*2* 虚無顔美少女の爆誕

「いっっってぇなまじでやべぇ、なくなく、しんじゃうだろが、こんちくしょうっ! わぁあん、おかあさああん!」

「…………えっ?」


 悲劇のはじまりは、高い高いをしてきた『おとうたん』に、勢いあまって両肩を脱臼させられた、齢三歳のときのことだ。


 愛らしい幼女がいきなり怒鳴り散らしたからか、価値観の違いで離婚した元妻を話題に出されたからなのかさだかではないけど、これを機に、『おとうたん』のわたしを見る目が一変した。



 結論から言うと、「気味が悪い」と捨てられた。


 ちょっとアレな宗教に入れ込んでた『おとうたん』なので、悪魔に取り憑かれたと思ったらしい。


 か弱い幼女に対して、なんとも世知辛い仕打ちではないでしょうか。



 こうして、弱冠三歳にして路頭に迷ったわたし──リオだけれども、『幼女脱臼事件』のショックで思い出した前世の記憶のおかげで、意外と図太くやってこれた。


 そう、わたしは転生者。アニメやライトノベルでよく見る定番設定が、まさかじぶんの身にふりかかろうとは思いもしない、慎ましいジャパニーズピーポーの経歴をもつ。


 ありがたいことに頭脳明晰な名士の家系に生まれた前世のわたしは、人付き合いが苦手で、取り柄といったら勉強することくらいだった。


 趣味はアニメを観たり、漫画や小説を読んだり。いわゆる超インドア派ってやつ。


 詳細は省くけど、わたしは医師と薬剤師のダブルライセンスもちで、紆余曲折あり、製薬会社の研究員として薬剤師サイドの職に就いていた。


 入職一年目にして、世界中をパンデミックの恐怖に陥れる新型ウイルスが流行をはじめ、有用な統計データも得られない状況で、やれワクチンだの治療薬だのの開発をせっつかれる日々。


 政府や民衆にお尻を叩かれまくりながら、ひぃひぃと研究所に詰めて新薬の開発に精を出していたわたしの記憶は、ついに特効薬となり得る薬剤配合を思いついたその瞬間に途切れている。



 そういうわけで、今世の現状ではうら若き乙女だけど、中身は社畜過労死女子という、虚無顔デフォルメ美少女が爆誕した。


 うそごめん、美少女は言いすぎました。マロン色のクルクル癖毛にそばかすの、地味地味っ子です。


 まぁ、精神年齢は余裕で三十路超えの人生二週目だし、いろいろと悟りは開いている。


 生まれてこのかた十八年、王子さまのおむかえとか、次期公爵候補との運命の出会い的なエピソードがなかったから、わたしはそのへんのモブ要員なんだろう。


 せっかく転生したのに。つら。



 話をもどすね。


 三歳で父親に捨てられた天涯孤独な今世のわたしは、幼女らしからぬ頭の回転で過酷な日々を生き抜き、薬剤師ならぬ『薬術師』の職を手に入れた。


 知識と魔力を駆使して、ポーションとか作るアレね。


 ただ、駆け出しのため実績の少ないわたしは、上級ポーションを作れても売ることができない。


 そのへんはギルドの認可が厳しくて、まだまだ信用されてないってことだ。


 せっせと治療用の低級ポーションを作るけども、それじゃあ最低限の生活をするのにせいいっぱいで、とてもじゃないけど、新薬の開発資金なんて捻出できない。


 研究者のさがが、いい加減にがまんの限界を訴えていた。


 ので、わたしはある秘策を引っさげ、この娼館街へやってきたのだ。


 それはズバリ、低級ポーションよりも需要が高いかつ高値で売れる薬──避妊薬、および性病予防薬だ。服用しやすいキャンディ状に加工しているのが、特徴とウリだ。


 娼館街の東側を占める一番街では、女性向けのお店が大半なため、男娼のための性病予防薬がよく売れる売れる。ニーズの把握って大事。


 でも、取引先へ向かう途中で娼館にも雇ってもらえなかった『彼ら』に路地裏に連れ込まれ、犯されそうになった経験も片手じゃ足りないくらいの回数はある。


 なので、奥の手として『特製キャンディ』を無料配布することでなんとか回避している。


 貞操を守るために、わたしだってなりふりかまってられないんだ。うるせぇ処女とかいうな。いや、前世から引き続く喪女ではあるけども……そこは身も心も清い乙女と言え!


「てか、『お菓子配りの魔女』とか呼ばれてたんか……厨二くさいな?」


 まぁ、全身をおおう黒いロングローブに、黒いフードをまぶかにかぶった怪しい女が、バスケット片手に夜な夜な『キャンディ』を売り歩いていたら、それくらいの弊害はあるか。


 褒められているのか、はなはだ判断に苦しむネーミングだ。


「ふわぁ……もういいや。寝よ」


 自宅の独創的ログハウス(やさしい表現)にとんぼ返りしたわたしは、ひと仕事を終え、考えることを放棄した。


 仕事をドタキャンしたとか、細かいことは考えたら負けだ。わたしは眠いんだ。


 大丈夫、明日のわたしがなんとかする!


 止まらないあくび。ベッドには先客がいるので、ラグを一枚敷いた床へそのままダイブする。


 ローブのフードをかぶって、赤ちゃんみたいに丸まったら、少しもしないうちに、睡魔がおむかえに来てくれた。



  *  *  *



 ダンダンダン!


 たてつけの悪い木製扉を乱暴に叩く音がする。


 むくり、と床から起き上がったわたしは、カーテンのない窓から射し込む朝陽の直撃を受け、完全に覚醒した。


「……やらかした」


 寝起きのせいか、声がカッスカスだ。

 頭が痛いのは、低血圧だからじゃない。


「なんてことしてくれちゃってんの、昨日のわたしーっ!」


 充分な睡眠を取り、正常な思考がはたらくようになったわたしは、頭をかかえて発狂した。


 昨日の取引相手がだれだったのかを、いまさら思い出したんだ。


「おい薬術師! いるんだろう、いますぐ出てこいっ!」


 ダンダンダンッ! と、怒号まじりのモーニングコールは鳴りやまない。


「そうだった、昨日は見栄とカネだけが取り柄のやり手ババア……んんっ、老舗娼館の美人女将との商談だった! 小娘に鼻っぱしへし折られて黙っちゃいないよねぇっ!」


 こっちが無理を言って定期購入にこぎつけたくせに、肝心の『商品』を納品しなかったんだ。


 その気がないとしても、「前払い金をちょろまかされた」と解釈されたって不思議じゃない。


「よし、逃げよう!」


 ヤミ金の取り立てのごとく寄こされた下男の様子から察するに、話し合いの場を求めたところで聞いちゃくれないだろう。


 使い古したマジックバッグに調薬で使う道具を片っぱしから放り込んでいる途中で、気づいた。


 ベッドから起き上がった見知らぬ少年が、こっちを睨みつけていることに。


「へっ……あっ、そうだったぁ!」


 パニックのあまり、昨日ノリでひろった彼のことをすっかりサッパリ忘れてた。


 どうする? ねぇこれどうする? 置いてく?


 いや、そんなことをしたら、罪のない少年に濡れ衣を着せることになってしまう。


 これでも、人並みの倫理観は持ち合わせてるつもりだ。


「ねぇきみ!」

「っ……やめろ! はなせっ……」


 いきなり手首をつかんだから、驚いたんだろうか。


 とっさに振り払おうとする少年だけど、あんまり力が入ってなくて。


「ごめんっ、詳しく説明してるヒマはないの! わたしについてきてくれる!? いっしょにこの街を出よう!」


 足をもつれさせながらベッドから下りた少年の手を引いて、裏口から抜け出す。


 寝室の机の上に、バスケットいっぱいの『特製キャンディ』を置いて。

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