり、今回の陰謀に関りがあるとは思えない。

 宮廷魔術師の予想したとおり、この手紙に出てくる皇帝とは、カナン帝国の皇帝ブーキンと考えるのが自然だろう。


「とりあえず決定的ではないけど、カナン帝国の陰謀の証明には役立ちそうね。

 他には何がある?」


「よし、じゃあ他のも読んでみるぞ? こっちの手紙は共通コモン語のようだ」


 そう言ってケイはもう一枚を手に取って読み上げる。


” ザナック殿

 ロマネ王に例の薬を飲ませました。

 おかげでロマネ王は私が言ったことを口にするだけの

 でくのぼうとなりました。

 王妃は慌てて教会の聖者を呼び魔法の治療を試みましたが、

 驚くべきことに高位魔法の治療もいっさい効果がありません。

 愚かな王令により、諸外国や国民の王への信用は

 日に日に失墜しております。

 機が熟しましたら、次は妖精族の髪の毛を丸狩りにする

 王令でも出させようかと考えております。

 当然、王国内の妖精族は怒って全員、国を出るでしょう。

 その後に逃げ出した妖精族が王国内の財宝を盗んで

 逃げたとの嫌疑をかけます。

 そして妖精達の連合国、アルフハイム連合国へ宣戦布告の王令を出します。

 これで妖精族や、徴兵する国民達の反発は必至です。

 国民の不満が爆発した頃に私が反乱を起こし、愚王としてエゴン王を討ちます。

 これで私は救国の英雄になれるでしょう。

 問題は頭のいい王妃に私の陰謀を疑われてしまったので、

 仕方なく地下室に幽閉していることです。

 王妃の処置に関しては指示をお願いします。

 計画成功の暁には、例の約束をお忘れなく。


             ドレイク・フォンバーン ”  


「アルフハイムね……」


 ケイが手紙を読み終わると、ルナが遠くを見るような目でボソリとつぶやく。

 ヤスマもルナを見て目を細め、自分の顎髭をかいた。


「丸坊主だって? ルナさんをそんなひどい目にあわせるものか!」


 アキラがケイの言葉を聞いて、真っ先に怒りの声を上げた。


「ワシもさすがにハゲ頭にはしたくないのう」


 ヤスマが頭をかきながらニヤリと笑う。


「予想はしてたけど、とんでもない陰謀を企んでいたわね。

 早くザナックを倒して、このドレイク達を止めないと」


「ちょっと待て。もう一枚、共通語で書かれた手紙があるぞ……」


 ケイが最後の手紙を手に取り、同じように読み上げる。


 ” ザナック様

 ご希望のあった子供10人を用意しました。

 グローバル孤児院で集めた足のつかない子供達です。

 北の寺院へ連れていきますので、あとの処置を頼みます。

 お支払いはいつもの方法でお願いします。


            ドラッグ商会 ゲティスバーグ  ”


「おいおい、これ人身売買じゃねえか?」


 ケイが読み上げてから渋面を作る。


「よりによって孤児院の子供かよ……」


「えうーっ、これはひどいよう」


「日付がないからわからないけど、これは急ぐ必要が出てきたわね。

 まだ助けられるといいんだけど……」


 セラの表情が曇る。


「お、手紙じゃないが、僧侶用の呪文巻物が二枚あるぜ。

 見た感じ両方とも何か治療の巻物っぽいな。

 こいつは役に立ちそうだ。後はこの小箱だが……」


 ケイが最後に引き出しに残っていた飾り箱を、慎重に見回してからゆっくりと開ける。

 特に仕掛けは無く、中には印章と黒い蝋燭が入っていた。


「ザナックの使う印章か? 何かに使えるかもしれないな。

 とりあえず残りの羊皮紙も全部持っていこう」


 ケイは引き出しに残った残りの羊皮紙も全部手に取り、自分の鞄へと入れる。

 その後、みんなで他にも何かないか二つの部屋を探索する。

 たが他には価値のある物は何もないようだった。


「目的の物は手に入れたと思うから、先を急ぎましょう。

 残された時間はあまり多くは無さそうよ」


 セラは手早く光るメイスとバックラーを構えると、そのまま部屋の外へと出る。

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